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TPO

 河野速美は、笑っている。




 十年前と、同じ笑顔をして笑っている。




 五歳から十五歳になったのに、その時から全然変わっていない笑顔をしている。







「ねえ、約束、覚えてる?」

「どんなだよ」

「ずっと、私が守ってあげるって、裕一の事」







 実にロマンティックなフレーズだよ。だが状況があまりにもいびつすぎる。




 エクセルが集団で包囲され、快速魔法で逃げ回っている。武器もまともに持たない一般市民が死んだ兵たちの武器を使ったり、木の棒を振り回したりして仇討ちに乗り出している。死体は片づけられておらず、必死に避けようにも隙間がなくて何人もの足によって踏みつけられている。

 血だまりも怖ければ、踏みつけられる音も怖い。





 戦場だってもう少しましな音と風景だろってぐらいの凄惨な空間で、こんなに愛を語れるなんて。




「お前は頭がおかしいのか?」




 他になんて言えばいいんだ?




 三田川は赤井を二次元と三次元の区別が付かないとか馬鹿にしていたが、今の河野は三次元と三次元の区別がついていないんじゃないだろうか。





「まったく、そんな冷たい事は言っちゃダメじゃないの」

「TPOってのがあるだろって話をしてるだけだよ」

「じゃあ場所を替えればいいのね。どこがいい?ロマンティックに雪山のクチカケ村、おしゃれな海岸の南ロッド国、それとも大都会のペルエ市・リョータイ市……」

「場所の問題じゃねえよ!」





 はっきりと吠えてやったが、河野は両手を上に向け目を伏せるだけだった。


 話が通じない——————と、向こうも思っているのかもしれない。


「俺が今解決すべきだって言ってるのは、この目の前の状況をどうするかって話だよ。この騒乱を、国家の英雄出会った人間の死体を丁重に葬り、ちゃんと魂を供養する義務が俺たちにはあるはずだ」

 俺たちはもうこの世界の一部であり、紛れもない加害者だ。

「本当に優しいのね、さすが裕一」

「だったら今すぐ手を貸せ。赤井、祈りの言葉を頼む。俺はサンタンセンでもそうして来た、だろ市村」

「そうでありますな…………」




 あの時だって俺たちは、死体をそれなりに埋葬して赤井に見送りの言葉を言わせた。その時以上に俺らの責任は重いし、数も多い。しかもこのビジュアルだ、炎魔法で焼かれて骨だけになっちまったあの時よりずっと怖くて気持ち悪い。



「…………ねえ、そのサンタンセンの人って、裕一に威張り散らしてた人?」

「それでもああなっちまったらさ、三田川の事もあったし」

「でも私は賛成できない。それならなんでキミカ王国やノーヒン市で同じことをしなかったの?」

「我が国については我が国の人間がなんとかしてくれた。ノーヒン市については不思議な事に、死体が消えていた。だろう、セブンス」

「はい、不思議ですけど。それからエスタの町でもありました、葬礼も一応しました」

 この旅の間、俺は何度も葬式、と言うか葬礼を見て来た。

 人死ににも慣れちまった上で自分なりに自分が作った死体をどうするのかについての問題にも向き合って来たつもりだった。



「相手に敬意を払うのは当然のことだ。それもできないのに騎士を名乗るぐらいなら、山賊の方が数段上等な人種だ」



 トロベの言葉の意味はあまりにも簡単にわかったが、その言葉の意味にすぐ気づいた河野の目から笑顔が消えた。予想通りだったとは言え、正直俺だって元からする気のなかった笑顔をする自信がなくなる程度には嫌な結果だ。

(トロベは実に立派で騎士らしい人物だ、だが俺たちは騎士じゃねえ、ただの高校生なんだよ)

 河野がただの女子高生なんかじゃねえ事はもう明らかな事実だが、トロベのようにできた人間でない事は間違いない。




(俺に小学生、いや幼稚園時代にちょっかいをかけて来た連中は今どうしているか……)




 名前を覚えてなどいないが、とにかくその人間たちがどうなったかなど考えたくない

 三田川恵梨香の末路を思うだけで、彼らに簡単に同情できる。もし三田川恵梨香みたいになっていたら——————あんな怪物が同時多発していたらと思うと、それだけで真夏でも南極に旅行できる。


(今はまだエクセルが引き受けてくれているが、その刃が俺に向いたら……!)


 俺は不思議と、河野が怒るような行動だけはして来なかった。したとしても、ちょっと言われただけで素直に反省してわかればよろしいで終わっていた。優しい人ほど怒ると怖いとはよく言うが、その怒りが向けられた先の存在は——————




「あの男!いつの間にか城の中に逃げたぞ!」

「捕まえろ!」


 いつの間にか城の中に入っていたエクセルに向けて北ロッド国民が突っ込んで行く。河野の冷徹な目に惑わされる事もなく、怒りに燃え上がった人間がそこにいた。




 もしそれがラッキーだって言うんなら、あまりにもひどい話だ。




 なぜなら。







「お前どこへ行く!」

「俺たちはあのウエダユーイチをやっちまうぜ!」

「そうだな、あのウエダユーイチのせいで多くの兵たちが!」







 そう、来てしまったのだ。




「父さんの仇!」

「見ててくださいあなた!」

「うおおおおおおお!!」




「やめろ!やめろ!」


 両手のひらを前に出しながら届きっこない叫び声を出すが、彼らが止まる事はない。


 むしろ最大限にあおってしまう言葉だとわかっているが、それでも俺の敵は突っ込んで来る。







 ————————————俺を殺しに。







 その結果。







「あっ……」








 音が、消えた。







 王都に住んでいた北ロッド国民の内八割が、一瞬にして北ロッド国民ではなくなった。







 生前、北ロッド国民だった死体になった。

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