エクセルの暴走
「父上は殺された!軟弱なメイドもどきに!」
——————毒殺。
俺が二度もやられて、その度ぼっチート異能でくぐり抜けて来たやり方で死ぬなんて、全く予想もしがたい最期だ。
「軟弱なメイドもどき?」
「数日前にやって来たメイドだ!」
トーオとか言う名前のそのメイドはどこから来たのかわからないのにあっという間に上の人間の心をつかみ、そして献身的な振る舞いで兵士たちの心も篭絡。
わずか数日で王とも対面できるほどの身分となり、そして凶行に及んだのだと言う。
「まさかトーオってのはシンミ王国の!」
「この!シンミ王国の連中め国王様を!」
「鎮まれ!」
で、俺らが仕掛けたと思ったのか数名の北ロッド国の兵士が迫って来たが、オモメは意外なほど冷静だった。
「その剣」
「ああ、見ろこの血を」
俺たちに突き付けて来た剣は、青く染まっていた。魔物の血だ。
他にも何人かの兵士の武器も赤や青の血に染まっている。
「まさか……!」
「トーオは魔物だったのだ!見ろこの血を!」
「青い血……オユキ殿がかつて流したのと同じ!」
「アカイー、私を例えにしないでよー」
魔物がひそかに北ロッド国の王宮に入り、国王に近づいていたと言うのか。
オユキには悪いが、やはり魔物は侮りがたい。
「魔物の正体はおそらく魔王軍の配下!」
そして魔王軍はまだ健在であり、しかも誰か有能な指導者が残っているとしか思えない。
「そしてそのメイドもどきが仲良くしていたのは、ロッド国の誇りを忘れた保身家連中ばかりだった!その保身家により国王様は殺され、シンミ王国の属国となろうとしていた!だから!」
「じゃ赤い血は……!」
「そうだ!」
「一瞬でもした期待を返してくれ!」
——————この数分の間に、トーオの指示を与えたと判断した大臣を殺して出て来たらしい。
魔王軍に殺された王の仇討ちをすべく、鬨の声でも挙げてるかと思ったのに。
「シスクレェ!あなたはどうしてぇ!」
「私はロッド国の姫として、新たなる国王として!シンミ王国への無念を晴らすために!」
「無念を晴らすべきはぁ、魔王軍のはずですぅ!」
うちのお姫様も呆れかえっている。あそこまで派手にやられているのに、まだ勝てる気でいるのか。ここからどうやって勝つのか、どうやってシンミ王国を滅ぼす気なのか。
「シンミ王国軍はまだ数十倍いるんだぞ」
「その数だけ勝てばいいわ!」
「どうやってだよ」
「ウエダユーイチ!我がロッド国に付きなさい!救国の英雄として永遠に名を残すのです!」
馬に乗る将軍もどきと姫もどきという名の自殺志願者に付き合えるほど良心的でもない俺が無言で歩み寄ると、何を勘違いしたのか二人して笑い出した。
「こっちはいつでも攻撃準備が整っている事を忘れるな」
「わかっているぞエンドーコータローとやらのように強者を叩き弱者を救うのだろう?今我々は弱者だが強者になった際に刃を向けるのだろう?それでもいい」
「うるさい」
「照れずとも良いのです、あなたには輝かしき未来が待っているのですから」
剣に手をかけないだけで投降とでも思ってるんだろうか。あれほどまでに北ロッド国民を切ったのにも関わらず誰も手を出そうとしない。ヘイト・マジックがかかっているはずのに、それの対策があったとしても正直おかしい。
しかしよく見ると確かに数人ほど目が血走っているし、決して認めている訳じゃないんだろう。敵兵はやはり敵兵であり、まったくスルーという訳にも行かないはずだ。
「どこまで行くんだ?」
「城に入るんだよ。トーオとかってメイドが本物の魔物なのか」
「構いませんよ」
どこまでもマヌケな連中を置き去りにして、俺は本城の扉をくぐった。
それなりに荘厳だったはずの城壁に赤い血が塗りたくられ、風情も何もあったもんじゃない。血まみれになった中年男性の姿と死に顔を見るにつけ、俺もしっかり死体に慣れちまったなと好悪入り混じった感情を抱きたくなる。そして生きている人間はほとんどいない。逃げ出したのかどうなのか、とにかくそんな事はどうでもいい。
そして俺の足音以外まともに音もしないままやがて玉座にたどり着いた俺が見たのは、紫色の顔をしたギウソア王の死体と、真正面から突かれて死んだトーオなるメイドの死体だった。
確かにそのメイドは青い血を流し、倒れこんでいる。
魔物なのか。だがそれにしてもあまりにもきれいすぎる。
俺はつい手を振れ、死体を裏返した。
死に顔も妙にきれいだ。緑色のツインテールも整然としていて、強い覚悟を持っているように思える。
和平のために死んだのか。来て数日だと言うが、こんなきれいな顔で死ねるほどに国に……
「……えっ!」
とここまで来た所で、俺の頭の中に急に一人の女の顔が蘇って来た。
サンタンセンで出会っていた、グミナ=シコという名の冒険者。
あの時暴れ回ったミタガワエリカにより多くの冒険者が殺されたが、彼女の遺体だけはどこにもなかった。逃げ延びたとも思えずわからないほどに焼かれたのかと思っていたが、まさかこんな所に来ていたのか。
しかも魔物だった?
