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空間魔法の真髄

「ともあれ、オモメ将軍は負傷。そちらの魔力とてもうそんなに残っていないはずだ。って言うか兵力が残っているのか?」

「まだ、私はまだ!」

「戦争はひとりでできません。

 まあ幸い、氷と水のせいで大地がめちゃくちゃなので進軍はまた遅れるでしょうけどね、一時しのぎにもなりませんよ、って言うかこの状況で挟み撃ちでも期待します?」



 二百対数百だった軍勢は一瞬で二百対二にされ、その二人も実質トロベ、オユキ、セブンス、倫子の四名にしてやられたと言う結果からして我ながら何言ってんだでしかないが、いずれにしてもこの状況はシンミ王国軍の勝勢、北ロッド国軍の敗勢だ。

 一応後方にはまだ北ロッド国に忠誠を誓っている人間がいるが、こんな状況で攻撃を仕掛けた所でヘイト・マジックがかかった俺一人で対処可能なレベルのそれしかできようがない。

 ——————要するに、もうおしまいだろう。


「お黙り……」

「国王ってのは、国民のための最高の選択をするためにいるんじゃないですか?このまま最後まで戦ってどこの誰が喜ぶって言うんですか………………!」

「私と、何より父上が負けを認めない限り、負けてなどいない!」


 水のしみこまない赤土の荒野をじっとにらみながら、俺は必死に降伏勧告をする。

 しかし、幾度目の要請もまた失敗に終わった。


(ゴブリン一匹で三日寝込んでいたのが、紛れもない俺だ。今までずっと、セブンスがいたから頑張って来られた。もちろんセブンスは今でも優しいし頼もしい。それでも、相手がこれじゃ…………)

 自分の身を守るためとかいう目的さえもない、あまりにも圧倒的な戦い。

 ミタガワエリカを救い、解放するためにシンミ王国に仕官したとは言え、その目的がほぼほぼ達成された今となっては正直その立場が重荷になっている。できれば第三の魔王の正体を突き止め、残るクラスメイトたちを集め、早く元の世界に帰りたい。



「ふざけんじゃねえよこの姫もどき」

 疲れと焦りといら立ちが、俺の言葉を荒くする。エクセルが「おい」と言った気がしたが無視して、セブンスに目で合図し、前に30度程度の首の傾きをもらった。


「民がいなきゃ王様なんてただの人だろうがよ、その民が何を望んでいる?」

「知ってるでしょう、我が国の民がシンミ王国を打ち砕けと望んでいる事を……」

「どうやってだよ。シンミ王国の領土は北ロッドの十倍近くある。南ロッド国だって、ブエド村だって北ロッドには協力しない。そんな状況で勝とうだなんて無理だってなぜわからねえんだよ、なぜそんなめちゃくちゃな事を教えたんだよ…………」

「ウエダ……」

「エクセル…………こいつらは自分の力を過信して民に迷惑をかけたんだ。シンミ王国だけじゃねえ、ロッド国の民にもだ……お前らよりミーサンやダインのがずっと上等な種類の人間だよ……」


 確かにあの二人はいわゆるヤクザだし正直悪人かもしれねえけど、それでもある程度筋は通っていた。リオンさんなんて比べ物にもならない。

「ウエダ……ユーイチ……」

「なぜあんなアトなんか味方にした?魔王と戦うために軍備増強してたんじゃないのか……?」

「魔王軍の脱走兵をかくまって何が悪いのよ」

「その兵力をどうしてこっちに向けてるんだって話だよ。魔王軍の脱走兵なんて、それこそ魔王軍に対して恨みを抱いてるもんだろ」


 ビシャビシャになった赤土の上に氷が張られ、さらにセブンスの魔法で少し浮かんだ俺は剣を抜いたままゆっくりと前進する。

 当然の如く水魔法が飛んで来るが、当たる事はない。


「お前の攻撃なんぞ俺には当たらん」

「ならば一言。我が国に付きなさい」

「バカも休み休み言え」

「金貨を一千枚、いや一万枚」

「金の問題じゃねえよ、そんな金があるんなら国民に配れ」

 で、事ここに及んで買収かよ……どこまで低レベルなんだこいつは。

「お仲間は用意しているけれど?」

「どうせクァフジコとか言うただの雑兵だろ?」

「いいや、お前と同じ黒髪の力自慢だ。エンドーとかケンザキとか」

「あっそ……」


 そして更なる手があるかと思ったら、遠藤に剣崎?


