俺たちの誓い
「お前に必要なのは知識じゃなくておしゃぶりと哺乳瓶じゃないのか」
「うわっ!」
俺が自分の中での最後通牒を叩き付けると、ユーセーの体を乗っ取っていたミタガワがいきなり膂力でセブンスを突き飛ばした。
俺があわてて受け止めると、セブンスの髪の毛が俺の顔をくすぐり、その下にある目の輝きを弱めている。
「これはどういう意味だい」
「ウエダ……ぼっちの空気男だった分にはお前も無害だったんだよ。放っておいても汗水垂れ流しているしいいと思ってな……だが変わってしまった、堕落してしまったな……女を得て」
丁寧語どころか女言葉ですらなくなったミタガワの声に、何もしていないのに氷魔法を使われている気がしてくる。
「あなたは男の人に魅かれないんですか!」
「男も女も、努力する人間ならばいい……」
「あなたはもう、魔物よりけた外れに醜い、ただのバケモノです!」
セブンスが再びユーセーの胸倉をつかみながら吠える。
ようやく市村たちもユーセーを取り押さえにかかり、それぞれ乱れた呼吸をユーセーを通じてセブンスにぶつけている。
「醜い?努力して成長しようとするのが醜い……?」
「あなたの唱える努力という言葉には、もう銅貨一枚の重みもありません!あなたはただ、自分を飾る事しかできないただのバケモノです!」
「倫子…………詫びる。お前こそ他者を腐敗させる天才だと思ってたけど、もっと上がいたようだな…………」
「もうこれ以上恥をさらすな!」
「市村?あんただけは救ってあげる。今すぐこの連中を皆殺しにして」
セブンスの二言目も市村の説得も意味をなさない。倫子を最大限に侮辱しながらセブンスをさらに叩き、その上に救いの手を差し伸べて来た市村にまで虐殺を勧めるような有様だ。
「これ以上の議論はどうやら無理のようだね。じゃ明日にでもお会いしようじゃないか」
「執政官様、私が助けてあげる…………待っててくださいね……」
最後まで恩着せがましさの極致を行くミタガワの言葉が消えると同時に、ユーセーの顔から赤みが消えた。
「洗脳魔法でありますか……」
「まあそんな所だろうね、とりあえず寝かせておいて」
ユーセーは本当に苦しそうな顔をしながら兵士たちに運ばれて行った。洗脳魔法のせいなのか、セブンスに胸倉を掴まれたからなのかはわからないがとにかく見るに堪えない。
「まったく、戦いもしないうちから……!」
「君たちは寝ていた方がいいよ」
「いやすぐさま北へと向かいます、なるべくこの街を巻き込みたくないので」
「それはやめてよ」
ともあれこうなったら戦うしかないとばかり魔王城に近い北へ向かおうとしたが、執政官様は止めて来た。
「このミワキ市から北に徒歩一時間も歩けば北ロッド国の国境になっちゃう。そんな所で戦争となれば北ロッド国の便乗を招く可能性があるんだ」
「それでも本城から援軍がって」
「少しでも距離を取りたいんだよね、だからこそ君たちの言葉を飲んだんだからさ、どうか少しでも落ち着いてくれないかな」
で、そういう訳で俺たちはまた寝室に逆戻りした。
「殺すか殺されるか、だな」
「ああ……」
寝ろと言われても寝られる訳のない七人が腕組みをしながら、舌を動かそうとしている。
「ミタガワエリカってのは、昔からああだったの」
「自分の正しさを伝えるためならば直接的な暴力以外何でもやった。そしてそれが伝わらないとなるとえらく一方的に悲しんだ」
例えば倫子が中間テストの時にうっかり手元からえんぴつを落としてしまった事があり、それから数十分時間が終わるまでずーっと肩を震わせていた事もあった。
何があったのかもちろん聞く奴はいなかったが、それでも休み時間の間に堂々と立ち向かっていた河野が言うには、なんと今すぐにでも倫子の集中力のなさを戒められない自分が悔しくて仕方がなかったらしい。
放課後にその事について延々二十分泣きながら説教する三田川の涙は床に水たまりを作り、しまいには歯を食いしばって頭を抱えていた。
「たったそれだけの人のあやまちを許せないなんて……」
「もちろん先生も注意したよ。でも口だけでも謝ろうとせず、さっきのように泣き喚いたり反抗的な目で理屈で言い負かしたりするもんだから誰も注意できなくなって行った。小中学校時代にすでに十人以上食い殺しているとか言う噂まであったし、実際事実だった」
「ちょっと!」
「勉強やら趣味やらで少しでもケンカを売って来た存在に対してそのケンカを買い、全員を努力だけで圧倒してしまったと言う、か……」
オユキもトロベも震えている。
実際三田川恵梨香という「天才児」は小中学校時代の九年間で三十人以上の同級生・上級生の鼻っ柱をへし折り、それをすべて自分の努力のせいにした。
それこそ賞金首でも、いやリアルな首でも狩るように、並べて楽しんでいたのかもしれない。
「言っておくがな、我々とて人を殺すべき時はわきまえている。それを破ればただの犯罪者として逆に自分が狙われる」
「ああその通りだ、だが今のミタガワには元からその手の願望があったとしか思えない。それこそファンタジー、いや幻想の世界に生きている」
「私たちが知っている剣と魔法のファンタジー、それこそこの世界であります。この世界には夢があり、希望がある。そんな世界なのであります。そう、誰にとっても……………」
もしこれが、三田川恵梨香が抱いていた夢だとしたら。
その夢の実現のために、俺の死が必要だって言うんなら。
「一応、阻止するための対策はありますが……」
「頼む」
俺は倫子から改めて作戦を聞かされ、軽くため息を吐きながら他のみんなを見ると次々と挙手している。
「裕一……」
「わかった……それで行こう。だが万一の時には!」
俺は七人から離れて入り口と逆側の隅に立ち、キミカ王国で手に入れた刀を抜いた。
「万一の時には、俺がこれで斬る。止めてくれるな」
武士の情けとか言う気もないが、最終的にはこうするしかない。
何より相手がこっちをそうする事を望んでいるのだから。
「どうだ…………」
「私は止めないわ」
そして必死に回答を求める俺に真っ先に賛同したのは、意外にも大川だった。
「私はセブンスが言ったように、あんなバケモノになってしまった彼女をもう見たくない。今ならまだギリギリ間に合うと思う。だから……」
「大川……」
「万一の時には私が慰めてあげるから思いっきり泣いて」
大川の大きな胸板がやけに頼もしく見える。本当に強い、鍛えの入ったそれだ。
「俺も構わない。あるいは俺が行くかもしれない」
「騎士の名に誓おう。まあ本当はウエダ殿の手を汚させたくはないのだがな」
「大丈夫だよ、何も怖くないから!」
「私もいるであります!」
「大丈夫だよ裕一…………」
五人も続いて賛同する。
「私があなたを守ります、何があっても!」
「セブンス……!」
そしてセブンスもまた、俺の決意を認めてくれた。
「俺たち、その時には……と誓おう」
「ああ…………!!」
ここにいる七人で立てた、ミタガワエリカ殺害も厭わずの宣言。
もちろん説得や捕獲ができればよしとは言え、俺たちは改めて戻れない河を超えた事を感じずにいられなかった。




