あ!やせいのエンドーコータローがとびだしてきた!
で、翌朝。雑魚寝同然なのに意外にぐっすりと眠れた俺が真っ先に見たのは、朝飯のシチューみたいな煮物と、朝から元気なセブンスだった。
「ユーイチさん!」
「セブンス、ずいぶんと元気だな」
「私は元気です、ユーイチさんがいますから!」
本当に羨ましいほどに力強い。この無意味を極めた火をもってしても心を折る事などできないとばかりに、実に楽しそうに笑っている。
「しかし」
「大丈夫です、私は。決めたんですよね、北ロッド国を滅ぼすって」
「一応最後の最後まで話し合ってはみる、だが少しでも首を横に振れば……」
「私も全力で頑張ります!」
そうやって言われると、頑張るしかなくなる。本当に罪深いほどの笑顔だ。
ああ、朝食はうまかったですよ、本当に。
「もはや交渉は不可能だ。これまで幾たびにわたり和睦と魔王軍との対決を望む旨述べて来たにもかかわらず、相手が望むはシンミ王国の滅亡、兄上とこのボクと妹の隷従のみだった。これはもう、まっとうな国家のする事じゃない。
よって、今日の戦いは全面戦争となる。すでに父上と兄上から援軍も来ている。だがボクらは、決してそれを待つ事はしない。待てばそれだけ、無辜の民が苦しむ時間が長引く。また魔王軍が北ロッド国を取り込もうと、ますます出しゃばって来る可能性もある。だから、今日一日で王都までたどり着く、王城を攻略する。できれば女神の砦も確保し、そこで魔王軍と対峙する。わかったね!」
田口、いやムーシ王子の演説も兄に負けず劣らずだ。
別の意味でつらい戦いをしていたはずなのにみんなテンションが上がり、戦意が高まって行く。
「お前は静かだな」
「あの二人の事を思うとな」
「心にもないことを言うな」
俺がその熱狂から少し引いた目をしていると、市村とトロベから肩を叩かれた。
「ったくもう、そんなつらい顔してちゃダメだよー。ほらほらー」
「ああ……」
「ウエダってさ、誰よりも実力があるくせにそういうとこは下だよね、ウエダなのに」
「そ、そうだな…………ハッ、ハッハッハッハ…………!」
オユキとトロベのいつも通りのやり取りに、俺は何とか笑顔を作った。
赤井も市村も、大川も倫子も笑っている。オユキなどは自分のギャグがついに大ウケしたのかとますます笑い、嬉しそうに手を叩いていた。
「そうかな、俺なりには頑張ってるつもりなんだけどな」
「そうか……でもなんかお前、まるで自分が全てを背負わなきゃいけないって顔してるぞ」
「ええ……?」
「確かにお前はDランク冒険者で俺たちのエースだ。でもその思考の先にあるのは英雄か魔王だぞ、ミタガワエリカの事を忘れたのか」
「ああ……」
自分だけむやみやたらに殊勝ぶってもどうしようもない。自分が何とかしなきゃが自分以外ダメになってしまった末路がミタガワエリカだと思えば、俺はいくらだって人を頼る気になれた。
「ありがとう、でもどうしても歴史ある国をこの手で滅ぼすとなるとな」
「俺たちが付いてるって言ってるだろ」
「ったくもー、ウエダって本当にひとりぼっちだったわけ?信じられなーい」
いろいろと頼もしい仲間たちに守られている俺は、とても幸せなのだろう。
その幸せを決して逃すことなく、突き進むしかない。
それもまた、事実なのだ。
そんな展開で再東征となったシンミ王国軍だったが、昨日の氷はすべて溶け、土壌は適当に乾いている。
「しかしムーシ王子の演説も大したもんだな、執政官様に負けず劣らずって言うか」
「能ある鷹は爪を隠すでありますか……」
この時、俺は田口が口下手な執政官様に力を与え舌を滑らかにしているって言う、これまでの予想が外れている事をほぼ確信していた。
「いずれにしても、今日確実にとどめを刺すしかないな」
「敵の姿は依然として確認できず…………いや!」
「敵先鋒確認!数は一人です!」
そして、戦いは始まった。
シンミ王国軍の人たちに続いて俺たちが見つけたそのターゲットは、黒髪に黒目。
しかも、かなり鋭い目をした戦士。
「遠藤……」
「お前たち……相変わらず尻舐めにご愁傷さまだなぁ!」
エンドーコータローが、両手に武器をもっていた。
「ちょうどいい、弱者から搾取するキョーシャサマは、俺がこの武器で潰してやるよ……」
剣ではなく二本のハンマーを持ち、まるで木の棒のように振り回している。
「遠藤、お前ここで何をしてるんだ?」
「聞こえなかったのか上田、お前のせいで国が滅ぶんだ。それを阻止したいだけだよ」
安っぽいと言うか古臭いゲームのような遠藤の言葉を無視し、俺は黙って歩いた。俺の弱点を把握しているとも思えない遠藤には、これ以上の対策をする必要もないと思ったからだ。
「ちょっとダメでしょユーイチさん!」
そんな中でもセブンスだけはハンカチを忘れたかのようなノリでヘイト・マジックをかけてくれたが、遠藤と来たらそのとたんにわかりやすくしかめっ面になったんだから笑えねえよな。
何十回とやって来たいつも通りのルーティンワークをこなすだけのように歩き出した俺に、遠藤は全身の血を沸騰させながら迫って来る。
その間に、残る軍勢は進む。これまたいつも通りの囮作戦であり、セブンス以下誰もリアクションを取る人間はいない。
「おいこら!お前ら!」
「あのさ、お前はもう手駒に過ぎないだって言ってんだよ。弱者救済って誰が掲げてるんだかわからない看板にすがって泣き付いて何が手に入るんだよ、教えてくれよマジで」
「うるさい、搾取者め!」
俺もずいぶんとお人好しぶりを発揮してやってるが、それが相手に通じる事はない。
やり場のない怒りだけが増幅され、当たりようのない俺に向かってくる。
そして、その間にも、主力軍という名の本来の目的は過ぎ去って行く。
俺のせいだとしても、あまりにも悲しいお話だ。