だとしたら一体なぜ?
とか俺が様々な疑問を抱えながら城を出ると、ようやく夢から醒めたお姫様もどきが動き出した。
「よくも騙したわね……」
「は?」
律儀に攻撃を仕掛けていないシンミ王国軍に背を向け、俺に向かって粗末な杖の先っぽから水を膨らませている。
「本当に、死体を見に行っただけなのね……」
「そうだけど?」
「私は、私は!あなたを!」
次々と水の弾が飛んで来る。
王城を洗い流すように、連続で攻撃が飛んで来た。
「ユーイチさん!」
「お姫様を守れ!」
そしてお姫様の邪魔はさせないとばかりに攻撃が始まり、シンミ王国軍の救援も当てにできなくなる。
「すでに弱点は見切っている、もう勝ち目はないわ!」
次々に放たれる水弾。王城を何だと思ってるんだよって吠えようと思った時には、すでに二発ほどかすっていた。
(まさか……!)
ぼっチート異能の弱点に気づいたのか!?
こうなったらもう、突っ込むしかない!
だがその突撃を見切るかのように次々と攻撃が放たれ、足が動かない。
(くそ……乱発だとしたらまだいいが後ろの城を狙われているとなると……)
自分の城を壊してまで勝とうとするほどの執念をぶつけられた場合、果たして俺は勝てるのか。
自爆攻撃をも凌いだとは言え、それはあくまでも俺狙いだったからに過ぎない。
だがこの自爆は防げるか否かわからない。万が一城を狙われていたら……!
「ガフッ!」
そして、ついに当たってしまった。水の塊が俺の胸に当たり、大きくよろめいて倒れそうになってしまった。
「ユーイチさん!」
「よし当てた!あと一歩だ!」
セブンスたちも迫るが守りは厚く声しか届かない。
「さあ今すぐ我が国の英雄となりなさい!」
「黙れ、お前こそ今すぐ魔王軍と戦え、それこそ」
「ならば!」
本城の壁に向けて次々と放たれる水弾。
怒りと執念、と言うか暴威と逆恨みの攻撃が襲い掛かる。
これが、神風特攻隊の恐ろしさなのか。いや目標すら持たない、文字通りの無差別攻撃。
直撃こそないが幾度もかすり、その度に足が鈍る。
ここまで来て、ここまで来て俺は……!
「これが私の力!これがロッド国の力!さあ早くひざを折りなさい!」
「同じ事しか言えねえのかよ……」
「私はひそかに聞いたのです、あなたの弱点を!」
どうやら、完璧に読まれていたらしい。
ぼっチート異能の弱点を!
「だがそのために自分の城を壊すなど!」
「城塞を築くのにはひと月あればよし、良将を得るには百年あっても足らぬ……」
「聖書の一節かよ……だけどな、俺はセブンスたちのためにも!」
「残念だわ、本当に残念……それじゃ……」
どこまでも底なしの悪意と、上から目線の元、放たれる水弾。
この一撃に耐えられるのか、自信が全くない。
それでも避けるしかない。当たる訳にはいかないとばかり必死に足に力を込めた。
「「覚悟ぉ!」」
奇しくも俺とシスクレ姫、二人して同じ言葉と共に攻撃をかけた。
————————————はずだった。
だが俺が踏み出した次の瞬間、首が転がっていた。
お姫様と呼ばれていた人間の。
「エクセル…………!」
下手人であるエクセルは笑顔のまま、いつのまにか俺の目の前に来ていた。




