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外伝 ミタガワエリカの末路

 ミワキ市の執政官邸。


 ミタガワエリカによる大破壊の後に残った数少ない建物。


 その建物が見下ろすミワキ市の中央では、今日もフジイヨシコなる異世界人が描いた肖像画に石が投げ付けられている。


「勝手なことしやがって!」

「俺たちは十分勤勉だよ!」

「この独り善がり女!」


 南方に避難していたミワキ市民の怒りの感情を受け止める肖像画はあっという間に穴だらけになり、直に蹴りを入れる存在までいた。

 その万人の憎悪の対象となったミタガワエリカの処分について、ミワキ市民の中に不満を持たない人間がいなかった訳ではない。



 なぜ、生かしておくのか。今すぐにでもこの肖像画のように八つ裂きにしてその罪を償わせてやりたいと考える人間も少なからずいた。

 モチヤマタケオと言う、これまた異世界人の冒険者が馬車何十台分の救援物資を運んでは下ろすを繰り返す中、彼らは執政官邸をにらんでいた。

 ——————確かに、殺したらそれまでだろう。だがそれまで執政官様の庇護を受けてぬくぬくと暮らしているのかと思うと、搾取されている気分にもなって来る。

 その際にエンドーコータローと言う搾取者を討とうと言う言葉に溺れてすっかりWANTEDと化してしまった存在を知らされ、人々は若干気分を緩ませもしたのだが。


 だがあのミタガワエリカの襲撃により、ごくわずかながら人的犠牲も発生していたのは紛れもない事実だった。もちろん、直に戦った兵士たちのそれもある。彼らの遺体は丁重に葬られ、負傷者たちは聖職者や医師によって手当てを受けている。

 しかしそれと同じかそれ以上に人々の心を痛めていたのは、ギルドの事だった。シンミ王国の、いやロッド国の時代からあったこの冒険者ギルドは大陸のギルドの頂点であり、象徴であった。先の戦争でさえも破壊されなかったギルドが灰燼に帰し、この世界の秩序の一つを破壊した。

 さらに言えば、そのギルドの職員の中で誰よりも腕利きであったソウギが行方不明になった。あの戦いの時も避難せずギルドを守っていた彼の姿はどこにもなく、ミタガワエリカにより殺されるか誘拐された事になっている。

 誘拐については最初の魔王軍がブエド村を襲った際に職人を誘拐し、ミタガワエリカもヒラバヤシリンコをトードー国から連れ去ったと言う前科がある事を利用したジムナール執政官が広めた噂だったが、それでもそれなりに信じる人間はいた。何せ、遺骨はおろか血痕もないから。


 確かな事は、ミタガワエリカに対する激しい憎悪および殺意を持っている存在は少なからずいると言う事だけだった。


 もし、そういう人間が今のミタガワエリカを見たらどんな反応をするのか———————。










「キャハ、キャハハハ……」


 そのヘイト・マジックをかけられたも同然のミタガワエリカと言う名の少女は、ずっと笑っていた。


 目を吊り上げ働け働けとわめいていた魔王の姿はどこにもなく、やたら楽しそうに笑っている。

「ねえねえおじさーん、ジュエルスターって知ってる?ああ知らないよね~、この世界にテレビなんかないもんね、ごめんねごめんね~」

「静かにしろ!」

「はーいわかりましたー、静かにしまーす」

 牢屋番の兵士はまだともかく、壁を向いて笑うこともある。これまで殺戮と隷従を見て楽しんでいた歪んだ笑顔はどこにもなく、あまりにも無邪気に笑っていた。


「執政官様って本当にすげえよな……」

「お前、これを殺す気になれるか?」

「無理無理、って言うか殺す方がよっぽど慈悲深いだろこれ…………」


 気が触れてしまった————————————と言う彼らの判断は実に正しい。



 だいたい、この牢獄にいる限りは文字通りの罪人でしかない。

 その罪人はそれこそ日光もまともに浴びられない中で、極めて不衛生な環境で過ごさなければならなくなる。もちろん水浴などできないし、食事は一日一度、銅貨十枚相当のパンしかない。実際ガシャも幾度か乱暴を起こして入牢した際に、そのような待遇を受けている。

 そんな場所ではしゃいでいる少女など、異物以外の何でもない。


「なあ、お前一日に何時間訓練して来た?」

「あの団長に付いてればわかるだろ、十時間だよ、十時間」

「たった、な」


 ピコ団長はそれこそ、朝の七時から夜の七時まで槍を振らせ続ける事もあった。休憩時間を差し引けばトータル十時間、一日の四割以上の時間である。

 口だけでなく自分もやるから誰も手を止められず、精根尽き果てて倒れこむと怒鳴るではなくあからさまに悲しい顔をする。サボって即座にしっ責が飛ぶのはまだともかく、この理不尽とも言える失望に不満を持つ人間もいた。

 その度に戦争の話をしては泣きそうになり、お前らの代わりにと言わんばかりに槍を振り続ける。


 そう、たった十時間ほど。


 もう少しあの人たちが来るのが遅かったら、ピコ団長もこのミタガワエリカみたいになっていたかもしれない。それが、今の二人の共通認識だった。


 ミタガワエリカの言葉を真に受ければ、一日二十時間彼女は学問を積んでいた事になる。そしてそれを他人にもまったくひとかけらの悪意もなく推奨し、それを怠れば怒り狂い、さもなくば相手の将来を素直に心配して泣く。

 そこだけ切り取ると、ピコ団長とミタガワエリカの二人には何の違いもない。



「むーすんでーひーらいーて、てをうってひーらいてー、ひらいたらまーたーうって……」

「なあ、ウエダユーイチさんも歌ってたのか?」

「たぶんそうだよー」


 二人にとっては全く未知だが、それでも明らかに子ども向けだって事がわかる歌。

 ウエダユーイチと言う救世主にも等しい存在の言葉を納得させてしまうほどには説得力のある彼女の声が、薄暗い地下牢を無駄に明るくする。



 何者かによって、時間の流れを狂わされた。

 それで時間を無駄にしたくないと思わされた彼女は学問に励み、その結果あんな性格になってしまった——————。


 当然信じられなかったが、それでもこの顔を見る限りはと思わざるを得ない。


「って言うかどこの誰だよ……ああ怖ええ…………」


 その呪詛を与えた存在と、その結果のなれの果て。

 二つの化け物の影が立ち込める地下牢は、いつにもまして冷たかった。

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