 赤井や市村は少しビクッとしたようだけど、正直二人の事はどうでもよくなりつつある。


 遠藤幸太郎も剣崎寿一も、赤井や市村よりずっと薄っぺらな陽キャ野郎。能力とか以前に自分の力に溺れて、ただただ威張り散らし武器を振り回すだけのチンピラ、って言うか金貨百~二百枚の賞金首。


「あー、ちょっとうるさいからやめてくれる?」

「誰がやめるか!ってあああもう、これが、これがウエダユーイチの……!」

「そういう事だよ、わかったら早く」

「そんなこ、とっ…!?」


 ——————驚きの声と共に急に水魔法が止まった。

 ついにあきらめたのかと一瞬だけ期待するが、シスクレとか言う姫もどきの目は全く死んでいない。




「あっ杖が……!」




 杖とはと思いながらよく見ると、さっきまで水を吹き出していた杖がない。




「ユーイチ様をこれ以上、悩ませないで下さいぃ!」

「お姫様……!」



 そしてドヤ顔を決め込んでいたのは、こっちのお姫様だった。


「これが、空間魔法なのですぅ!」



 どうやら俺がよそ見をしている間に空間魔法で杖を空間の中に閉じ込めたらしい。


 ったく、改めて恐ろしい魔法だよ。



「テリュミ……!なぜお前のような!」

「シスクレ、私は今言った通り、ユーイチ様のために来ているのですぅ!」


 姫もどきが、お姫様に向かって吠えている。


「テリュミとシスクレ姫は同い年なんだよね……顔合わせこそ二度しかなかったらしいけど正直もうこんな状態でね……」


 こんな両国間の関係の上に同い年と言う事もあり、両名はお互いをかなり強く意識していたらしい。


「あなたなどロッド国の雑兵の侍女になるのがお似合いよ!」

「その口を閉じていればあなたはもう少し立派なお姫様なのですぅ!」

「鏡を見ながら物を言うのをやめなさい!」

「私は空間魔法を行使して戦果を挙げましたぁ!あなたはどうなんですぅ!」


 ああよくわかるよと言わんばかりに、俺は杖を失った姫もどきサマにご挨拶しに歩みを進める。


「これ以上の戦いは損害を大きくする。その事がわかっているからテリュミ姫は魔法で凶器を消した、お前は何のために魔法を使っている?」

「それは……!」

「ああもう一つ頼みます」

「はーい!」


 俺のように陰気なのではなく、シスクレのように何もわかっていないアホな声でもなく、陽気な声で次のターゲットを狙い出したテリュミ姫の声が、氷で一杯の空気をどれだけ暖かくしただろうか。


 もう一本の得物、オモメが持っていた槍も消してしまえとはりきった少女の願いは、しかしあまりにもあっけなく裏切られた。




「逃げたよ……」

「って言うか投げ捨てるとは」

「ずいぶんと高く投げられるもんだよな」


 万が一を恐れて俺が数歩後退すると、オモメの槍は氷の上に平らになって転がっていた。

 わざわざ空間に閉じ込めるまでもないって事ではある。


「その空間に入った物って」

「取り出せますぅ」

 お姫様は魔力を込めて空間から杖を落とし、赤井に手渡した。

「かなり高級そうだな」

「これがないと魔力って」

「物によりますが、攻撃魔法を使うのには役立つであります」


 いずれにしても、もうこれ以上シスクレは力を発揮できない訳だ。




「それでどうします?」

「今日はこれ以上前進しない方がいい。こんな状況なら守りを固めるより、内紛が発生する方が先だ」

「しかし遠藤と剣崎は」

「それほどまでになりふり構わずって事なんだろう。実際に出て来たら来たで、俺の手でしのぐまでだ」


 遠藤も剣崎も、俺の手で一つの決着を付けてやるぐらいの覚悟はあった。

 俺が戦いに飽きてるのは間違いないが、それでも仮にもクラスメイトだった身だ。三田川でさえなんとかなったと、楽観的に考えるしかないのかもしれねえ。


「しかしあの都市に」

「寝ずの番を立てざるを得まい、あるいは西の要塞にでも」

「わかってますけどぉ……あー辛いなぁ……」



 とりあえできれば西の町、少なくとも砦に野営という形で休息となったようだが、いずれにしても今日の戦いは終わりって事だけは確実なようだった。



「大変ですムーシ王子!」

「何だい!」

「西の町が燃えています!」




 と思ったらこれかよ!


「とにかく急いで引き返すんだ!町人を守れ!」

「はい………………」


 消えるようなはいの二文字でだいたいの事情がわかっちまうほどに擦れた俺が振り向くまでもなく、紅蓮の炎が城壁の中に君臨し、先遣隊のように煙を天に送っていた。

(まさかあの槍投げ……?)

 まさかの時に備えて手を打っていたのかよ、それは奇襲とか挟み撃ちならともかくこんな手段とは!




 …………………ああ、本当に、救いがたい連中だよ!

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