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ぼっちを極めた結果、どんな攻撃からもぼっちです。  作者: ウィザード・T
第二章 冒険者デビューしてみた
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大川博美、ペルエ市へ行く

「トランプって言うのね、まあ私たちもそう呼んでるけど」




 二回目のカジノの帰り、キオナさんは口笛を吹いていた。私はキオナさんのお守りのために付き従い、むやみやたらにきらきらした看板に背を向けながらじっと終わるのを待っていた。


 そして勝ったんですかと投げやりに口にした私に見せつけるように、キオナさんはテーブルにその賞品を広げた。




 スペード、ハート、ダイヤ、クラブ。そしてジョーカー。

 紛れもない、トランプカードだ。



「これそんなに高いんですか」

「カジノで使ってる魔導士様謹製のだからね、銀貨十五枚はするのよ。

 ちょっとやらない?ギャンブルじゃなきゃいいんでしょ?」

「……ですけどね」



 混じりけのない善意を素直にぶつけて来る。


 キオナさんが二回目までのおよそ二週間の間、キオナさんがカジノ以外で出会ったのはハンドレさんの従者らしき食材を運んでくる人ぐらい。あとは静かに本を読んだり私とつまらないお話をしたりの、本当に静かな生活。




 きっとこの生活の中で刺激を求めてるんだろう。だからこそギャンブルもできる。


 毛嫌いとまでは行かないにせよ、どうにもそういうのを体が受け付けない。



 どんなにお行儀がよろしかろうが、カジノは賭け事の場であり、酒飲みの場である。家訓とか以前にしても自分が立ち寄るのは四年早い。


「ねえ、どうしてそんなにカジノが嫌いなの?」

「私は野草を食べて四日間生き延びて来たのです。名前もわからないキノコや、野草の葉っぱさえも。キオナさんできますか」



 この世界の事が好きとか嫌いとか言うつもりはないし、このひとは実に素敵で優しかった。こんなどこの誰かもわからないような存在をここまで面倒を見てくれるほどには素晴らしい人だけど、でもやはり別世界の人だ。それをトランプで意識させられたのには驚くしかなかったけど。



「私はね、ハンドレ様を守りたいの。もちろん息子にも期待はしているけど、私自らの手で何とかしてあげたいの。だからこそ半ば負けてもいいかの気持ちで通ってるからね、それで勝っちゃうからまた面白いんだけどね」

「へぇ……」

「ハンドレ様だって敵が多いから、わかるでしょあなたも」


 ハンドレと言う人物がカジノだけでなく南のペルエ市、さらに南のシンミ王国にまで影響力を持つ大商人であり、その座を脅かす存在も多々いる事ももう知っている。



「私を甘く見ちゃダメよ、投げ飛ばしてたんでしょ?」

「はい」


 一度目のカジノに付いて行った警護の際に、ぼったくりだどうたらこうたらとかって難癖をつけて来たチンピラが突っかかって来たので、投げ飛ばしてやった事もある。それで本職の門番さんに平謝りを強いられ、このカジノの門番をやらないかと勧められた事もある。


 それでやたらきらびやかな建物の中でも案の定負けた悔しさや酒の勢いで暴れる客が多く、そのための取り締まりの役目や、治療の担当者までいるらしい。いちいち物騒だ。



「確かにあなたは強くてかっこいい子よ、そしてその上に私を差し置いてお掃除やお洗濯、お料理までしてくれちゃって」

「当然の役目だと思ってるだけです」

「あなたはいろんな話を私にしてくれるし、いろんなお料理も教えてくれた。嬉しいなって言いたいけどね」

「言いたいけどなんですか」


「帰りたいんでしょ?」

「はい」

 


