ぼっちの悲しみ
アト将軍の死から一夜明け、改めて北ロッド国に入った俺たちを待っていたのは、当然ながら北ロッド国軍だった。
空白地となっていた砦の東、細長い北ロッド国の西の端、北ロッド国の第二の都市のすぐそばの荒野。
そこに俺たちシンミ王国軍と、北ロッド国軍は対峙した。
「敵軍ですか?」
「敵軍だよ」
だが思わずタメ口をやめたくなるほどには、敵軍はひどいものだった。
武器を持った数千名の兵。
こっちだって大軍と一緒である以上それでひるむ事もないが、だとしてもその顔触れが問題だった。
「たった二戦負けただけじゃないんですか」
「その通りだ、これが北ロッド国の実情だ」
「その事を総大将様はどうやって」
「ボクだってこっちの世界に戻ってきてから知ったんだよ、何せボクが戻って来た時にはシンミ王国が滅んでいたかもしれなかったからね。実際シンミ王国も、このレベルには追い詰められていたらしいからね」
国家滅亡の危機に際し、まさしく亡命って言う形で俺らの世界にやって来た王子様。
情報などまともに入らない中、万が一の時には新たなる王となって国民二人の王国を支えて行かなきゃならなかったかもしれねえと思うと本当に大変だっただろう。
まあ結果として母国は勝利したが、それでも大変な思いをしてた事はなんも変わんねえ。
「それで、この状況については」
「泥水が甘露であるのは、三日間水を一滴も飲まぬ時と、乳の代わりに泥水を飲んだ者だけである。わかるよね」
「わかりたくねえよ、わかっちまうけど」
———————生まれてすぐ武器を持たされ、シンミ王国を殺す事しか教えられてないかもしれない。
まあ戦争が始まったのが十年前、終わったのが八年前だって訳でそれは少し大げさかもしれねえが、例えば小学一年生≒六歳からとすれば十六歳および十四歳、なんとかなっちまう年齢だ。
って言うかよく見るまでもなく、女性も多いし老人も多い。
剣や槍のようないかにも武器ではなく、鎌や木の棒などおよそそのために使う感じがしない代物、それどころか石まで持っている人間もいた。
「降伏を言い出して聞き入れてくれる可能性は?」
「和睦でも無理だろうね。兄上の首でも差し出せば話は別だろうけど」
「…………」
「ってのは冗談で、一通の書状が届いててね」
ムーシは俺と市村に、一枚の手紙を見せた。
ずいぶんと物のよさそうな手紙だ。
「シンミ王国の皆様に謹んで申し上げます。
我々ロッド国は貴国に対し、最大限の慈悲を与えるべく尽力しております。
まず幸運によりその領国の大半を預かる身となった失政官ジムナール様には、我が城の礎として地下よりさらなる発展を願う権利と、領国を返還する権利を。
続いてその妹君には、勇猛なる我が国の将軍クァフジコの側女となる権利を。
そして最後にムーシ王子には、百万本の刀剣をその手により作る任務を。
この厚情に対し厚顔をもって答えるのであれば、その返答はおのずと明らかかと思われます。どうか、この世界のために最善の選択を取られる事を願っております」
——————二の句が継げない。
要するに何だよ、ジムナール失政官様の首だけじゃ飽き足らず、ムーシも奴隷とするって事かよ。
「で、このクァフジコって」
「ただの兵士だったよ」
そんでお姫様は一般兵の側室って言うか家政婦扱いにしてやるとか、どんな手紙だよ。
って言うかこれ書いたのは誰かって聞いたら、北ロッド国のシスクレお姫様だと!
「ちょっと行ってきていいですか」
「お願い」
俺が総大将様の許可を受けて陸上部仕込みの足で飛び出して行くと、ヘイト・マジックは極めてあっさりと作用した。
「シンミ王国の手先めー!」
「ミワキ市を返せー!」
「お前なんかこうだ!」
老若男女問わず、俺に向かって殴りかかって来る。
たった一人で突っ込んで来た、無謀を通り越して問題外、それすら通り越して挑発以外の何でもない敵に向けて、本気で叫びながら。
だが、その一撃は、言うまでもなく当たらない。
シンミ王国の、いや俺に対する猛烈な悪意があるから。
「これ以上の戦いはどっちの」
「うるさい!」
「早急に和平を結び」
「黙れ!」
「全軍撤退し魔王軍の」
「だったらシンミ王国が先に撤退しろ!」
当たらない攻撃が、お互いを傷付けあう。そして罵声に悲鳴が混ざり、もっと行けと言う悲鳴が飛び交う。
アト将軍のように弱点を見抜かれたらそれまでかもしれないと言う事で後続も付いて来ているが、それでも戦況はまったく予想通りだった。
無駄だ。本当に、無駄だ。数年にわたり夢見て来た世界を壊した俺に対する怒りも憎しみも悲しみも、まったく届く事はない。
「くそ!なぜ当たらねえんだ!」
「女神様に愛されてるって言うのか!」
「ひどいよこんなの!インチキだよ!」
「消し炭になれ!」
火の玉も俺をハブり、後ろから俺をタコ殴りにしようとしていた男の子を燃やす。
熱いよ、熱いよと言う叫び声が耳朶を打ち、心に迫る。
実質何もしていないのに、大虐殺が起こってしまっている。
「これは……何なのでありますか?」
「みんな聞きたいよ、この現実を説明できる言葉を……」
「敵が諦めてくれればどんなにいい事か…………」
同士討ちの果ての、戦力の低下、それ以上に戦意の低下。
しかも、二日間で実質三度目。いや、三日で四度目。
戦争なんて、戦う気がなくなればすぐ終わる。
何をやっても攻撃が通らないとわかれば、絶望するなり覚醒するなりしてとっとと刃を折るだろう。
————————なんて、ただの理想論なんだな。
市村もムーシも大川も、何もまともな言葉が出て来なかった。
俺の体を染めた血は、100%とばっちりの血。返り血すら一滴もない。
そんな汚れ方をした俺が総大将様との距離を三メートルにまで縮めた時には、もう誰もが言葉を全く失っていた。
「………………」
将兵が俺一人を狙って相討ちになるという何十度目かの光景を目の前にしてなお、青色の鎧を身にまとった総大将様は槍を突いて来た。
その槍は俺の胸元からずれて左脇を通過し、後ろから迫って来た農民を突き刺し、さらにその農民が持っていた粗末な竹槍の攻撃が総大将様の喉に突き刺さり、そのままどっちも倒れこんだ。
それで総大将様が死んだし終わったかなと思ったら、攻撃は一向に止まない。当然の如く同士討ちも溢れかえり、
セブンスに頼んでヘイト・マジックを切ってもらった時には、数千人の軍勢の内三分の一が死体に変わっていた。
で、生き残った人間の中で六分の一は地に倒れ伏しながらも戦意を失っていない目でこっちをにらみ、四分の一はおびえ切った顔をしながら後ずさり、残る四分の一は悔し涙を流しながら武器を投げ捨てた。
ああ、本当に嫌だ。
なぜこうなってしまうのか。
どうして、ここまでして戦わなきゃなんないのか。
作者「なろうって10文字以上のルビふれないんだよね」
上田「大学四年生ならふーんでしかねえよな………………」




