あまりにも、あまりにも
「これ以上……!これ以上……!ナマケモノは……!増やさないからーーーーーーーーーーーー!!」
ついに、ミタガワエリカは、破裂した。
「ものすごい風が上空に吹いている!」
「下にもつむじ風となって!」
「ですけど西側は!」
「……ユーイチさん!ユーイチさんですから大丈夫です!」
文字通りの爆風が町の上空を覆った。
幸いかなり高く飛んだためか町そのものにはさほど強い風もなかったようだが、それでも上空には台風レベルの風が吹き荒れ、多くの雲が飛んで行った。
北西はミルミル村、東はブエド村。そんな村人の皆さんはいったいこの大爆発をどう思うだろうか。
ついでに西がシンミ王国の本国、北東があのノーヒン市、さらにトードー国、そしてキミカ王国。北は北ロッド国に旧マサヌマ王国こと魔王城、南が南ロッド国。
各地でいろいろあったとは言え、実は直接歩いた距離で言えばほんの一日少々分しかないような距離。いや、直線距離で行けば丸一日レベルの距離。
(徒歩で七十キロって言われれば大変だと思うけど、電車の七十キロなんてちょっとそこまでじゃねえかよ……)
ましてや文明の利器があれば、ほんの一時間足らずの距離だ。こんなちっちゃな国の中でさえも、ひとつにまとまる事が出来ない。
仮にこの後戦争が続いたとして、シンミ王国はたぶんロッド国を攻撃して併合するだろうし(って言うか先にロッド国がシンミ王国を攻撃しそうだが)、魔王のいない上にフーカンという名の幹部が亡命した魔王軍がどれだけシンミ王国と戦えるのか。
それからキミカ王国だってこれからはノーヒン市と言う後背の脅威を失ったトードー国との本格的な対峙を迫られる。シギョナツやサンタンセンを支配下に治めていた時期とは違う、小国として大国と化したトードー国と向き合わなきゃいけなくなる。
ひとつ間違えばまた戦争が起こるだろう、その際に勝つのはトロベには悪いがたぶんトードー国だ。いやあのお殿様が全面戦争まで行くことはなかなかないだろうが、ただでさえ全盛期の数分の一の国土になっちまったキミカ王国はこれ以上打撃を受けたくはない。
あるいはトードー国に吸収合併されちまうかもしれねえ。その場合シギョナツやサンタンセンはどうなるのか、同じ北側のクチカケ村やエスタの町のように独立に近い状態になるのか、それはわからねえ。
っつーか仮にそのままシンミ王国とトードー国でこのヒトカズ大陸と二分する事になっても、そんで仲良くって訳に行くのかどうか。そん時にもし俺らがいたとしたら、何ができるのか。
———————とか言う事を俺が考えられているのが、残酷な現実だった。
「俺の、勝ちだな………………」
爆風は、俺と仲良くしてくれなかった。
粉微塵になっていても全くおかしくなかったはずの俺は神風特攻隊を仕掛けたはずの少女を抱きかかえたまま、平然と空中に立っていた。
もちろん、無傷で。
「ユーイチさん!」
「もういいぞ、下ろしてくれ」
「う、うう……」
腕の中の爆弾は、火薬をなくした鉄球のようにただそこにいる。
違いはただ一つ、わずかに声を発する事だけ。
いや、まだ火薬が残っていた。
※※※※※※※※※
三田川エリカ
職業:賢者
HP:1000/1000
MP:0
物理攻撃力:0
物理防御力:4000(デフォルトは1000)
魔法防御力:4000(デフォルトは1000)
素早さ:0
使用可能魔法属性:炎、水、氷、土、風、雷、闇、光
特殊魔法:ステータス見聞・変身魔法・偽装魔法
※※※※※※※※※
倫子が見せてくれたステータス表示を見る限り、あれでもなお、まだ力がなくなった訳でもないらしい。
自爆攻撃とか言いながらまだ戦おうとすれば戦えるだなんて、しぶといとか言うより図々しいとしか思えない。
「何よ、わたしは、わたしは……!」
「俺にはお前をここから落とすことだってできる、っていうかそろそろ腕の力がまずいんだが…………」
「したきゃすればいいじゃん!それでわーいわーいってなるんでしょ!」
語彙がどんどんおかしくなって行く。
自分なりの最後の一撃を、あんな形であしらわれた事への怒りと悲しみが、ミタガワエリカの頭を支配しているのかもしれねえ。
この世界に来てからの三ヶ月あまり、いや、あの小学校一年生の出来事からの十年間。
そのすべての集大成だったはずの最後の一撃は、またもや俺に吸い込まれて消えた。
これからの時代に、どれほどの影響をもたらすのか全く分からないまま。
「あの女……!」
「あの女って誰だよ」
「さっき、言ったじゃないの!私の時間の!進み方がおかしいって話をした時!鼻で笑ったあの女!」
「そいつはどうしたんだよ」
「だーかーら!四年生の時に塾に乗り込んで中学三年生のテストを満点で出して黙らせてやったわ!」
歯を食いしばりながら、再び攻撃を始めた。
目標は俺。もちろん当たる事はなく、ただ明後日の方向に飛び続けるばかり。
その間に着地した俺は腕を放し、ミタガワエリカから五歩離れた。
「それは嘘だろ、お前がそんな風にコテンパンに負かした女を気にするはずがない!」
「いいえそうよ!その女がぁ!蘇って来たのぉ!」
痛点を突かれたのか、やたらわめきながら攻撃するミタガワエリカ。
そんな彼女を魔王として見る人間など、もうこの場に一人もいなかった。




