エクセル、柔道少女に負ける
「ミーサンカジノにな、コータローって男がいたんだよ」
コータロー、紛れもなく遠藤幸太郎の事だ。
「カジノでも壊しに行ったか」
昔のあいつならともかく今の遠藤がカジノなんて代物をとても受け止めるとは思えない。だから俺がそう言ってやると、エクセルは小指と薬指を伸ばしながら笑った。
「あのな、せっかくいい気分だったのにな、そんな間抜けな発言で台無しにするのはやめてもらいたいな」
「間抜けって何だよ」
「それはな、俺だってコータローって男がどういう存在なのかぐらいは知っている。捕えろと言った山賊連中を一人残らず死体に変え、そして死体になっても斬り刻むような男だとな」
「そんな!」
大川がエクセルに迫り、いきなり胸ぐらをつかんだ。まったく、陸上部の俺以上の足ですり寄って来るんじゃないよ、びっくりするじゃないか。
あ、っつーかエクセルは柔道を知らなかったんだな……。あーあ、あっという間に掴まれちまったよ……
「なんだいきなり、その風のごとき足さばきは!」
「だから言っただろ、今の遠藤はそんな人間だって……赤井」
「女の子をさらった山賊を私たちの面前で真っ二つにした程度には、今の遠藤君はとんでもない怪力なのであります…………」
「そんな、だいたい人間を真っ二つなんて!」
「ソースは私と市村君なのであります!」
人間には骨がある。それを断ち切ってまで真っ二つにするなど、常人の力でできる事じゃない。
俺にチート異能があるように、遠藤にもチート異能があるって事らしい。赤井や市村はそれぞれ職業的なチート異能なのかもしれないが、遠藤のそれに比べりゃずっと穏やかだ。
「いやその落ち着いて、その娘はモモミって言うハンドレ商会の娘さんと同じぐらいの年でな!」
「いくつなのよ!」
「十一歳だよ、それで山賊に襲われてかなりひどい事をされてたせいでついカッとなったようでな」
「ったくもう!」
「警告、警告!」
大川はエクセルを抑え込み、腕と足で固めてしまった。俺たちが叫んでも聞く事はなく、三十秒たっぷり抑え込んで一本を決めるまで決して放そうとしなかった。口に草をくわえながら一体何をやってるんだろう。
「ヒロミさん……!」
「お前いつケンカ売られたんだよ、売られたのは上田だけだろ!」
「フン…………」
すっかりエクセルの顔をぶち壊すだけぶち壊して口をもぐもぐさせながら大川は立ち上がり、そのままくずおれた。
第三者様の証拠————赤井や市村にとってすらまったくの赤の他人だったエクセルからの言葉は実に重たく鋭く、大川の心をえぐっていたらしい。
死体をさらにそんな風に扱うだなんて、まったくまともな人間のやる事じゃない。俺だって魔物を斬ったし、山賊を斬った。その点ではおあいこかもしれないが、それでも死体に追い打ちをかける趣味なんか断じてない。あの時だって赤井は山賊たちをきっちり供養させていたし、連中の墓地だって(ほぼひとまとめ扱いだが)作られてるそうだ。
その死体を運ぶのはそのための役人や冒険者の仕事だが、やるのはまともな任務を受けられない相当ないわくつきの連中が多いらしい。お城の役人だとしても金目当てで受ける奴か下っ端の仕事だそうだ。まあ、そういうのを専門にする奴もいるそうだけど。
「それでだよ、その幸太郎がどうしてミーサンカジノにいたんだ?」
「ああ失礼、何でも、そのカジノのオーナーのミーサンの親類の娘がな、ハンドレのせいで身寄りをすべてなくしたらしくてな」
「なぜまた」
「商売で負けて客を持ってかれて、それで自殺したそうだ。何でも六代続いた店でさ、今じゃそのミーサンってのに一応金はもらってるけどさ、とは言えまだ十一歳だってのに北の酒場でグラス磨きとかしてるらしいぞ」
ペルエ市の北側の酒場と言えば、ギルドと併設されている中央のそれと違ってかなり派手な場所だ。セブンスでさえうかつに飛び込めないようなと言うか飛び込んでえらい真似をやらかしたと言うのはさておき、子どもの働き場としてはかなり過酷だ。って言うか十一歳を平気で働かせる辺り、まあそういう事なんだろう。
「するとそこに飛び込んだ遠藤が彼女の話を聞いて同情し、今は彼女の身請け先と言うべきミーサンカジノに手を貸していると?」
「そうだろうな、いずれはミーサンカジノの経営を脅かしているナナナカジノやハンドッレ商会にも来るかもしれない」
「それはただの悲劇であります……」
クラスメイトってのがその後の人生においてどれだけ重要なのか俺はわからない。わかるのは、わざわざ殺し合いなんぞする必要はないって事だけ。
ましてやミーサンって奴にたぶらかされているとすると、なおさら嫌な話でしかない。