俺は痛みに負けない!
「もう、どうして素直になれないのかなあ!」
「お前の素直になれは黙って言う事を聞けと同義語だろうが!」
痛みをこらえながら、剣を握る。
たくさんの俺が消えてしまった戦場で、本体の俺が戦う。
河野を守る魔物など無視して、傷を付けた存在に向かって剣を振る。
「痛いでしょ、つらいでしょ。私が治してあげるから」
「赤井に頼む!誰が敵に!」
「敵だなんて、そんな事は言っちゃめーでしょ」
壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返す河野。
傷を治すと言いながら剣を振り、俺を消そうとしている。
「上田君!」
「もうまったく、みんなどうして裕一に危ない事をさせるの!」
「誰かがやらなきゃいけないんだよ!」
市村がきれいに剣を向けながらポーズを取るが、それでどうなる訳でもない。
そのたびに俺の分身が打撃を受け、倒れ伏していくだけ。
「河野!俺たちが何のために戦ってるかわからないのか!」
「だったら自分たちだけでやってよ、裕一は関係ないから!」
「裕一は俺たちの総大将だ!総大将もなしに戦いができるか!」
「だから、裕一を巻き込むなって言ってるだけ!なんでこんな簡単な事がわからないのかなぁ!」
河野が言葉を荒げながら、シンミ王国軍に向けて突っ込んで来る。俺の大群が必死に盾となろうとするが、俺の犠牲も増えて行く。
「お前の目標を俺は聞いてないぞ!俺は、お前たちみんなを集めて!」
「だから、裕一はもう十分頑張ったから!あとは任せてって言ってるだけ!」
「その姿勢がミタガワエリカと同じだよ!お前どれだけ偉いんだ!」
「私はお姉ちゃんなの!」
「そんな姉なら絶縁したいよ!」
「裕一、嫌いになっちゃうよー!」
「上等だよ!」
その間も続く、完全な痴話喧嘩。
「……………………」
「……………………」
市村たちもテンションだだ下がりと言わんばかりにため息を吐き、その上で魔物軍を薙ぎ払わんとするが、心なしか刃が鈍い。
「河野さん、あなた何言ってるの」
「私はただ、裕一の安全を考えてるだけ。裕一とはもういいかげん戦いとは別の世界に行って欲しいだけ」
「私を助けに来てくれた上田君は、ものすごく勇敢で立派なヒーローだった。それがそんなに悪い事なの」
倫子が爪でガーゴイルを斬り上げながら河野に迫る。
俺が戦いをやめるって事は、そういうきっかけもまたなくなるって事だ。それがプラスになるようにはどうしても思えない。
「俺はそんなにか弱い男か?」
倫子のように血なまぐさい戦いと一番縁遠かったはずの存在まで戦っているのに戦ってはならないなど、俺はどれだけなめられてるんだって話だよ。
「だってねぇ、私はずっとあなたを見守って行くって決めたから!だから横浜でもここでもそうする事にしただけ!」
「俺を何様だと思ってるんだよ!」
「私の大事な旦那様!」
————————————呆れて物も言えない。
こっ恥ずかしいとかいう次元を通り越したイタすぎるプロポーズもどき。
まったくつっかえる事のないあまりにもストレートなお気持ちの表明で、どうしてYESとかはいとか言う答えがもらえると思ってるんだろうか。
「河野……それはひょっとしてギャグで言ってるのか!?」
他に何の返答のしようもない。プロポーズ対象の味方、って言うか本人に凶器を向けてプロポーズしようだなんておバカ極まるお話がどこにあるんだろう。
「お前のやってることはレイプって言うんだよ。そんなやり方で落ちる異性がいねえってことぐらいわかるだろうが!」
「ああもう、そんな悪い言葉使っちゃダーメ!裕一ったらどうしてそんな怖い子になっちゃったの!」
