最後通牒
Q:三田川恵梨香の名前の由来って?
A:「木崎絵里香」です。と言うわけで、同情するなら金をくれ!
「今ならまだ間に合うわ、やめなさい」
「わざわざ金銀財宝をドブに捨てろって言うの?あんたは本物のバカ?」
三田川は河野の言葉に、当然のように鼻で笑った。
自分がせっかく見つけ出して来た、「禁断の秘術」。
あの臆病で怠け者の前魔王が使わなかった、「禁断の秘術」。
だからこそ自分が使ってやろうとしている、「禁断の秘術」。
そんなのを捨てろなど、命を捨てるのと同じぐらい嫌だった。
「バカには他人がみんなバカに見えるってのは本当ね。あなたはこの世界に来てからもうどれだけ経ってるかわかってるの?自分がどういう存在かわかってないの?」
「どういう存在って何よ」
「あなたはこの世界に祝福されていない。あなたはこの世界でただ一人だけ、そっぽを向かれている。気づいていないの?」
両手を上に向け、わざとらしく飛び跳ねて距離を置いた河野。
あんたと一緒にされたくないんですけどと言う言葉が一番似合っていそうなアクションに、三田川も不機嫌さを増した。
「世界が祝福してないだなんて、どうしてわかるのよ。あんたって本当何様?」
「何様って、そりゃクラスメイト様よ。私はあなたの事を思って警告しているの。あなたが平林にしたのと同じように」
「要するに自分と同じようにグダグダしてろって言いたい訳ね。まったく、どうしてこうもバカなのかしら!」
「バカの一言で会話を打ち切るだなんてあなたも根気がないのね」
自分の意見、いや当然のはずの事実がなぜ通じないのか。
二人ともその思いでいっぱいだった。
「結局の所、一歩たりとも折れる気なんかないって訳ね」
「私は折れる気があるけど」
「どういう風に?」
「裕一に手を出さなければいいだけよ」
河野が人差し指と中指を突き付け、三田川は面倒くさそうにその二本の指の先に剣を置く。
「何を言ってるの?私はね、あの男を正してやるためにこの力を得たのよ。いや最初は違うと思ったけど、今はそう思っているの」
「裕一がどう悪いの」
「私がいくら道を正そうとしてもねじ曲げてくるからよ。あんな歪んだ力の持ち主を放置していたら世界が腐ってしまうわ。あれこそ最悪よ、力を生かそうとする意図さえもなくすべてを呑み込めてしまえるだなんて、その力を世界中が認めてしまったらそれこそ破滅よ。かわそうと言う意図さえなくても相手の攻撃をすべて無効化するなど、誰一人抵抗しようがないじゃない。それでも、私だけでも抗わなきゃいけないの。この世界のために」
三田川の言葉の中で、上田裕一と言う存在は際限もなく肥大化して行く。
「そんなに裕一にすがってどうする気よ」
「あんたこそ上田裕一さえ無事なら後はどうでもいいみたいな言いぐさじゃない」
その事を指摘した河野に三田川は切り返すが、河野はそうですがと言わんばかりに今度は親指と人差し指を立てて来た。
「本当にわからないわ、なぜあんな怠け者男に味方するのか」
「じゃあ話変えるけど、よくもまあ一日何十時間と勉強できたわね。何があなたをそうさせたの」
「せっかく増えた時間を無駄にするなんてもったいないじゃない」
「たったそれだけで?」
「そうよ」
三田川にしてみれば、百回も言って来た言葉だった。
時間は有限であり、その間に何をするかで運命は変わる。人より多くの時間が与えられている事に気づいた時、様々な意味でレベルアップして強くなる事の何が悪いのか。
「いつから自分がそんな人間だって気づいたの?」
「小学一年生の頃からよ。いい?長い時間を与えられたからには、それを浪費するだなんて許されないのよ。何でもいいからその時間を満たし、自分の糧とする。国家資格のための勉強だって、既に十個近くはやっているから」
漢検とか英検とかではない、ひとつ身に付ければ死ぬまで飢えそうにない資格のため参考書もすでにその単位で集めているのが三田川だった。
「それで誰が悲しむかとか考えないの?」
「優秀な人材は一人でも多いに越した事はないじゃない」
「あなたが割り込む事により、本来その席を得るべきだった一名、いや複数名が泣く」
「それは学問の程度が足りないの。七時間でダメなら八時間すればいいだけじゃない」
「あなたが指導者として不適格だって証拠をわざわざ作ってどうする気?」
こんな調子で平行線を極めた話を終えたのは、三田川だった。
手に持っていた剣を無言で河野に投げつけ、あくびをしながら避けたのを見るやもう一本作って投げ付けた。
「あんたには愛想が尽きたわ」
「自分にとって不都合な言葉は全て泣き言に聞こえるのね」
「みんな怠けるのがいけないんじゃない」
「あなたは結局、自分がいかに素晴らしいか示したいだけ。そして過ちに気づくことなく、人の気持ちを踏みにじったまま前へと進んで行く。裕一に謝りなさい」
「ふざけないでよ、あんな怠け者の権化、怠慢の温床に」
「言っておくけど私は警告したからね。サンタンセンでもブエド村でも私の方が上だったでしょ、その事をきれいさっぱり忘れちゃったとか」
「忘れてないからこうして強くなろうとしてるんでしょ。だいたいつまらない真似してないで強くなるために剣でも振りなさい。二度あることは三度あるとも言うけど、三度目の正直とも言うし」
河野速美
職業:剣士
HP:1000/1000
MP:1000
物理攻撃力:500
物理防御力:300
魔法防御力:300
素早さ:20000
使用可能魔法属性:なし
特殊魔法:飛行魔法
三田川はすでに河野のステータスを知っている。
確かに強力ではあるが素早さ以外はとても勝っているとは思えない。それなのに二度にわたって苦戦したのが三田川にとってはこの上なく腹立たしい。
「あんたもね、今の私にとっては蹴落とすべき敵よ」
「私は警告したわよ。全力で。それでも裕一に害意を持つわけ?その行く末はわかってるでしょ」
「方法ならあるわよ。いくらでも」
「もういいわ。永遠にさようなら」
言いたいことを全部言い切ったとばかりに河野はその超高速を用いて魔王城から飛び立ち、その姿を消した。
「魔王様……」
「フェムト、私は別に気にしてないわよ。それより私はこの書を読破したいのよ。ジャクセーと一緒に禁断の秘術を完成させ、この世界を取って見せるから」
「ご武運をお祈り申し上げます……」
そして魔王もまたその背中を見送る事もしないままに本を抱え込み、書庫へと戻って行った。
「すべての力を引き出し、歯を食いしばって敵を破る……これこそ、人間の本懐にして出世栄達の道、そして世界を発展させる道…………!」
先ほどまでのいらだちはどこにもなく、ただただ自分の先にユートピアがあると信じている、幸せな顔をしていた。
そう、いつも家に閉じこもり、ノートと参考書と仲良くダブルデートをしている時と、同じ顔を。




