エクセル再び
エクセルは俺の姿を見て目を大きく見開き、そして口を緩めた。
「何だこんな所で、カジノでお楽しみか?」
「ただ少し山賊狩りをしていただけだ。まあその資金が入ったのでカジノで少しばかりと思ったのは間違いないがな」
「何だこの男は」
「俺は旅の剣士エクセル。この前このユーイチと戦って敗れた男……」
顔を引き締めて右手を流して見せるけど、言ってる事がこれじゃ全然カッコよくねえ。
大川だってあきれ顔になってる。
「とっとと入りたければ入れば?」
「予定変更だ。ユーイチ、少し場所を変えないか?」
「どうせはいと言うまで答えを変える気はないんだろ」
エクセルは親指と人差し指でVサインを作りながら、ナナナカジノから三分ほど俺を歩かせた。
あーあ、ぼっちってのはこういう面倒にも巻き込まれないから気が楽だったんだな……。
「あのさ、俺こんな所で死にたくないんだけど」
「大丈夫だ、殺さないようにこれを用意した」
エクセルは一本の棒を俺の足元に落とした。
ずいぶんとやわい棒だ。だが草は赤く染まっており、これが体に付いたら負けって事なんだろう。ちゃんと手元、柄の部分だけは付かないようになっている。エクセルも同じもんを握っていた。
「まったく都合のいいもんを持って来たな!」
「これは王家ご用達品ではありませんか!」
「まあこれは安物だけどな、王家でも幼児教育に使われてるんだよ」
端午の節句の五月人形でもねえけど、この世界じゃ剣ってのはそれこそ男の子の第一のたしなみなんだろう。
ましてや王子様ともなればいざって時は国を背負って立って自ら戦場に出なきゃならねえ身だ、まあお偉いさん用のそれとは言えやっぱり住んでる世界が違うんだろうないろいろと。
「言っとくけどさ、俺に勝って何をしたい訳?」
「銅貨一枚くれ」
「実に紳士的だね、本当に素晴らしいこった!」
俺があーはいはいとばかりに両手を上に向けると、エクセルは銅貨を一枚投げて来た。見事なほどのコントロールで俺の右手に収まったその銅貨は、やけにまぶしく輝く。
「勝てる自信なんかねえよ」
「お前はコークすら倒したんだろう?それ相応の技量の持ち主なんだから、そのつもりで最初から行くぜ!」
俺が銅貨を懐にしまって棒を握ると、準備完了だなとばかりにエクセルが突っ込み、そしてまず一撃とばかりにいきなり突き出して来た。
攻撃に重みを感じる。負けじと振り返して合わせてみると、金属音が鳴り響く。紛れもなく、このひと月で覚えちまった剣と剣がぶつかる時の感触だ。
俺も軽い分速く動けると言いたいがそんなのはどっちも同じであり、簡単に防戦一方になってしまった。
「やっぱり王家ご用達品は違うな、まあこれ実はあの村長の家からのもらい物だけど」
「魔力、と言うか聖なる力が使われているのでありますな」
「へぇー」
「市村の剣はおそらくこれの応用でありますな」
まったくスポンジなんてもんがこの世界にあるのかはともかく、聖なる神様の力を妙な所に使いやがるもんだ。なるほどまあ練習用の剣も持てないような奴にあれこれを教えるのにはピッタリかもしれねえけどな……。
「どうしたどうした、この前の戦いぶりは」
「あれはだな、少しズルをしててな」
「別に気にしていない。もしそうだと言うのならばそのズル共々打ち砕くだけだ!喰らえ、五段突き!」
ああ潔い、実に潔い!もし俺らの世界にいたら野球部に加入してそれなりの人気者にはなれてるだろう。遠藤とは大違いだぜ。
しかしチート異能のせいで当たらねえとは言え、相変わらずものすごいね。この前が三段だったからなおさら速くなってるじゃねえか。本当に五段なのかはさておき、目で追う気さえもなくなって来る。
「その速さじゃぶつかるどころか風圧だけでも痛そうだぜ」
