ナナナカジノへの入場
「どうして私があのカジノに」
「私は戦えないので、それでユーイチさんだけじゃその、ああヒロミさんって本当に強くてカッコイイんですね」
「悪いけどあまりお金ないぞ、安い仕事を途中で切り上げたからな、今日の賃金は銀貨一〇枚だ」
「大丈夫です、朝から一応掃除していましたから」
あの三人組が本当に付いて来なかった中、セブンスだけは俺と博美と一緒に北門まで歩き出した。
セブンスはこの細身の中にどんな力があるんだと言わんばかりにまめまめしく動こうとし、押し留めようとするこっちの思惑を簡単に踏み越える。それで失敗して痛い目にあったのに、まるで休む事が罪悪であるかのような奴だぜ。
「そういう姿勢は実によろしいことね、ちゃんとお世話になっているなりの事はしなきゃ」
「ヒロミさんはそういう事は」
「当たり前よ、恩を仇で返すのは最低の事、恩には恩で返さなきゃ」
「仇には仇で返すんですか?」
「そうかもね」
博美をして口ごもってしまう。それが俺たちだった。
俺だっておとといコボルド狩りした時は金とセブンスのために一生懸命で何とも思わなかったが、今になって思うとゾッとする。そのゾッとする気持ちがなかったからこそ昨日あれほどまでの真似をやらかしてしまった。
ただでさえナナナカジノと言うのは、あのモモミちゃんの父親であるハンドレさんの経営しているカジノだ。
そして俺のようなぼっちは無論、博美のような因縁の相手ができてしかるべき存在さえも畳の上以外で喧嘩を吹っ掛けられるような事はない。ましてや命のやり取りなど論外だ。
「むやみやたらに仇を与えられても、それを追いかけていてはキリがないからね。まあ警察、と言うかそういう事を取りしまる専門の人間がいるのだからな。素人が手を出す物じゃない」
「そうですか、ちょっと窮屈かもしれませんね」
「自分にその力があれば殴り飛ばしてもいいと思っているの!」
「いけませんか?」
「………………で、あのオ、いや赤井はどうしたの?」
「ハヤトさんも戸惑っていたって聞きました、聖職者様だからでしょうか。マサキさんは案外あっさりと割り切れたそうですが」
セブンスはその点、遠慮がない。もし自分が細腕細身じゃなければ、その手によっていくらでもやってやろうと考える事ができる程度には正しい意味で擦れており、俺を慰めてくれる存在でもあった。
その価値観を自然に見せつけるだけで、大川はひるんでいる。
「お前ももうわかってるんだろ、この世界のあらましって奴は」
「しかしあの幸太郎がおかしくなってしまったなど未だに信じられないのだけどね」
「幸太郎にはお前が必要じゃねえかなぁ」
体重の倍違いそうな女ふたりを並べながら、俺はカジノを目指して歩く。十五歳だってのにだ。それだけでも遠藤からしてみれば不興を買う話かもしれない。
「本当にすごいですね!」
「一応宿泊所併設だけどね、そこで泊まるような真似はちょっとね……」
「あれもすごいですね……」
ほどなくしてナナナカジノと言うきらびやかなくせに趣味の悪さを感じない看板を見つけ、まっすぐにその門を叩きに向かった。って言うか宿代高えな、いつもの宿の五割増しじゃねえか……。
しかしナナナカジノに比べまあ、なんだろうねあのミーサンカジノとかってネオンサインじみた奴は。一体どんな力を使えばあんなもんを光らせられるんだか、電気もねえのに。
「もう少し見た目に気を配らないと」
「このナナナカジノは見た目など気にしておりませんから、数字さえ読めれば誰でも大歓迎ですので、負けて暴れない限り」
「気にしなさいよ」
セブンスは普段着、博美は柔道着、そして俺は皮の鎧。
それに対し門を守る人らこそ甲冑を着て剣を持ってるけど、中は本当に雑多な衣装がズラリ。
「何これ……」
「何これも何も、お前来たことあるだろ」
「中までは来なかったからね、それにしても……」
「あの黒い服はかっこいいと思いますけど」
「博美、落ち着け、な」
「ああそれからお手持ちの武器はお預かりいただきますので」
「はい」
男が着てるタキシードみたいなのは単純にかっけえと思ったけど、しかし異世界でもバニーガールってのはいるとは思わなかったね。単純に目の毒だぜ。
まあここではあれが正装なのかもしれねえけどな、博美とかそんな扇情的な衣装をするんじゃないって怒鳴りそうで怖い。
とにかく俺がわかりましたとばかりに剣を預けて入ると、中では既に客が騒いでいた。
「やったやったー!」
「ああ畜生……!」
「もう一回だけ、もう一回だけだ!!」
おうおう、騒いでる騒いでる。とりあえずあの二人を探さないといけないなと思ってあっちこっち歩き回ろうとするが、その前に背中から大きなため息が聞こえて来た。
「まったく、どうして私がこんなとこに……」
「成り行きだと思えよ。おいセブンス、二人はどこに行った?」
「今カジノの人に聞いてきまーす!」
セブンスは田舎育ちのはずなのに足が軽い。
いい意味で免疫がないせいか、それこそ文字通り未知の体験をするように走り回っている。ったく、酒の匂いでどうにかなんなきゃいいけどよ……。
「お前さ、幸太郎みたいになりたいのか?」
「……はぁ、幸太郎って本当に信用されてないのね」
「ああ、今のあいつは危険すぎる。山賊のせいだか何だか知らないけどよ、相当に性格変わっちまったからな……」
「コータローだって、お前コータローの事知ってるのか?」
セブンスを待つ俺たちが入り口のバーカウンターの付近で遠藤についてしゃべっていると、いきなり側のおじさんが割り込んで来た。
「幸太郎がこんな所に来ますか?」
「コータローって言えばさ、半月ほど前にペルエ市で孤児だって娘に会ってさ、それですっかり情にほだされちまってよ」
「まさかその子にひとめぼれでもして!?」
「いいや全然、山賊に一族皆殺しにされて自分自身も奴隷階級になっちまったって聞かされて単純に同情してよ、すべての搾取をぶち壊してやるとかって血の気をたぎらせてたぜ」
すべての搾取をぶち壊す。まあ壮大なテーマだ。
でもな、赤井や市村の言う通りの力があったとしてもそれで一体何ができるんだ?俺にはとんと見当もつかない。
「うーん、気持ちは立派だけどね」
「気持ちだけはな……」
何が搾取で何がそうでないのか、誰が決めるんだろうか。そんなテーマを追いかけるのは、それこそ総理大臣様のような方のお役目だ。俺らなんかにとでもできる事じゃない。
そこまで思いを巡らせた所でセブンスが俺たちを呼び付けているのに気付いた俺たちは、豪華なのか安いのかよくわからないじゅうたんをゆっくりと歩いた。