大川博美と「中年女性」
「よく生きてたわね」
「自分でも不思議なぐらいです」
それで野宿を四回も繰り返し、その度にまっとうな生き方をしてなさそうな人に襲われ、ようやくたどり着いたのは小さな家だった。
とても小さな、私なんかが入ったらすぐさま壊れちゃいそうなほど可愛らしい家だったけど、それでも今の私にはどんな大豪邸よりもありがたい場所だった。
「しかし珍しい子ね、そんな黒い髪をして」
「そうですか……ああ何かお手伝い」
「いいのよ、って言うかそれ何」
私が宿代代わりにとばかりにこれまで集めた十本ほどの武器を渡すと、宿主のおばさんは笑顔のまんまコインを差し出した。
「お釣りですか?」
「これはその武器の代金。泊まらせるぐらいただでいいわよ」
「どうしてですか?」
「どうしても何も、噓つきに見えないからよ。本当につらい思いもしたんでしょ、いいじゃないちょっとぐらいいい思いをしたって」
私の父も母も、厳しい人だった。その分何かをやり遂げた時はやたらに甘かったけど、その甘い記憶は不思議なほど残ってない。甘いと言うより、正当なごほうび。あくまでも成果としてのそれ。
こんな風に無償でごほうびをもらえる事なんて、月八千円のお小遣い以外ほとんどなかった。
「何我慢してるの、それだけの悪い人たちに襲われたんでしょ、怖かったでしょ」
「でも、でも……」
私のまぶたは簡単に負けた。どうせ涙腺が弱いんだろとかからかって来たやつはいるけど、実際その通りだった。
四日間、話し相手は山賊っぽい人間だけ。お腹は飢えなかったけど、心は派手に飢えていた。
「うっ、ううっ……」
胸にしがみ付いて泣いた。ついうっかり組み手になってしまう私の頭をなでてくれる手に、思いっきり甘えてしまった。
それから私はこの女性、キオナさんの居候となり、家事から何からいろいろお手伝いをした。
全く慣れない世界だったけど、それでもそのコインの価値とか何から何まで教えてくれたし、それから料理も仕込んでくれている。元々料理を含め家事には自信があったけど、それでもこの世界なりのそれを知る事ができたのはうれしかった。
私の柔道着にも興味津々で、技を見せてあげたらすごく喜ばれた。
「その技で山賊とかをやっつけたの?」
「まあそうです」
「本当に強い子ね」
強いだなんて言う言葉を両親の口から聞いたことはない。
同じ学校の生徒と言う名の素人から言われるのはともかく、父母は自分が強いと思った瞬間弱くなるって考えの人間だったし、私もまたその教えが身に染みついていた。私が強いって単語に気まずくなって無言でほうきを握ると、またその人は私を抱こうとしてくれた。
「私がやりますから!」
私はその手を振り払い、ほうきで部屋の中をはく。
草むらや山ばっかりのそれとは違うけど、ここだって小さな小屋だ。そんなとこに女の人が一人っきりでいるってのに、甘ったれるような真似をするのは嫌だった。
「私に甘えろって言うの?」
「そうです、たまには私にやらせてください」
「まあね、若い子の邪魔をしちゃいけないからね。それでもどうしてもって時は私にいくらでも甘えてくれていいんだから」
私が何をしたいのか、何をしたら喜ぶのか、この人は簡単にわかっている。
しかし若い子って単語を使うほどに、その人は老けているようには見えなかった。
「大変失礼ですが私は十六歳です」
「私は四十三歳、この一帯を取り仕切る大商人のハンドレ様のかつての乳母でね、今は子どももハンドレ様の部下となって私を守ってくださるの」
「…………」
「言いたいことはわかるのよ。夫の事でしょ」
「いや別に……」
「いいのよ、私だって話したいんだから。あの人は息子ができてすぐ山賊に襲われてね、すぐには死ななかったけどそれでもその後はほとんど寝たきりで、十年前にとうとう……まあ、そのおかげで覚悟はできたけどね。あの子が一人っ子になっちゃったのは可哀想だけど」
「ハンドレ様は大商人であると共に、みんなのために楽しみを提供してくれているお方なのよ」
ちっとも寂しそうな顔もしない。私がこの人みたいな人生をたどってしまったら、こんなにきれいに笑えそうもない。冷たいんじゃなく、何もかもを飲み込んで飲み干してる。金髪がだいぶ薄くなってブロンドって感じだけど、本当に品のいい金髪だ。
生まれながらにして上品とか下品とかあるって言うんならば、この人は間違いなくそういう生まれなんだろう。そうでないとすれば、ハンドレ様って人が本当に立派なんだろう。
「どんなですか」
「カジノよ。私もたまに銀貨十枚ぐらい持って遊びに行くんだけどね、まあ暇つぶしには本当に最適よ」
そんな人からカジノと言う単語が出て来た時の失望も大きかったが。
「何人の人生を変えて来たんですか!」
「あら、そういうのは嫌いかしら?」
「半ば家訓みたいな物ですね」
賭け事は危険であると言うのは祖父の代からの教えであり、どうしてもと言うならば五十を超えてからにせよとも言われている。
気色ばんだ私をこれまで通りの笑顔で見つめる女性を見るにつけ、私はここが異世界だと言う事を改めて実感せざるを得なくなった。