少女、ついに動く(三人称視点)
今回、話がいよいよ動きます!
北ロッド国はこの二日間で、千人の兵士を失った。
シンミ王国攻略戦、要塞防衛戦、そして荒野防衛戦。
たった二日間、三度の戦いでの結果とはとても思えないそれであり、シンミ王国の人的犠牲が三十名足らずだったのと比べるとあまりにも甚大だった。
北ロッド国の人口は、現在のシンミ王国の十分の一であり、三十分の一である。
そして国土面積は、およそ十分の一とも言えるし、四分の一とも言える。
ただそれは「シンミ王国」が本国と旧ロッド国の領国を合わせた国であるかペルエ市・ミルミル村・ナナナカジノの街道周辺やほとんど人の住んでいないシンミ王国南西の山地をも含めるか、また「北ロッド国」がブエド村・南ロッド国という「現ロッド国」全てを含めるかによって変わって来るだけの、いわゆる言葉遊びに過ぎない数字である。
だがいずれにせよ、「北ロッド国」が「シンミ王国」のそれよりずっと小さな国であることは何も変わらない。小さな国だからこそ、人ひとりの重みは増す。
話を戻すが、いずれにせよ北ロッド国という国の命運はもはや風前の灯火だった。
北ロッド国が北ロッド国になる前から、この地域は尚武の気風の濃い血だった。知性や血統よりも武力や闘争心が重視され、そのまま住民の気風として反映されて行った。
魔王軍との戦いは初戦から数えれば百年に及び、もはや十二分すぎる時間が経っていた。対シンミ王国でも主力となっていた軍勢の出身地は大半が現北ロッド国であり、それが今の国風にそのまま受け継がれていた。
対魔王軍の武勇伝を読み上げれば一週間でも足りないほどであり、子どもはそれを寝物語として聞かされて育つのが幼児教育だった。
そんな国に取り、シンミ王国とは惰弱なだけの国でしかなかった。
旧ロッド国国王がシンミ王国に上から物を言ったのも自身こそが魔王軍に立ち向かって来た精鋭の集まりだという自負からであり、後ろでぬくぬくとしていたシンミ王国などにわかってたまるかという気持ちがあったからである。
それが高じて戦争にいたり、そしてこの結果に至ってもなお、百年物の気質を数年で変えるなどできるはずもなかったのだ。
————————————この時すでに、国王は魔王軍と手を結んでいた。
アト将軍は魔物軍からの友好の証として派遣された存在であり、魔物軍きっての精鋭として期待を込めて送られたのである。国王はアト将軍本人が政争に敗れた果ての左遷とか思っていた事など露知らず、ずいぶんとすんなり歓迎していた。
そしてその分だけ、彼がまともな戦果も挙げないまま討ち死にした時は酒の量が増えた。
「そなたら!」
「申し訳ございませんお父様、もう一度だけでも!」
そんな顔の赤い王が実質たった二人だけで帰って来た娘と重臣の敗報を聞かされて機嫌がよくなるわけもない。酒が入っていた器を男に投げつけ、玉座でふて寝をするような体勢になってしまった。
「で、シンミ王国軍は本当に引き返したのだな!」
「はい……」
「だが進軍速度からすると明日には来る。たかが一日を稼ぐために町を焼かせたのか?」
「ですがいきなり、あのエクセルなる冒険者の手により軍はほぼ全滅。私と姫様も戦ったのですが及びがたく」
「聞いておる。だがそれほどの存在がいる以上、こちらも更なる切り札を出さねばならぬ。って聞いているのか!おいトーオ!」
「切り札」と言う言葉を聞いた二人の視線が、斜め下から真下になった。その切り札ンの存在は二人とも知っていた。だがその切り札がどの程度の働きをするのか、それらに自分たちが劣っているのかという不満が視線に出ていた。
その二人に半ば寝そべりながらさらなる怒声を浴びせた国王は姿勢を正しさえもしないまま、狭い宮廷内に響き渡るほどの声で誰かを呼び付けた。
