かませ犬の烙印
「て、敵襲!」
魔王城に響き渡る声と共に、次々と魔物たちが飛び出して行く。
ドラゴンナイト数十名、ガーゴイル千匹以上。東西南北各方角に向けられていた魔王軍空軍戦力が、次々とたった一つの目標に向けて飛びかかる。
「すでにドラゴンナイト二騎を撃破!それに伴う墜落被害により人間居住区にも被害が発生している模様!」
ガーゴイルからのメッセージに魔王軍は悲痛さを増した表情になる。
「何者か知らぬが、魔王軍の信用を踏みにじりに来るとは許せん!」
「補償、人間、大事……!」
魔王は内心でこそ人間を家畜同然だと思っているが、その家畜から施しを得るために為政者として心を砕く事には熱心であった。だからこそ居住者たちには転居という名の脱走こそ許さなかったが福利厚生はしっかりしており、給料未払いなどの行いをした人間は魔物たちによってわざとらしいほど惨たらしく殺された。
それと共に魔物でも人間に対し乱暴な真似をした場合はフェムトの召喚魔法により絡めとられ、そのまま処刑対象として人間たちの前で罰を受けさせられていた。
(強い奴はそれ相応に責任を持たねば、って事なんだよな……)
人間が魔物を殴れば金貨一枚、魔物が人間を殴れば金貨五枚。
二度目は人間は半月の入牢、魔物は三年間の入牢。
三度目は人間は三年間の入牢か金貨百枚、魔物は死刑。
そんな魔王様が作ってきた法律のせいで自由気ままに支配階級の喜びを満喫できないとか言う魔物もいたが、そういう存在は次々と粛清されていた。
「攻撃をかけろ!」
ガーゴイルが次々と鎌を振り回しながら、たった一人の標的に向かって突っ込む。
上下左右、東西南北、四方八方からの攻撃。その大軍にあらがうすべなどないだろうと言わんばかりの統率力を見せる。
だが、結果は伴わない。
光に包まれた侵入者はガーゴイルたちの数段構えの防備を一瞬で突き破り、青い液体を出させる事さえもなく光に変えて行く。
突撃が切れるのを待って仕掛けた一団も、次々と凍らされて絨毯爆撃の球にされてしまう。その間に市街地への被害を防ごうとして隙間が生まれ、そこに侵入者は突っ込んで来る。
「侵入者!止まる気配なし!」
「狙いは!」
「王城と思われる!」
王城という二文字に魔物たちは身を引き締める。ドラゴンナイトたちは手綱を強く引き絞り、侵入者に向けて攻撃をかける。
数千数百単位の刃が、侵入者からの攻撃を受けながらも振りかざされる。
魔法の弾が次々に放たれ、その度に両手の指単位の犠牲者が生まれる。
それでも目の前の敵さえ倒せばよしとばかりに突っ込むが、結果は変わらない。
消し炭になるまで燃やされたり、凍らされたり、光にされたり、黒焦げにされたり。凄惨なほどの殺戮劇が魔王城の上空で繰り広げられている。
「放て!」
もちろん地上の魔王軍も手をこまねている訳ではない。魔法使いの部隊が一斉に隊列を組み、高射砲のように上空に向けて魔法を放つ。
炎の雨が下から上に降り、ガーゴイルやドラゴンナイトを避けながら標的へと襲い掛かる。
「遅いのよ!」
しかしその攻撃の最大の戦果は、侵入者に声を出させた事だった。
侵入者である黒髪の少女の甲高い声と共に、また犠牲が増える。
道がなければ作ればいいとばかりに、一発たりともフレンドリーファイアのない統率を踏みにじる突撃。
かつてこの攻撃でマサヌマ王国をあっと言う間に制圧したことを思い出させるかのような最強とも言うべき集団戦法を、簡単に踏み越えて行く。
「防備!防備―――!」
防御魔法をも踏み越えて放たれる反撃の魔法弾。
魔王の城を焼き、打ち手を殺し、かすり傷一つ与えさせない。
「敵は黒髪の人間!数は一人!」
ドラゴンナイトが報告と共に自分のドラゴンの口にその黒髪女入れてやろうと突っ込み、ドラゴンの首と共に落下した。
「ウエダユーイチめ!空まで飛べるのか!」
ウエダユーイチ。
仲間の悲痛な死を目の当たりにしたドラゴンナイトのひとりの口から、その名前が飛び出した。
まるで攻撃の方が侵入者を避けているかのような戦いぶりから、その名前が出たのは何の不思議もない。
ましてや「ユーイチ」が男の名前だと知る由もない存在からしてみればなおさらである。
だからそれがもし彼らの責めだと言うのであれば、それに対する罰はあまりにも重すぎたと言わざるを得ない。
「ふざけんじゃないわよ……!」
下から斬り上げられ、上から兜割りを食らい、右側から剣を叩き折られ、左側から火炎弾が飛ぶ。
そして焼け焦げ出したドラゴンの体の真下から、凄まじい力がかかって来る。ドラゴンの骨が砕ける音が鳴り響き、さらに二枚の羽が斬られる音も追いかけて来た。
「あんな……あんな怠け者とぉ……!!」
そしてその落下した物体を追いかけるように黒髪の女の声と攻撃は続き、ドラゴンの二枚の羽は八枚にされ、胴体は五等分にされ、ナイトは真っ二つにされた。
「…………ああ…………」
この暴挙を通り越した暴挙に、魔物たちはほんの一瞬言葉をなくした。
そしてその間に千匹いたはずのガーゴイルは二百匹になり、ドラゴンナイトは十名になり、下手人は魔王城へと飛び込んでいた。
人間たちの悲鳴が鳴り響くのを、まったく気にすることもなく。




