空を舞う
「いよいよ定刻ですね」
フーカンと雑談しながら気持ちをほぐしていると、いきなりそんなことを言い出した。確かに体は慣れ、平服と化した鎧も小手も、それから執政官様からもらった兜も心地いいが、それでも定刻って言葉には慣れなかった。
「わかるのか」
「ええ、太陽はそこにありますから」
「すげえな……」
あれほどまでに時計に支配されて来た生活をして来たのに、時計がないとなるとここまで生活ってのは変わるもんだろうか。
「セブンスは時刻とか気にするか」
「遅れるのは嫌です」
「お前らしいな。その覚悟があればやって行けそうだ」
俺たちの世界は、一刻一秒を争う世界だ。別に忙しいとか暇とかじゃなく、○時〇分○秒からってスケジュールに管理され、また管理する能力が問われる。ましてや俺の夢は陸上選手だ、それこそ一刻一秒を争うお仕事だ。
「それでは背中に乗ってくれますか」
「はい!」
将来の夢のためにも、この戦いは勝ってみせるより他ない。
俺は自分なりに決意を込めて、フーカンの背中にまたがった。
「皆さん、少し距離を取ってください」
セブンスの声と共に、日本人めいた名前をした王様とお姫様以下南ロッド国の皆さんが離れて行く。
いくら血筋がよろしくておとなしい竜の王子様と言えど、やっぱりその威圧感は桁外れで、さらに浮上するにあたりどうしても強風が発生してしまう。砂塵が舞い、目を開けていられなくなる人も出る。
「申し訳ありません……」
「先刻承知だ、気にせず目的を達成してくれ」
力強い王様の檄を受け、フーカンはゆっくりと上昇して行く。
やがて王宮をも越え、町を見下ろし、魔王城と同じ高さまで俺らの目線を持って来る。
「大丈夫ですか、大丈夫でないなら一気に行きますけど」
「じゃあもうちょいだけ、この高さにも慣れたいし」
「そうですか、では」
フーカンはゆっくりと翼を動かし、故郷へ向けて進んで行く。
二人の異邦人に乗っ取られた魔王城を取り返すために、彼もまた戦っている。
「それで、コーノハヤミ軍は世界中の魔物を集めているのでしょうか」
「そうでもないようです。あくまでも自分で何とかする気のようで」
「今更だけどどうしてわかるんだい、内通者なんて真っ先にやられてもおかしくないのに」
「ユーイチさん、あの人はユーイチさんを絶対自分のものにできると信じて疑っていないんです。ですからおそらく、魔物の存在も、魔王って名前もどうでもいいと思っています」
「ああ、そうだったな……」
一方で河野にしてみれば、何もかも手段に過ぎないんだろう。
どうして私の物にならないのと言うあまりにも偏執的な思い込み。それを実現できなかったがゆえにこの刃傷沙汰が許される世界にて望みを実現しようとしたのかもしれない。
「この世界を犠牲にして俺の心を変えようだなんて、まったく非効率だ。世界中があの時のミワキ市みたいになっちまったら、人類は終わっちまう。一方的に俺だけのせいにして悲劇のヒロインぶった所で、誰も幸せになりゃしねえ」
「そうですね、皆さん!私たちに力を貸してください!」
上空で演説を繰り広げるセブンスは本当にすげえ。俺の後ろにまたがってるから声しか聞こえねえけど、それだけでも器ってのがわかる気がする。河野や三田川のような所がなく、心底からみんなのために叫んでいる。俺だってやってみたい。
「みんな、聞こえたかい。コーノハヤミ軍の空軍勢力がほどなく来る。ボクらは直に魔王城へと乗り込むから、その時はサポートを頼むよ。まあその時まではゆっくりとね」
穏やかな為政者の言葉に、ガーゴイルやドラゴンナイトたちの声が続く。
人間にせよ魔物にせよ、真の統治者ってのはこんなもんなんだろう。
(だがそれゆえになめられていたと思うとやるせねえよな……十分らしい事はやってたのによ…………)
初代魔王だってそれなりにえげつない事はやっていた。
クチカケ村の白い狼、サンタンセンとリョータイ市の街道を偽山賊により封鎖、トードー国の王子様の洗脳計画、ブエド村襲撃、そして何よりマサヌマ王国の乗っ取り計画。すべてが初代魔王の手による静かなる世界征服計画かと思うと、なかなかに巧みな策略家だ。
でもその結果俺らのせいで失敗したのは仕方がねえとしても、それまでは多大な戦果を挙げていたし、ロッド国との戦勝のボーナスもあったはずだ。どこまでも立派な君主様だったのに、あっけなく力で押し潰され、多くの部下はそっぽを向きさえもせずにあっさりと乗り換えてしまっている。
「地上戦もほどなく始まるのでしょうか」
「ああ、そのようです。すでに女神の砦に総司令官率いる皆さんが集まっているようです。それで敵戦力の情報も届けています」
「敵戦力って言うと……」
「エンドーやケンザキと言った、ユーイチさんのかつてのお仲間もいるようです。
あと、ヘントナとかって人も……」
ヘントナ……辺士名義雄。
遠藤や剣崎だけじゃなく、辺士名義雄までいるのか……。
「しかし存在するという確信はできませんでした、その事についてはおわびします」
「大丈夫だ、あいつの力は透明化の力だ、見えにくいのはしょうがない」
「不思議ですね、皆さん」
不思議なのはお互い様だ。
なぜ、こんな世界に来たのか。
なぜ、俺たちがこんな力を得る事になったのか。
なぜ、ドラゴンを含む魔物たち——————架空だと思っていた生き物——————に実際に触れ、そして乗る事ができているのか。
「まあいいですよね、一緒だって事は、これで皆さんを救える可能性が高くなるって事ですからね」
まあ、セブンスがこんな調子だから別にいいけど。




