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最強の魔法は

 市村正樹たちが、焼けた岩を必死に押している。




 市村正樹だけではなく、赤井勇人も、大川弘美も。




「何よ!どうして邪魔をするの!」

「こんなことをして何の意味があるんですか!」

「あるわよ!惰眠を貪る輩に鉄槌を下すって意味が!」

「だとしてもここまでたくさんの犠牲を出す意味が分かりません!」


 仲間の分身が次々と増えていく。

 まるでおおきなかぶのように、また一人、また一人と岩に取り付き、みんなの背中を強く押す。


「く、くく……!」

 風がまた吹き、さらに岩を押す。熱風がコロッセウムに立ち込め、汗が噴き出る。


「私は、私は!ユーイチさんのために!ミタガワさんのために!」

「私のためを思うのならば今すぐ怠惰を憎み労働を愛し学問に励みなさい!」

「きっと、何か理由があるはずなんです!ユーイチさんにも、ミタガワさんにも!そして皆さんがここに来たのも!」

「理由なんか考えている暇があったら目前の存在を追いなさい!一つでも大きくなっておけばそれだけ後悔しなくて済むのよ!」

「私たちがどれだけの努力をすれば納得するんですか!」

「私のご機嫌取りのためでもなんでも、ちゃんと努力していればいいの!」


 風と人の争いが続く。

 もはや俺ではなくセブンスとの争いになってもミタガワは一向に方針を曲げることなく、全てを潰してやるために風を吹かせている。


 戦いの先にどんな結果が待っているのか、もう見えているっていうのに。

(みんなもう逃げてるんだよ……)

 俺を含め、岩が倒れこんだ結果被害を受けそうな場所にいた人間はみんな逃げている。

 そんな岩を持ち上げてどこへ落とすならともかく、ただ傾かせて倒すことなど何の意味もない。


 あんなに顔を赤くして、本当に何の意味があるんだろうか。







 そして、この実にくだらないケンカは、ひとりの幻影とともに終わった。







「この弱虫毛虫が!」







 ミタガワはいきなり、風魔法の向きを全く変えてしまった。その結果岩を押していた風は止み、多数の市村正樹たちの力が勝った。


 轟音と共に倒れこんだ大岩は砂ぼこりで視界をふさぎ、咳き込む音をも出す。



 そして向きを変えられた風魔法の行く先は、そこにいないはずの獣耳娘――――。



「ああああああ……!まったく!どうしていつもいつもその甘ったるさで世の中を弛緩させるの!」

「トードー国を愛しているからこそそんな事をしたのかい……」

「ええそうですよ、こんな甘やかす事しか能のない存在が上層部にいたら国は腐ってしまいます!もっと厳しく強く育てられる存在こそ国の頂点には必要なのです!いや、良き国民も育ちません!」

「好き放題にお勉強できるお前に甘やかすとか言う権利があるか!」


 平林倫子の幻影一つに怯え、存在をかき消そうとする。元の世界のみならずこの世界においてさえも、トードー国でも喚き散らしたあげくに倫子をノーヒン市などと言うスラム街に放り込ませ、そうして自分好みのそれに作り替えようとしたって訳かよ。

 まったく、ペットショップの店員がペットに吠え掛かっていて商売になるかい!


 って言うかそれ以前に、世界には高校レベルの教育を受けられない十五歳がいったい何人いると思ってるんだか。

 王家の人たちともいろいろ知り合ってきたが、正直この世界では高校一年生レベルの数学の知識なんてそれだけでインテリどころか学者レベルであり、チート異能ありきとは言え八村がいきなり重用されるはずだ。


「だからこそ、私はね!その環境において何もしないような奴が大嫌いなの!」

「何もしないとか何かをしているとか、それを決めるのはお前じゃないだろ!」

「私は魔王を殺したのよ、そんな奴だったから。

 まともに動いていればとっくのとうに世界を手に入れられたのにのんべんだらりと玉座にもたれかかって……ああ、本当に呆れたわ!!」



 そんな理由でかよ、とか言う九文字で片づけるにはあまりにもミタガワは真剣だった。


 真剣さを示すかのように氷の球と槍を降らせ、岩を倒した市村の分身たちを殺していく。実際には姿が消えているだけだが、それでもクラスメイトを平然と殺していく姿はとても気持ちのいいものじゃない。