「悪いけどさ、試合に勝つってのは痛みを伴う事だ!」
「だから俺はわざわざそんな思いしたくないんだっての、行くぞ三段突き!」
俺が開き直って特攻をかけても見事にいなされる。
五段突きに対して三段突き、エクセルのモロパクリの技じゃ勝つ事なんぞできやしない。陸上の練習はしていてもこっちに来てからは剣に慣れるだの実戦をして金を稼ぐだのって事ばかりに心を向けていた俺には、ほとんどの技がとんでもない妙技だ。
「速いな、うーん速い」
「余裕なのかよ……!」
「口だけでも強気を見せないとな!」
「喰らえ!」
「技の方も荒削りながら強くなって来たじゃないか!何が何でも一撃食らわせてやりたくなるなこれは!」
俺の倍以上の速さをもって棒を振り回すエクセルの顔は実にきれいだった。戦いを心底から楽しんでいる。まるでスポーツのようだ。
「ああ、耳障りだわ、近所迷惑だわ!すぐやめなさい!」
「お前は山の中の一軒家にでも住んでたのか?」
「それの何が悪いの!」
赤井と市村が目を見開いている中、大川はやたらに所帯じみた怒り方をしている。まるで昨日こっちに来たみたいだ。
って言うか何なんだよ山の中の一軒家って……。
「その人はすごく優しい人で、私はその人に別れを告げるまでずっとこの世界の事を教わって来た、それの何が悪いの?」
「こんな風に剣の音が鳴り響く事は珍しくないだろう、その事を聞かなかったのか?」
「そんなのとは縁遠そうなおばさんだったし……そのおばさんとほぼ二人暮らし状態だったし……」
「あのな大川、市村の言う通りだぞ!」
このヒトカズ大陸なる場所が日本列島より大きいのか小さいのか、そんな事はわからない。
でもそこには都会もあれば田舎もあり、いずれにせよ人間が人間同士手を取り合って暮らしている事は変わらない。俺のようなぼっち、いや大川のようなふたりぼっちではなかなか世界は広がらない。
「彼女、あのミーサンカジノに出入りしてるヘキトって奴を倒したんだって?なるほど確かに強そうだね。でもまあ、俺には勝てなさそうかな?」
「俺だってズルをしているから戦えてるだけだよ!」
「だから言っただろ、そのズルごと打ち砕いてやると!」
棒を振り回しながら世間話をし、長くもない金髪をなびかせながら、棒を振り上げる。なぜ赤い液体が飛ばないのかとか言う疑問を顧みる事もなく、エクセルは実に器用に、かつ純粋に棒振りを楽しんでいる。
いや、どんなに加工されたとしてもこれは剣だ。人殺しの道具だ。
「戦いを楽しむような趣味はねえよ!」
「じゃあ何を楽しんでるんだ?」
「俺が好きなのはな、走る事だよ!」
俺は柄にもなくカッコつけて、棒を振り下ろした。そしてその棒を振り上げるでも突くでもなく薙ぎ払い、エクセルの足にぶつけた。
エクセルが足を真っ赤に染めながら倒れ込み、それと共に俺の背中に振り下ろされるはずだった棒は宙へと舞い、大川たちの所へと転がった。
「負けた、ああ負けた!」
「真剣だったら足が斬れてたぞ」
「これだからこの棒はいい……実戦は一騎討ちなどと言う試合などじゃない、文字通りの命のやり取りだ」
「だから俺はそういうのは嫌いなんだよ!」
「嫌いでもやらねばならぬのがとか格好をつける気もないが、はっきり言おう。お前の勝ちだ!」
この前よりはるかにすがすがしく敗北宣言するエクセルの背中に、棒を落としてやる。
人を斬った時のような音が鳴り響き背中が赤く染まるが、痛みはないらしく平然と立ち上がって来る。ったく、聖なる力ってのも面倒くさいもんだね。
「ってかさ、なんでまたこんな事したんだよ。早くカジノに入れ」
「そのカジノの事だがな、お前と同じ頭をした奴がいたぞ」
「赤井とか市村とか言うな」
「いや、ミーサンカジノにな、コータローって男がいたんだよ」




