セブンスの覚悟
さて、メインヒロインです。
「いよいよ明日なんですね」
「ああ、その通りだな」
南ロッド国の海岸。
地球のそれと、あんまり変わらない海岸。
ただ前にシギョナツのそれで見たのと比べ、少しだけしっかりとしている。
俺たちは南ロッドの王様のおはからいもあって豪華な海鮮メニューをいただく事ができた。まったく、オユキにでもなんとかしてもらってミワキ市にまで運びたいぐらいだ。
「でもユーイチさんと一緒だとものすごくおいしく感じます」
「ありがとうな」
どんな魚なのか名前もわからない。一応こちらの世界の言葉で(俺は魚は詳しくない)説明されたが、そんなのはどうでもよかった。
ああ、貝はなかった。海藻はあったが。
「あした、ここからまっすぐ行くんですね。二人きりで」
「直線距離では、むしろこっちのが近いからな」
「空を飛べるのってすごいですね」
「ドラゴンがあっさりなついたこっちの王様とお姫様もすごいけどな」
フーカンもまた、南ロッド国にいた。
図体はでかいが真面目でお人好しな彼も何だかんだで町の人に気に入られ、受け入れられている。食事は取っていないようだが。
それでフーカン率いる魔物軍の地上兵もまた、女神の砦に待機している。あの執政官様の配下となり、戦後は魔王の座を受け継ぐ事になると言う。
「しかし何だな」
「何だなって、何がですか?」
「こんな所で、星なんか眺めてさ……」
防波堤の上でじっと体育座りして、夜空に浮かぶ星を眺めている。
俺とセブンス、二人きり。
「ユーイチさんはすごくまじめですよね」
「ありがとうな、俺はただ他にどうしたらいいかわからないだけだよ」
この世界の星が俺らのそれと違うのかは知らない。確かなのは、やたら輝いている事だけ。
なんとなく東側に首を向けてみると、そっちはあまりきれいに見えない。
いったいどこから来ているのかわからない電気のせいで夜もそれなりに明るく輝き、星の光を負かしてしまっている。
「何を見てるんですか?」
「この星空をきれいだと思うか?」
「もちろんです」
「こんな空は俺らの世界にはない、少なくとも俺のふるさとには」
横浜という名の大都会の空ってのは、実にそっけない。
闇の色に時々ハッとする事はあるけど、空に浮かんでいる星は月とその他数個。
ノーヒン市ですら夜には二ケタの星が見えるこの世界とは違い、本当に黒かったり濃紺だったりするだけの空。
「あの、もう少し寄り添ってもいいですか」
「いいよ」
セブンスは体育座りのまま器用に体を動かしながら俺にくっつき、文字通りひざとひざを突き合わせた。俺だってそれなりに鍛えて来たはずなのにずいぶんとたくましい膝の感触が俺の体を直ぐにし、頭をも前にした。
「私は見てます、ノーヒン市で」
「そうか。でも正直淋しかっただろ?味も素っ気もなくて」
「いえ、こんな明かりもあるのかって驚きました。高いのとエレベーターは苦手でしたけど」
俺にもたれかかるセブンスの体は、俺らよりずっと野性的な生活をして来た割にずっと軽い。一体女の子の中には何が詰まっているのか、そんな事も知らなかった俺だけど、今のセブンスが俺を頼りにしている事、そして俺が頼ってもらいたい事はわかっていたつもりだった。
「でも私は頑張ります!ユーイチさんといっしょなら何でも頑張れる気がします!」
「そうか、じゃあっ!」
……だって言うのに、読めなかった。
体育座りの体勢からほぼモーションなしで、いきなり真っ正面から抱きかかえて来るのは。
「ああちょっと!」
とも言えず、あっという間に抱きすくめられてしまった俺。
「ですから、ユーイチさんの世界でも!」
「いや、でも、その、ほら、ああ……」
何も意味のある言葉が出ないまま、俺はセブンスによって押し倒されそうになる。
気が付くと唇が間近に迫っており、俺は抵抗する事も出来ないまま唇を奪われていた。
とんでもない力で喰い付いて来たセブンスの唇が、俺を必死に求めている。
「はあ、はあ……」
「私はどこまでも付いていきます!」
「…………わかったよ。俺の負けだよ」
他に何と言えばいいんだろうか。
勝手にセブンスの将来に不安を覚え、俺たちの世界ではやっていけないと思い込むなんて、俺はなんて傲慢なんだろうか。
「お前を止める事はしない。俺たちの世界に来い」
「ありがとうございます……!」
俺にのしかかったまま、俺の顔を濡らすセブンス。その口は最大限に緩み、いつもの勇敢な少女の姿は消えている。
「私は不安だったんです。ユーイチさんがいなくなってしまうのが!」
「俺も不安だったよ、お前が俺らの世界でやってけるか。って言うかまだ終わってないのに勝った後の事言っちゃまずいかな」
「まずくありません!そうやって先を見据えられる人だからこそ私は好きになりました!」
物理的に乗っかられているセブンスに、言葉の上でも乗っかられている。
だけど、嫌悪感もうざさもない。
それが気持ちいいと思ってしまう。
何も言わないまま、二人して抱き合う。夜空の下、満天の星空に見下ろされながら。
————————————やがて涙の止まったセブンスは俺の手を引っ張って体を起こし、再び元の体育座りの体勢に戻った。
「すみません、でもどうしても……」
「いいんだよ、口をつぐんでいた俺も悪いんだから。正直まだ確信が持てなかったしな」
「そうですよね……」
「でもオユキは察してたらしい、それで別れの挨拶とか言ってギャグが詰まったノートを渡されたよ」
「そうですか」
オユキはギャルっぽいが、年相応の分別は持っている。むやみに推測をばらす事はしないと思いたい。
「私はユーイチさんと、私の耳を信じてますから」
その言葉と共にセブンスはゆっくりと立ち上がり、俺が続くのを待って再び抱いた。
甘い声が俺の耳を支配し、体の強張りを解いていく。
セブンスの何もかもが、めちゃくちゃ好ましかった。
セブンスは正直、「強いヒロイン」像をおっかぶせた感じですね。
途中から強くなりすぎたのは否定しませんが……。
あ、最終章は外伝を1話挟んで7月1日からです。




