呪詛
「ある日の事!小学一年生だった私は!なんとなくアニメを見てた!そしたら!すごくよくわかった気がした!なぜ面白いのか!」
「は?」
「主人公の性格!敵キャラの意味!妖精の可愛さ!」
「その時からそうならやっぱりお前は天さ」
天才と言う言葉を口にした俺にまた火の玉が飛んで来る。
さすがに口が軽いのはわかっているが、それでも俺が小学一年生の時はそんな考えてアニメなんか見てなかった。
「それで次の日、一時間以上昼寝したはずなのに、五分しか寝てなかった!」
「なんだそりゃ……」
「気のせいかと思った!でもすぐさま漫画を読んで感想文を書こうとして、えんえん一万字書いてた!」
「小学一年生がかよ!」
「そう、小学一年生だったのに!二十分で!」
信じられねえ。
二十分で一万字って事は、一分で五百字、一秒で八文字。
漢数字の一だって一秒でせいぜい三本ほどしか書けねえはずなのに。
「だから私は考えた!私だけ時間が長いんだって!」
「親に言わなかったのかよ」
「誰が信じると思う?」
何にも言い返せない。
自分だけが他人の数十倍の時間をもらってるだなんて、誰が信じるもんか。
それこそアニメや漫画の世界であり、俺たちが今体験している異世界転移レベルの大事件だ。
「それでお前、お勉強してたのかよ」
「そうよ!あっちこっちから教科書も借りて、図書館にも通って!
小学六年生のお勉強なんて、三年生の時に終わっていた……集中しているとどんどん頭に入って来て、丸一日かと思ったら二時間しか経ってない事はざらで!」
「なんてえ話だよ……」
「私はずっと、その間ずっと勉強して来た。時間を無駄にしないために、一番有意義なことが何か気づいたから……!
一番有意義なこと、かよ……。
確かに漫画読むより昼寝するよりゲームするより、ずーっと有意義かもしれねえ。小《《学生》》でも《《学生》》である以上、学業ってのは最優先だろう。
「でもさ、他になんかしようと思わなかったのか?」
「冗談は休み休み言いなさいよ!私は同じ時間を過ごしても数分の一しか楽しめないのよ!その内こんな事に貴重な時間を使っていいのかってなって!」
「それでも誰かに言えばいいだろ!」
「言ったわよ!二度ほど!そして鼻で笑われたわよ!ああ小学校二年生の頃にね!その連中は一年の間に叩きのめしてやったわよ、私立中学入試の問題を叩き付けてね!」
そのどうしようもない行き違いから時からあちこちにケンカを吹っ掛けるようになり、次々と相手を打ち負かすようになってしまったんだろうか。
「私は、自分の努力をもって、これまで戦って来た!私は、私にしかないだろう力を使って!」
「それでよくもまあチート異能を非難できたな」
「非難していないわよ!私と同じように努力しなかった人間にも与えられるなんておかしいじゃない!」
「お前はいったい一日何時間勉強して来たんだ!学校以外で!はっきりと言え!具体的な時間を!」
「二十時間よ!二十時間!ああこれはあくまでもピーク時で、少し気が緩むと十時間になるけど!」
藪蛇を承知で突っ込んでみたが、まあ呆れるしかない。
例えばだ、学校に行くために八時に家を出て、六時間目まで授業を受けて、午後三時に帰宅、それだけで七時間も使ってるじゃないか。
残る十七時間の間に、どうやったら二十時間も勉強ができるのか。
「二時間の間違いだろ」
「実際は二時間なの、でも体感は二十時間なの」
「お前は俺らの動きが十分の一の速度にでも見えているのか」
「いいえ、ひとりで勉強している時だけ。ああ授業中も割と遅くなるわ!」
本当に厄介極まるお話だ。まるでその時だけ都合よく時間が遅くなり、また元の速さに戻ったりするらしい。
しかしその計算で行けば、リアルに二時間勉強したとしてそれで二十時間。
授業六時間分×四十五分を、仮に倍の時間過ごしていたとしたら六時間×九十分、すなわち九時間。
その二つ以外の時間、すなわち二時間+四時間半を二十四時間から引けば十七時間半。
つまり合計で、四十六時間半。
「お前の一日は俺らの二日はあるのか!」
「まあだいたいね」
一日を倍楽しめると書けばとてつもなくうらやましく思えるが、実際に十年間経験した三田川恵梨香は、それこそ実際に経験した時間で言えば十五歳ではなく二十五歳、あるいはもっと老け込んでしまっているのかもしれない。
「そうして出した結論があれか」
「そうよ!努力をすればするだけ私は多くの事を知ることができた!強くなっていく!そして大きくなっていく!こんなに嬉しい事が他にあるって言うの!」
そんな風に取り残されて行った中で、最初はどちらかというと仕方なく始めたつもりだったお勉強を楽しめるほどには成熟し、その快感を味合わせたくなったんだろうか。
「…………………お前に呪いをかけた奴をぶった切ってやりたいよ」
二倍どころか、無限とも思える時間。
そんな時間の中で、ひたすらに自分が思うがままの学問を積み続け、そうして出来上がったのがこれだとしたら、それはもう完璧に呪いじゃないか。
「呪いか、全くその通りだね。理想とも言える行いを続けた結果、あまりにも不幸な結果をもたらしてしまうなんてさあ」
「兄上…………」
「わかったよウエダユーイチ、私たちは全面的に協力するよ、その呪いをかけた存在を討伐する事にね。ただ、見つかるかどうかは別問題だけど」
執政官様の言う通り、もっとも性質の悪い呪いだ。
世間的に言って正しいと思うことをさせて、それで孤独に押し込め、こんな結果をもたらすなんて。
「呪いだって!確かにかなりイライラもしたわよ!でも!私はこの力を!喜んでいる!そんな風に泣き言言う奴は本当に大っ嫌いなの!」
その呪詛の対象は、泣き喚きながら魔法弾を放っている。
(その上にあれかよ……)
この世界においてそれ以上に重たい呪詛にかかっている事に、気付かないままに。




