隕石が動いた!
「ヒラバヤシ殿!」
「間違いなく、50万は使っていました!」
「MPマイナスにしたって、30万はちょっと……」
「でも間違いなくステータス表示は!」
新たなる隕石の登場に、平林倫子はトロベとオユキと共に震えていた。
先ほど隕石魔法を使った時に、ミタガワエリカのMPは50万減少していと平林は言っていた。
残りMP20万で使うことなどできないはずだ。
だが今はそんな事を考えている暇はない。
「ミワキ市の人間に告ぐ……この地を人の住めない地にしたくないのであれば今すぐ、今すぐこの堕落の権化を討て……その首をささげ、永遠なる発展を志す実りある社会を……!!」
再び飛び上がった魔王は、大きく手を広げながら叫ぶ。
俺を殺せば、全てがうまく行くという信仰。
それがいったい何に裏打ちされているのか。
「泣きわめけ、河野……河野……!!」
「河野……?」
「あの河野……という女、魔王城に乗り込んで助命嘆願などしてきおった……事もあろうに、お前の、お前だけの……!!過去の全く覚えのない疵を毛を吹いて求め、頭を下げろと……!」
「はあ?」
河野速美が魔王となったミタガワエリカに会っていた事さえ俺は知らなかった。
この火の玉さえも粉砕できそうなはずの河野がどこに行ったのか。
昔から何をするのか読めるが、何をするのか読めない河野速美が。
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(昔から困った時にはすぐさま来てくれる代わりに、そうでない時は本当に何をしているか読めねえんだよな……)
お姉ちゃんと呼べ呼べとうるさい河野速美は、のどが渇いたと思うとジュースをサッと買って来たり、勉強がわからないと思うとすぐさま教えてくれたりした。
授業中に鉛筆を落としたと思ったらいつの間にか河野が拾って机に置いてくれたこともあった。
だが俺が特に悩みのない時に出会った河野は、小学生らしく走り回っていたり、デパートのおもちゃで遊んでいたり、きれいな服を自慢していたりした。
「あら裕一」
それで妙に神出鬼没で、どんな所にも現れては声をかけて来た。小学生の時は一家で、中学生になってからは単独でよく俺の行く先(と言ってもコンビニと陸上の練習場ぐらいしかないが)に現れてはずいぶんとニコニコした顔で俺を眺め、機嫌よく練習が終わると無言で帰って行き、うまく行かないと次はうまく行くとなぐさめてくれた。
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「その女も、苦しめてやるべきだと思った……自分の甘さのせいで、大事な人間を失うと……!」
「お前の涙ほど残酷な水分もねえな……!」
初めてと言ってもいいほどの、邪心の込められた涙。だが大元にあるのは、この世界をユートピアにしたいって願望。
確かにそりゃ言いたい事はわかる。だがそんな夢物語をいつまでも見ていられる時期じゃねえって事ぐらいはわかってもいい年のはずだ。
勉強に勉強を重ねた結果がこれだったとしたら、誰も勉強したくなくなる。そんな事さえもわからないんならそれこそただのバカだ。
「私はただ!私の理想のために!誰よりも!」
「自分サマの理想のために何人巻き込んでるんだよ!」
「お前が死ねば!みんな目を覚ます!!それができないのならば、お前がいかに罪深いが教えてやる!!」
ずっと上空に留まっていた隕石が、動き出した。
「セブンス!今すぐこの男を地に叩き落とし、その首を刎ねろ!!」
「聞こえません!」
「だからこの怠け者の権化を、来世こそ勤勉な存在に生まれ変わらせろと言っている!」
「私の望みは、ユーイチさんと添い遂げる事だけです!ですからこれが答えです!」
セブンスの声と共に、数人の俺が浮上して来た。
一段と赤く光る、俺。
「助けてやる、助けてやる……!」
隕石とは別にミタガワエリカの左手から出て来た、巨大な火の玉。
まさかと思いミタガワに突っ込むが、間に合わず火の玉は手を離れて行く。
直進、していない!
「私の力をなめないでよ!」
まさか!と思ったら火の玉はいきなり現れた大きな氷の柱にぶつかり、氷を食い破ろうとしながら力尽きて消えた。
「私がセブンスちゃんを守るから!」
「オユキさん……!」
「うううう……どうして!どうしてこんな!こんな男を!」
オユキが全力で守ろうとしている事実にますます憎悪を高めたミタガワエリカの左手から、次々と火の玉が飛び出す。
さっきと同じように直進せず、まるで何かを狙うように進んでいる火の玉たち。
狙いはおそらく、セブンス。
顔など見ていないが涙をこぼしながら、自分なりに断腸の思いでやってるんだろう。
そして隕石も。
「この街を、いやこの国を、この世界を!滅ぼしたいのか!」
「お前のは悲壮感じゃなく一人芝居だろうが!」
「ああもうなぜに舌先三寸で逃げ回ろうなど!」
また汚い液体が、地面に向かって落ちる。
それと共に火の玉は次々と飛び、隕石も重力に負けている。
「あああああ……こんな男を擁護する町など!世界など!消えてしまえぇぇ!!」
氷の溶ける音と共に、隕石が急加速して来る。
連続で放たれた火の玉はどうやらオユキが凌いでくれたようだが、隕石を止める術はない。
「ハハハハハ……消えてしまえ、怠惰な連中の支配する世界など、消えてしまえ……」
「お前は町を壊しに来たのか!」
自分が治めるはずの世界さえも壊していることに気づかない愚かなる存在に、俺が言える言葉は他になかった。
「あの時服従しておけばよかった……その後悔と共に苦しめ……」
「ふざけるな!俺の力で少しでも追い返してやる!」
俺は隕石に向けて駆け上がろうとした。俺をハブり続けるのであれば、あるいは被害を最小限に抑えられるかもしれない。もう次の手はないはずだ。
だが敵は自由落下というアドバンテージを持っている。
俺の陸上人生を賭けるつもりで、道なき道を走った。
「ああ!?」
「方向がずれた!?」
するといきなり、クレーターに向かって落ちていたはずの隕石が、こっちに向かって来たのだ!
「なぜこっちに……!」
「……まあいい!!潰してしまえ、焼いてしまえ……!!」




