意志の恐ろしさ
作者「年取るはずだよ……」
「まったく、怠け者とあの虫は一匹見つけたら三十匹いる……!」
怠け者に人権などないと言わんばかりの物言いをした魔王は、数時間ぶりに地に足を付けながら360度に殺気を放つ。
自家製のクレーターを自慢するように青い血の上に立っている魔王を主君と仰ぐ存在は、もうほとんど残っていない。
職業:賢者
HP:100578/100578
MP:200000
物理攻撃力:12543
物理防御力:46228(デフォルトは11547)
魔法防御力:46256(デフォルトは11554)
素早さ:12864
使用可能魔法属性:炎、水、氷、土、風、雷、闇、光
特殊魔法:ステータス見聞・変身魔法・偽装魔法
わずかな間にさらに10万減少している。
ミタガワは空に浮かんだ黒枠に向けて黄金のビームを放つが、消した所で何にもならない。
「わかるだろう?これ以上の戦いは何の意味もない。お前に勝利はないんだ」
「怠け者はすぐ諦める……私はそんな下賤な存在ではない!」
「下賤も高貴もあるかい、お前はこの世界に来てから今まで自分に違和感を覚えなかったのか!」
「何もない、お前たちのような怠け者が力を得ていること以外」
一朝一夕でできたとは思えない、人格。
異世界転移という超常現象で変わったとも思えない、人格。
「チート異能ってのは人を変えてしまうのか」
「救うべき存在を見極めるには金貨一枚あればいいと言うであります」
赤井の言うように金貨一枚という名の大金、と言うか力を唐突に得た時、人はどうするか。その使い道によって人間の本性が見えるというわけか。
「力を得てしまった結果がそれなら、チート異能ってのは不幸の種でしかねえな……」
「黙れ怠け者!」
「無駄だって事がわからないのか」
空に向けて放たれたビームが、俺を捉える事はもちろんない。
魔力だか知らないが上空にいる俺に声が届くだなんてまったく気の利いたお話だが、それがこの結果なら知らぬが仏だってのもまた真理だと思う。
「見ろよ。周りを」
大小の二重のクレーターに、崩壊した建物。
いやそれ以上に問題なのは、現在そこに立っている軍勢の数。
「……怠け者め!」
北東方向の空に向けて放たれたビーム。
「むごうございますぞぉぉぉぉ……」
鳴り響く断末魔が、ミワキ市を覆った。
ビームはドラゴンナイトを捉え、光にしてしまったのだろう。
敵前逃亡は大罪だって?馬鹿馬鹿しい。
こっちだって無傷とは行かずセブンス以下みんな負傷し、数十人がすでに亡くなってしまっている。だがそれを差し引いてもまだかなりの人間が戦えている。
一方でミタガワエリカが連れ込んで来た魔王軍は、もう一兵も残っていない。
「お前の力はもう底が知れている。仮にこの戦に勝った所で次はない」
三人のグベキについてはまだともかく、スケルトンにドラゴンナイト、コークにバッドコボルドにガーゴイルと言った魔物たちを殺したのは俺たち以上にミタガワエリカであり、三人のグベキたちだ。
「私は、私は!この世界から、穀潰しをせん滅できるのであれば……!」
「自爆攻撃に何の意味がある!俺はこの目で見て来たんだぞ、上田には自爆攻撃さえ通じなかった事を!」
「市村……悔しくないのか?こんな上から目線で物を言う、自分よりずっと弱い怠け者にあごで使われて……」
自業自得とは言えぼっチート異能があっても心が折れていてしかるべきこの状況で、まだ戦う気なのか。
「お前に使われた覚えはない」
「私は、私は、この世界のため、いやすべての生き物のために、今こうして、戦う……」
市村正樹という名の、俺たちの中で一番の人格者。そして、三田川恵梨香が割と本気で認めていたはずの存在の言葉をこうして跳ね付けた、セイギのカタマリ。
理性的であろうとしたはずの女性。学問に学問を重ねて誰よりも、少なくとも俺らがいるような一般的な学校では一番と言って差し支えないレベルの頭脳を手に入れたはずだ。
「私は、命など……この世界の人間を救いたい!」
ミタガワエリカの体が、また舞い上がった。
オユキがあわてて張っていた氷の壁を簡単に突き破り、俺と同じ高さまで登って来る。
「余計な物があるから……みんなそれに依存する…………」
「お前は何を使って学を得て来たんだよ!」
「人間はすぐに怠惰に走る、楽をする、そして堕落して後から嘆く……こんな馬鹿馬鹿しいサイクルを一体何年繰り返せばいい?」
敗れても、敗れても、折れない。
「生まれて来て、一度でも挫折したか?思いのままにならない現実はなかったのか?」
「いくらでもあった。その度に勉強して覆した」
「覆しちまったのか……」
成功体験の連続。しかも、本人は自力と思い込んでいるそれ。
そんな事が続けば自己肯定感なんて簡単に膨れ上がるだろう。
「不幸な人生には同情するけどな」
ぼっちの分際でずいぶんな言葉なのはわかっている。だがもし三田川は言うように元の世界の行いがこの世界での扱いに左右されてるって言うんなら、俺は三田川より相当にましな人生を送っている事になる。
「同情するなら働いてくれ……」
「俺らの親父の世代のドラマか……」
「いや、本心のままだ…………改めての最後通牒……今すぐ怠惰を捨て、学問と労働に身をささげ、後悔なき人生を送れ………………」
太い声で放たれる。幾度目かの服属要求。
自分の成功体験を信じて疑わない、あまりにも理想的というより夢想的な思想。
「禁断の秘術を使わせる気か……?」
「魔力もないのにどうやってだよ」
魔力の底が見えている事は、もうわかっているはずなのに。
残り20万もないMPを全部注ぎ込む魔法でもあるのだろうか。
「まさか……!」
俺がその「禁断の秘術」とやらに気づいた途端、空がまた赤くなった。
「またあの隕石だ!」
さっき、コロッセウムを破壊しミワキ市にクレーターを開けた隕石。
それと同じ物が、また来ていると言うのか!
もうそんな力はないはずなのに!
上田「あのドラマって28年前だぞ」
作者「27年前とも言う…………」
三田川恵梨香「君が笑ってくれるなら、私は悪にでもなる……!」