「お呼びでしょうか」
「聞いたか、あの二人を呼べ!」
「承知しました」
「お前たちはもう下がれ、次に出番があるとすればそれは最終決戦だと思え!」
これ以上何を言っても意味のないことを悟った二人がトーオなるメイドと共に引っ込んで行くと、ようやくギウソア王は態勢を直した。
王だと言うのに、侍従一人いない玉座。窓ひとつない孤独な空間で待ち人に向かって精一杯の姿勢を作り、二人の客を待った。
「エンドーコータローです」
「ケンザキジュイチです」
やがてやって来た二人の男。
エンドーコータローという力自慢の男に、ケンザキジュイチと言うやはり長剣使いの剣士。黒目黒髪という極めて特異な風貌にメイドたちがひるむ中、二人は肩を組んでずいぶんと我が物顔でやって来た。
「エンドーにケンザキ、すでに事情は聞き及んでおろう。今我が国は滅亡の危機に瀕している。そなたらの力で、我が国を救ってもらいたいのだ」
「はい」
「我が国は今大変に弱り、国民にもまともな物を食べさせられていない。シンミ王国は戦勝におごり民を苦しめ、我々が得るべきだった金穀を不当に奪い、私腹を肥やしている。そして今、わずかに残ったこの国を滅ぼし、世界を征服しようとしている」
「それは……」
そんな図々しい男たちを前にして先ほどまで娘と重臣が見ていた場所に視線を向け、露骨なほどに頭部を見せつける。
「頼む、どうか我が国を救ってもらいたい!もうそなたらしかおらぬのだ!」
「わかりました、やってみせましょう!剣崎!」
「わかったよ遠藤、俺と遠藤で敵を討ちますから」
「だが敵にはそなたらのかつての仲間もいるらしいが」
「あんな奴らたいした事はありません、必ずややってみせますとも!」
その姿勢のままやる気になっていた二人の男にさらに迫り、勇猛な言葉と足音を得た王は、床が見るのを拒否したくなるような笑顔を見せつけていた。
(実に扱いやすい、確かに力はあるが青二才だな……)
まだ十五歳かそこらの、青年というより少年とでも言うべき年の連中。
それなのに自国の精鋭が全くかなわなかった程度には強力な戦力ではあるが、あまりにも未熟。経緯からして、過剰な正義を発露させて仲間割れのような状態でお尋ね者に成り下がったのと、元々戦いにしか興味を持たなかった戦闘狂。
その気になればいくらでも駆り立てられると思っていたが、あまりにも簡単すぎた。
ギウソア王がせいぜい魔王軍からの更なる援軍を得られるまでのスケープゴートになってもらおうと考えている事など、二人の高校一年生は知る由もなかったのである。
「この国ももうダメかぁ…………って言うか上田君ったら本当うまくやってるし、って言うかやりすぎてるし。もう主力軍は本城に迫ってるし……」
だがそのギウソア王でも、頼りにしていたとかほざいた二人がウエダユーイチというたいして力を持たない高校一年生にほぼ相手にされないまま釘づけにされてしまっている事を知る由もなかった。
ましてや、はるか上空にてその顛末を見ている存在がいる事も。
「いよいよね……しかし本当、強くなったわね、って言うか強くなりすぎたわね……」
その声は嬉しそうでもあり、どこか残念そうでもあった。
まるで国家公務員にしようとしていた我が子が、レギュラー番組10本を抱えるお笑い芸人になってしまったような、素直に成功を喜びきれない母親の声—————。
「この国には滅んでもらうわ」
その声と共に上空から放たれた二本の魔力の糸に気づいたのは、放った本人だけ。
「そしてそして、その勢いのまま…………邪魔な、ウフフフフフ…………!」
こらえきれない笑い声を垂れ流すその口を押さえようともしないまま、ほぼ同い年のはずのエンドーとケンザキの醜態を少女ははるか上空から眺めていた。




