ぼっち伝説Ⅹ
「ぼっち伝説」最終回です……たぶん。
「ものすごい人だかりですね……」
「ああ、本当にな……」
執政官様とドラゴン、そして赤井に市村。
その四人による演説はミワキ市の人たちを恐怖の中に叩きこんでいる。田口が弁舌を手助けているとは言え、実に見事なほどに心を引き付けている。
「身内に厳しいと言えば体裁はいいよ、でもそれができるのは自分だけってことに全く気付いてないだけなんだよ。だから彼女は自分ができる事はみんなできるって思い込んでいる。そして下手に強いもんだから、だれも止める事ができない」
「すでに前魔王の重臣であるこのフーカンが先に述べたような、凄まじい刑罰が行われているであります。もはやミタガワエリカはすっかりその理論に溺れ、自分に従わない存在は人間・魔物問わず救済という名の処刑の対象になっているのであります」
「自分と同じように働けない存在は、自ら没落を望むような頭のおかしい存在なんだよ。それを助けてやっている自分はどんなに偉いんだろうって、本気で思ってるんだよ。彼女は自分では女神様のつもりなんだよ」
女神様のつもり、かよ……。
「本当に執政官様はすげえな」
「赤井も本当にすごいよね……」
俺たちは真っ先に脱出を選んだ人たちの荷物を車に乗せて引きながらめちゃくちゃ声の通る演説を聞いている。
ああちなみに持山はアイテムボックスのチート異能で一人で荷車十台分の荷物を抱えて荷車に乗せられている。
「持山まだアイテムボックスに余裕あるのか」
「まあな。しかしさ、オレだってとうの昔にスーパーヒーローになる事なんてあきらめたのにさ、三田川ってあんなに子供っぽいとは思わなかったね」
「女神様のつもり、確かにそうなのかもね。自分が何とかしてやらなきゃいけないって思いこんで、自分の道を阻む者は全部敵だと思っちゃうような」
「えー言う人がいなかったんだろうね」
「ちょっと、時と場合を……っ!」
オユキのダジャレはさておき、確かに三田川はそんな奴だった。
※※※※※※※※※
「赤井は赤井、三田川は三田川。それでいいじゃないの」
「ダメよ、あんなデブオタがトップじゃクラスの品位が落ちるわ」
「品位って、それって本気で言ってるの」
「そう。あんなアニメ見てハァハァ言う事しか取り柄のないような奴に先頭に立たれる訳にはいかないの」
教室で河野に向かってそう面と言ってのを見た時は血の気が引いた。
自分こそがふさわしい、自分が頂点に立つことがこのクラスのためにもなると信じて疑わない姿勢。
「でも百戦百勝なんて無理だと思うけど」
「細川君ならば許すけどね。ああいう風に努力している人間が勝たなければダメなの」
そんな彼女が成績面で認めているのは細川だけ。ひたすら真摯に取り組む姿勢が素晴らしい、お互いに切磋琢磨できる存在だともてはやしていた。
「そういう三田川は一日何時間やってるの」
「五十時間」
そんで、こんな冗談とも思えないような数字をぶつけてくる。
証拠はと言うと大学ノート一冊が一日で潰れたからだとか、まったく桁外れなお話だ。
「どうしてもグダグダしたいんなら、六十歳過ぎて隠居してからにしたら?それなら世間も許すと思うけど」
「めちゃくちゃじゃないの」
「でもそれでもどうしてなんであの時ああしなかったのって後悔するでしょうけどね、それがあなたたちの幸せだって言うんなら正直頭おかしいと思うけど……」
えらく欲の皮が突っ張った話だが、三田川の顔はまったく本気だった。
赤井たちを始め他のクラスメイトが休み時間に雑談でキャッキャウフフしていると心底から悲しそうな顔で睨み、深くため息を吐いて見せる。
もちろん直に食ってかかる事も多々あり、そのたびに教室から和やかな空気が逃げて行く。
「どうしてそんなに喰ってかかるんだよ」
「私はね。立派で真面目な存在になってもらいたいだけ!」
言うまでもなく一番食いつかれていたのは倫子だ。まるで文字通り雷でも落とすかのように一から十まで苛み続け、日々彼女の心身を蝕み続けていた。一学期だけで体重は五キロ減り、不登校寸前にまで陥っていた旨聞かされた時には改めてゾッとした。
「それとも市村、あなたは役者殺すにゃ刃物は要らぬって知らない訳?」
「ただのアマチュアに何を要求してるんだ、それともこんな時代からプロ意識がない奴はとっととやめろって言う訳か?」
「その方がいいと思うけど。
ってかペットショップの店員を悪いとは一言も言わないわよ……、単にあまりにもだらけているから矯正すべきだと思っただけで、生き物の命を預かる商売のくせにどーしてあんなにえへらえへらしてられるのか、信じられないったらありゃしないのよ……!」
市村に責められて涙目になっている三田川の顔と来たら、まったく嘘偽りのない正真正銘の本物だった。
それだけにその本物の涙が実に重たく落ち、反論せんとする存在を溺死させんとする。
本人としては慈悲に満ちた女神の涙により、大地に潤いをもたらそうとしているつもりなんだろう。
その慈悲という名の無差別テロに幸いぼっちだった俺はあまり襲われなかったが、いずれにせよあいつに好感を抱くことはできなかった。
(善意のつもりかもしれねえけど、悪意なんだよな……)
俺が単に善意からもぼっちだっただけなのかもしれねえが、三田川が自分の手によって人様を傷付けてきたことだけは正解であり、同時にもっとも重たい現実だった。
※※※※※※※※※
もし俺が、この世界に来る前からこの力を持っていたとしたら。
まるでミタガワエリカと言う存在から守られるための力だったとしたら。
「一人でも多く、この町、いや俺から逃がさなければならない」
いずれにせよ、ミタガワエリカとの対決の近いことを感じながら俺は荷車を引く。
今すべきなのは、ミタガワエリカの魔の手から一人でも多くの存在を救い出す事だけだ。
ミタガワエリカの憎悪の対象たる俺から。