 さらに魔法で作った剣を構え、自ら石柱に突っ込んで残党を斬る。


 首が飛び、血も流れる。幻影とか分身とか言う言葉で片すにはあまりにも無慈悲。


 すっかり空席か死体かのどっちかばかりになった客席に眺められながら、自分の正義を押し通すために殺戮に走っている。



 後ろでふんぞり返っているとか言うけど、RPGの魔王ってのは、いや王様なんてそんなもんじゃないだろうか。じっと本城にて構え、面倒な実践は部下にやらせる。その裏ではひそかに力を蓄え、本城の守りも固める。あまりひょいひょいと城を飛び出していては足元をすくわれるかもしれない。

 会社だって、社長自らあっちこっち営業に回っていたり店頭で物を売ったりする必要はないはずだ。


「ユーイチさん!大丈夫ですか!」

「……ぐうたら怠け者の分際で……!」

「ぐうたら怠け者はどうしてろって言うんだよ」

「世の中から見捨てられ、ごみ溜めの下で、誰にも構われることなく、みじめに余り物でも食べて生きなさい…………それこそが世の中の正義よ……」

「イワンのばかじゃねえかよ」

「その程度の教養があるんならば手に胼胝を作りなさい!それが嫌ならば学びなさい!それもできないなら死んでしまいなさい!」


 いよいよ、ミタガワの刃が俺に迫って来た。

 さっきの市村の必殺の一撃以上の迫力を持った刃が俺を襲う。

 風が俺の全身を撫でつけ、時には体が揺らぎそうになる。


 もちろん、当たらない。


「何よ、何よ!豆腐にかすがい!糠に釘!いや、猫に小判、豚に真珠、兎に祭文!」

「はあ?」

「死者に美食を与えるなかれ、獣に金貨を与えるなかれとなるであります……」


 こっちの世界の聖書にも載っている言葉だが、いずれにしても押しつけがましさの極致のような言い草で振られた剣は、俺の心さえもかすめない。


 冷めきった俺が右足を前に出すとすぐさま斬り落としに来たが、まったくいつものように剣の流れが大きくねじ曲がって地面をえぐり、俺の足がミタガワのドレスに土色の足跡を付けただけだった。


 しかし、正直痛い。


「やっぱり防御力36000は伊達じゃないな……」


 そんなふうに俺が悠長にくっちゃべっていると、痛みこそなかったが態勢を崩されたミタガワの右手で握られていた剣が、両手に握られていた。



「ミタガワ……!」

「これ以上………………そんなふざけたやり方で勝とうって言うんなら!」

「言うんなら、何だよ!」

「私は!あんたが!守ろうとしている物を!全て壊す!」




 しまった!

 という単語を飲み込みながら、俺はミタガワに向けて走り出した。


 ミタガワってのは、さっきまで客席を攻撃していた奴だ!


 クラスメイト本人やトロベたち、執政官様やテリュミ姫を殺すのに何のためらいがあると言うのか!



「何よ!おとなしく勤勉になる気になった!」

「俺がお前を止める!お前を助ける!」

「それは私に怠惰になれって事!そんなこと、そんな事が許されるはずがないじゃないの!

 もう、あんたのような奴は一生苦しめばいいのよ!」




 ミタガワが空高く飛び上がった!




 狙いはどこだ!俺であってほしいが多分俺じゃない、誰だ、誰だ!




「ユーイチさん!」



 ああセブンスが魔法を使おうとしている!俺も何とかしたいが足がすくんでしまっている……ああ、動けない……!



「モテる男ってのはね……真面目で、決して大事なことを忘れない人間なの……そんな、そんなぐうたら怠け者に魅かれるような不幸な人生、私が終わらせてあげるから!」




 セブンスが狙われた!




 セブンスは目をつぶり、手から力を込めて魔法弾を放った!




 だがこの一撃がミタガワを倒せるようには見えない!


 ああ、どうしよう!これでは!セブンスが!!




「ああ上田君!」

「なん、だよ赤井……」

「ヘイト・マジックであります!」




 ヘイト・マジック。


 確かに、こういう場においては効果的かもしれない。




 だが、ミタガワの魔法防御力はすさまじい!


 ヘイト・マジックは通らないはずだ!








「って言うかいつのまに!」




 俺の体が、赤く光っている。




 だが、駆け寄ろうにも間に合いそうにない。




 凶刃が、セブンスに迫っている!



 なぜだ!何が陸上選手だ!肝心要の!こんな時に……!







 ……なんだ、この強風は!




「あが、あががががが……!許、許せない、許さない……上田、ゆういちぃぃぃぃぃ!!」




 ミタガワが、向きを変えて俺に迫って来た!




 ヘイト・マジックが!




 効いている!

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