 いいえと言っても無駄な事が、すぐにわかった。

 私はこんな見た目の割には老成している、と言うかこの世界の平均寿命を物語るような存在を前にして見放すような真似はとてもできなかった。


 でも彼女は、いつか死ぬ。そう考えると、とてもここに引きこもっている訳には行かなかった。




「短い間でしたがお世話になりました」

「ああお金なんかいいの、それでこれから北に行くの?南に行くの?」

「水ってこの辺りじゃ」

「ああ雨水を集めたり、あの川から汲んで来たりね、それからハンドレ様の人たちが運んで来たり」

「お料理は本当においしかったですけど、やっぱり食べたいんです、お魚!」





 そしてそれ以上の問題だったのは、魚だった。

 ここに来てからひと月近く、魚など一匹も食べていなかった。

 山の中の池にも水汲みに行った川にも、一匹も魚はいない。肉が嫌いとは一言も言わないが、それでもやっぱり魚を食べたい。



「あらまあ……」

「でもこれは本気なんです、どっちがいいでしょうか」

「南にはペルエ市と言う大きな市があるけど、海となるとペルエ市を抜けてシンミ王国のかなり端まで行かないとないわね、と言うかシンミ王国を抜けられるほどの権限は私にはないの。仮にあったとしても相当にかかるわよ。北ならば山村を抜ければほぼ半分ぐらいで行けるでしょうね」

「じゃあ北にします」

「それじゃ、頑張ってね。辛くなったらいつでも戻ってらっしゃい」




 まったく他人には聞かせられない動機を口にしながら、私はキオナさんに別れを告げた。


 北へ行けば山村があり、そこを抜ければ海が見えると言うキオナさんの言葉を信じ、私は柔道着のまんま北へと足を運ぼうとした。







 ————そして十二時間後、私は断念した。




 あまりにも寒すぎる。季節的な事を言えば春のはずなのに、まるで真冬のように空気が肌を刺す。標高がやや高そうなのもあるが、それ以上に風が冷たい。

 このまま行けば雪山になる事がすぐさまわかってしまった以上、少なくとも何か分厚い物を用意するか仲間を募るかしないととても無理だ。



「はっくしょん!」


 柄にもなくくしゃみをしていると、すっかり日も落ちてしまった。慣れ切った野宿に備えるように木にもたれかかり目を閉じると、不思議なほど落ち着いて眠れる。


 自分の体重で落ちてきた葉っぱを噛み砕きながら、天幕も張らずに寝る。そんな危険な事を平然とできるほどには、自分はこの世界になじんだつもりだった。






「おいお前、ミーサンのブラックリストに載ってる女だな」

「ああ、誰だそれは」

「俺はミーサンの店の警護をしょっちゅうやってるWランク冒険者のヘキトってもんだ。ちょっと勝負してくれねえか」


 でも寝起きにそんな風に喧嘩を売られたのは初めてだった。真っ赤な肌をしたヘキトなる大柄な男が剣を握りながら、こっちをじっと見ている。


「勝ったらどうする」

「銀貨一〇〇枚寄越せ」


 冒険者ランクと言う物がある事さえ知らない私が、寝起きと言う事もありWランクと聞いてもああそうとしか思わないでいると、ヘキトなる男は一直線に向かって来た。

(しかし銀貨一〇〇枚、十万円相当か……ずいぶんとまあ大変な賭けだな)

 賭けは賭けでも命がけとか言う気もないが、それでもその気迫は本物であり、目が覚めるには十分だった。




 投げる。投げる。倒し、押さえ込む。



 必死に剣を振って抵抗して来るのですぐに離れ、足元をすくって心を乱す。



 どこまでも身に付いた動作だ。




 そのうちに血がにじみ出し、柔道着に飛ぶ。まさかと思っていったん飛び退き、そしてその血が返り血である事に気付いて、不謹慎にもほっとした。



「なんてぇ奴だよ……この!」



 それでも剣を振りかざして来る男の肩をつかんで投げ飛ばすと、剣が手から離れてもう片方の手を削っていた。ああ、痛そうだ。



「わかった、お前の勝ちだ!これを取っとけ!と言うかお前の名前は」

「大川博美だ」

「オーカワヒロミか、やっぱり予想通りだったぜ、チクショウ……!!」


 敗北を認めたのか金貨一枚、向こうがこちらに提示して来た銀貨一〇〇枚と同じ価値がある硬貨を私に投げつけながら、ヘキトは逃げ去って行った。


 とりあえず目先の収入に感謝するように、私はその金貨を懐へと入れた。


(この程度に物騒な事にも慣れてしまった……みんなは大丈夫だろうか)



 十九人の仲間たちを思いながら、再び足を踏み出す。



 私と同じように飢えていないだろうか。寒い思いをしていないだろうか。



 キオナさんに教わったご飯を食べさせてあげなければ。




 もしここにいればそれだけの事をしてあげなきゃと思いながら、私はペルエ市なる場所の門をくぐろうとした。

よいお年を!

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