「お前が言わせたんだよ!怖い子にしたのはお前だろ!」
で、その間にオユキたちが河野に攻撃をかけるが当たる気配はない。
無自覚な強姦未遂犯を捉えることもできないまま、戦いは続いている。
「河野さんは異常であります!」
「どうしてよ赤井、運命の相手とかそういうのを一番信じてそうなのに!」
「今の河野さんは上田君が河野さんの事を好いていると言う絶対的な信仰に支えられただけの存在であります!それを努力に置き換えるとミタガワエリカとなるであります、あの各地ですさまじいまでの殺戮と破壊を行った!それが何を意味するか分からないのでありますか!」
回復魔法で傷が治り血を止めてくれた赤井の、二の矢の補助魔法で俺たちの力もパワーアップしてさらに強くなった。
俺たち全員がガーゴイルはおろかドラゴンナイトをも打ち砕き、次々と魔物軍の犠牲を増やしていく。ガーゴイルからもドラゴンからも青い血が流れ、地面を青く染める。
いつ見ても気分のよくない色だ。俺はこの冒険で青が白の次に嫌いな色になった。
「どうしてよ!どうしてみんな裕一を戦わせようとするの!」
「お前が兵を動かすからだ!」
「だから、裕一が戦うのをやめればいいだけ!今すぐ約束して!」
「そっちが先だろうが!」
悲痛ぶった叫び声だが中身は我を通しているだけ。しかもその両手でがっちりと刃を握りこみながら何を言ってるんだろう。
「今の赤井君も河野さんも、核兵器みたいな存在であります」
「かく兵器?」
「核弾頭ミサイルというとんでもない兵器が俺たちの世界にある。使えば相手の国を粉微塵にして億単位の人間を殺せるな」
「そんな!」
「だがそれをやれば向こうも打ち返すから打てない。かと言って自分たちだけないとなっては攻撃された時に自分たちの国民を守れないとなる」
「だから良くないとはわかっていても持たねばならぬ存在であります!」
今俺が戦いをやめれば、魔王軍とシンミ王国軍のバランスは一挙に崩壊する。
ロッド国を事実上手に入れたシンミ王国はこの大陸で最大の国家であり、この軍より強い軍はおそらくない。
「俺が戦いをやめる事は、魔王軍に世界を明け渡すのと同じなんだよ!」
だから、俺は戦いをやめる事はできない。
やめるとしても、河野が遅くとも同時に刃を折ってくれないのならば無理だ。
「いやよ、私まで戦いをやめたら誰が裕一を守るの!」
「だからそういう所なんだよ!それもわからないのに魔王を名乗ってたのか!魔王ってのは魔の王だろ!魔物への責任を果たせ!」
「………………」
ついに、黙りこくってしまった。俺らからの攻撃から逃げながら、河野は無言で浮いている。
(勇者も魔王も、たやすく名乗るもんじゃない。名前に勝てる様にならなきゃ必ず押しつぶされる。河野が一体何を望んでいるのかわかりゃしないけど、力が伴っていても狙いがないんじゃしょうがないだろ……)
勝ったなと思って目を前にやると、小さな粉が飛んで来た。
「あれ……?」
と俺が呟いたのと、河野が上空へ逃げたのと、
「退け!」
とシンミ王国軍が叫んだの。
あわせて数秒。
俺たちがサッと後ろ走りすると同時に、小さな粉がどんどんと大きくなった。
そして俺たちの視界が一気に黄色になり、赤くなり、強風が数十本の木々の葉を吹き飛ばした。
「あああ……!」
俺も強風にあおられ転倒、坂道を転がり兵士さん三人に助けられてかろうじて身を起こした。
「この爆発は!?」
「すさまじい、魔法です……!」
「あ、北から、誰か……来ています!!」
前だけじゃなく左右にも後ろにも上にも大打撃を与えた爆発の向こうにいたのは、漆黒のローブを着た魔導士。
「まさか、ジャクセー!」
魔物軍の幹部の一人、ジャクセーだった!




