北ロッド国の挙兵
「北ロッド国を相手して来てくれない?」
北ロッド国。このシンミ王国の北方に位置する山国。
正確には「ロッド国」らしいが、あの漁師のあんちゃんのような王様が頂点に立っていた「南ロッド国」とは仲が良い訳もなく、ブエド村もほぼ機能停止状態。
という訳で実質その山脈の部分だけが領土となっている状態の国。
「まさかこの状況で攻めて来るんですか」
「そりゃそうだよ。だってさ、もし北ロッド国がミタガワエリカの被害によって大打撃を受けていたとしたら、こっちだって派手に攻めてたよ。吸収合併を言い出して受け入れるような相手でもないし」
本当にやるせねえ。
確かにシンミ王国は大打撃を受けたし、北ロッド国はたぶん無傷だし、ついでに魔王軍はこんな短期間で「魔王」を二人も失って戦力はガタガタだし。でもそれなら本来は魔王軍に攻撃をかけるもんじゃないんだろうか。
「で、勝ち目はあるんですか」
「ないと思えば挙兵しないよ」
あっけらかんとした物言いだが、目が笑っていない。バカな質問をしてしまったとばかりに倫子が視線を伏せると、その視線の先に向けてお姫様がため息をかぶせて来た。
「あの北ロッド国の姫は、正直性格が悪いですぅ!手紙を送るたびにお兄様をダメ政治家とか、国泥棒とか!」
「魔導士なんですか」
「水魔法の使い手であるってぇ!」
お姫様をしてここまで言わせるほどには、北ロッド国との感情は冷え切ってるんだろう。
「知っての通りこのミワキ市に兵力なんてもんはない。もちろん北西の国境沿いにも置いてはいるけど、こんな千載一遇の好機を逃す軍事国家なんてないからね」
「全力で来るって事ですか。で、シンミ王国の本城から援軍は」
「もちろんあるよ。でもさ、このミワキ市の状態だし、言うまでもなく北ロッド国はやる気満々だしね」
このミワキ市とシンミ王国の本城の距離はおよそ徒歩八時間あまり、急ぎ援軍を出したとすれば昨日のうちに付いていてもおかしくない。
それが来なかったのは、このミワキ市が受ける損害とそれに伴う北ロッド国の動きを考えての事だろう。全速力で来ていれば間に合ったかもしれないが、その兵力がミタガワエリカとの戦いに役立ったかと言うと話は別であり、余計に犠牲を増やしていただけかもしれない。
実際この戦いで十数名の兵士が死んでしまい、三ケタを越える兵士が大きな傷を負った。無傷の存在なんて俺とエクセルぐらいのもんだ。
ちなみにそのエクセルはミワキ市にはおらず、北西の戦地へと向かっていた。
「すでに援軍の一団は北西の国境へと向かっている」
「やっぱり来ますか」
「来るだろうね、間違いなく。そこで再びという訳だ。
それに何よりこの戦いは完勝したいんだよね。完勝して、停戦勧告を突き付けたいんだよね、できるかどうかはともかくさ。そのためにはウエダユーイチ、君が一番ピッタリって訳だよ」
確かに、全くその通りだ。
俺がぼっちで戦うだけで、勝手に敵が全滅していく、そう考えるだけで俺が冒険者とか剣士とか言う以前にとんでもない戦闘単位に思えてくる。
「わかりました。でもここにいるみんなには」
「私は執政官だよ?」
その一言だけで大丈夫だって気がしてくる。こりゃもう政治家の資質そのものだ。
「ではこれから北西の国境ですけど、いったいどれぐらいかかります」
「五分もあれば」
そしてその上に飛んで来たこのセリフで、改めてこの人が政治家だって事を思い知った。
「私も行けるって事ですか!」
「そうだよEランク冒険者様」
で、これだよ。
自分の事も入れてくれていると浮かれたセブンスの事もきっちり戦闘単位として組み込み、その上にきちっと持ち上げている。
(この時点で政治家としては器が相当に違うよな……)
北ロッド国の王様とやらがどんな人間なのか具体的には知らないが、それでも戦前の数分の一の国土になってもまだ抗戦を諦めず抵抗したり、明らかに不利な状況になってなお攻撃を仕掛けたりするほどには低レベルな人間でない事は間違いない。
——————————————でも、そんな人間でも間違いを起こす事はある。
一つ目は、俺たちが国境へと向かっていた時にはすでに戦いが始まっていた事。
二つ目は、本城からの援軍がすでにそちらに向かっていた事。
三つめは、ちょうどその事を告げる使者がミワキ市に向かっていた事。
そして。
「すごい速いですぅ、本当にぃ、セブンスはすごいですぅ、悔しいけどぉ……!」
なぜか俺にくっついていた、テリュミ姫様を見落とした事。




