大川とトロベ
「そこをどけ!」
ミタガワエリカが劣化コピーに過ぎないと言う全力アピールに付き合い切れない俺は幼馴染もどきを付き飛ばそうとするが、敵は仁王立ちをやめようとしない。
「さっきから言ってるでしょ、もう二度と危険な事はしませんって約束して、指切りげんまんしてくれたら助けてあげるって!」
「くだらねえワガママを通すためなら市村が本当に死んでもいいのか!」
「仲間を思うんならできるでしょ、裕一はいい子なんだから!」
バグったプログラムのように同じ事しか言わない人殺しを前にして、俺は何もできないのだろうか。
そもそも傷付けたのは俺ではなくコーノハヤミだとか、そんな真っ当な理屈さえもワガママと悪い子の四文字でゴリ押しされて届かない。
あまりにも美しく、そして醜い笑顔。
二本の剣で全ての救いの手を薙ぎ払うその姿は、もはや女子高生でもなければ幼馴染でもなかった。
「ねえ、どうして戦おうとするの?わかんないんだけど?」
「市村を救いたいんだよ!」
「男はいつもそう。自分が大事だと思った事に惜しげなく命を懸けて、女の子がどれだけ悲しむかなんてちっとも考えない。どんなにこっちが思っても届かない。大事な物があるからって。そんなことばっかりしてていざ弱った時に頼りに来るだなんてずるいよ」
「誘拐殺人未遂よりはずるくねえよ!」
「もう少しだけでもひ弱なら、情けなかったなら!一度でも挫折してくれてれば!こんな事にはならなかったのよ!」
————————————自分にすがり付け。崇めろ。
どう言葉をこねくり回しても、こいつが言ってることはこれで事足りる。
「河野……お前、いつから、そんな……」
「どうしてみんな、裕一を戦わせようとするの?どうして裕一を人殺しにさせるの?」
「戦争ってのは、みんなそうだ。みんなそう思っている……なぜ私の大事な誰それが戦わなければいけないのか……どうして死ななければいけないのか……」
「だったら止めてよ!」
「この世界に引きずり込んだ存在に言え……」
市村が荒い呼吸の下で吐き出すメッセージも届く様子がない。
フーカンやフーカンに付いた魔物も必死に上から市村を救おうとするが、伸ばしたはたから振り払われるかのようにコーノハヤミ軍が押し寄せてくる。
「勇士を救え!」
魔王の甥御様の檄さえも、今のコーノハヤミには届かない。自分の手駒を生かして俺の反省を促し、必死に導かせようとしている。
「裕一……ほんのちょっと目を離しただけでこんなになっちゃって……お姉ちゃんは本当に情けなくて悲しくて、そして」
「鏡に向かってしゃべるなよ」
「小学校の時、勉強を教えてあげたのは誰?」
「先生」
「幼稚園時代、道に迷っていた裕一を助けたのは誰?」
「先生」
金属音を響かせながら過去の栄光にしがみつく醜悪さに気付かないのか、気付いた上で泥水を飲んでいるのか。
「ああもう!どうして!どうしてぇ!」
シンミ王国軍と、俺と、オユキと、倫子を前にしてもひるむ事のない二本の剣。
「河野!!」
「何なのよ大川!」
「あんたはこの世界を何だと思ってるの!」
「この世界より裕一よ!裕一が立派に、優しく育てばそれでいいの!」
「この世界に生かされて来た恩をきれいさっぱり忘れたわけ!私たちはこの世界にどれだけお世話になって来たと思ってるの!」
この八方ふさがりの状況に割り込む大川弘美の声さえも、目の前の存在は受け取る様子がない。人間一人を壊してまで俺を操ろうとする以上、世界をぶち壊すことなど何でもないのかもしれない。
「あなたは何も見えていない!私が赤井を嫌っていた理由を忘れたの!?」
「オタク嫌いなだけでしょ!」
「今になって思うと、せせこましい所ばかりにこだわる姿勢が気に入らなかったのかもね!今のあんたみたいに!」
実質二ヶ月で回り尽くせる程度には決して広くはなかった世界だが、それでもそれなりには広大だった。そんな中でひとりの人間をずっと思い続けてるだなんてのは、一途と言うか視野が狭いと言うか……。
「そして、もうそんな小汚い真似は通じないわよ!」
「小汚くてもいいのよ!私は裕一が戦いをやめてくれれば!」
「赤井……感謝するぞ……回復してくれて……」
そして、この間に市村の傷もほぼ塞がっていた。
「大丈夫市村君!」
「とりあえずは……」
「そうかそういうことか!よくやった大川!」
俺らに気を取られているだ間に大川に投げ飛ばされた赤井は魔王を飛び越え、市村にひそかに近寄り回復魔法をかけられていたのだ。
市村は必死に立ち上がり、片手で剣を握りながらおぼつかない足で俺たちの所へ向かおうとしている。
「どうしてよ!どうしてみんな裕一を!裕一を恥ずかしい方向に向かわせるの!」
「お前より恥ずかしい奴がいるか!」
「裕一の名前をどうして傷付けたがるの!裕一を英雄とか言う名前の人殺しにしてもいいの!」
「エクセルを死に追いやった時点でお前にうんぬん言う資格はない!いや、その前に三田川にあんな事をした時点でお前は人間未満だ!」
自分の意に添わない行いをする存在に向かって、「自分が嫌い」じゃなくて「俺が嫌い」だから攻撃するような奴に人間未満もないもんだが、いずれにせよこの魔王はあまりにも大きな罪を重ねすぎた。
「…………改めてお前への殺意が沸いたよ」
「殺すだなんて物騒な言葉はダメ!」
「言っとくがこっちには正当な理由が山とあるんだよ!」
山とある理由をひとつひとつ述べたところで意味がないのはわかっているからできる限り無言で斬りかかってやったが、もちろん攻撃は届かない。
「ああもう!ジャクセー!おいたが過ぎてるからもういっぺんおしおきして!」
「了解……」
三方からの攻撃を速さだけでしのぎ、その間においたをした俺を懲らしめさせようとする。
八面六臂のあくせくぶりだ。
「自分の欲望のために瀕死の部下まで使うのか……」
「裕一がおいたをするからいけないの!」
「これ以上罪状を増やすんじゃねえ!」
怒りと憎しみと悲しみで全身が震えそうになる。仮にも幼馴染相応の感情はあった身としてはここまで堕ちて行った存在を見たくなかった。
部下も守れず捨て駒扱いして何が魔王だ。しかも腹心を。
「邪魔をするな!」
そんな俺の思いを受け止めるかのように、一本の槍がジャクセーの肉体を捉えた。
「トロベ!」




