魔王即位宣言
コロッセウムの上空で、ミタガワエリカは耳障り極まる声で吠えている。
「私は世界中のみんなに!可能性を目いっぱい発揮させ!その上で!幸せになってもらいたい!そのために怠惰に負けずに!」
「お前の幸せのためだろ……」
火の玉が飛んで来た。
俺ではなく、客席に。
数十人単位の観客を巻き込みながら、平然と笑っている。
オユキが氷魔法で勢いを弱めようとするが、エリカはオユキの無力さを思い知らせるかのようにもう一発同じ個所に炎を放つ。
「悲しいと思うならば、悔しいと思うならば!努力して、努力して、建て直せばいい!そう、何かを手に入れるため、何かを守るため、新たな自分へと進むため!努力して、努力して、何事も怠る事なく!」
「そのために人が死んでもいいのかよ」
「いいのよ!おとなしく粉骨砕身してくれるって言わないのがいけないんだから!」
「それではお前が、自分が動けなくなれば切り捨てられるだけだ!」
叫べば叫ぶだけ背筋が寒くなる。
三田川恵梨香が、自分でしかわからない圧倒的な時間の勉強の中でどんな結論を出してしまったのか。
おそらくは誰も、両親すら干渉できないほどの圧倒的な時間の間浪費を惜しみ、少しでも糧を得ようと貪って来た。
仮に三田川の時間が人様の10倍あったとして、誰も10人分の人生など送ることはできない。みんな三田川に付いていけなくなり、誰ともまともに会話もできない。インターネットを巡った所で、パソコン本体の寿命やほかの人間の存在ってのはどうにもなりゃしない。
「お前、好きな異性はいないのか?」
そんな人間を変えられるのは、親身になって接してくれる人間しかいねえ。それは親じゃなきゃ兄弟であり、兄弟じゃなきゃ恋人じゃねえだろうか。
「いるわよ!だからこそねえ、あんたのようなふざけ切った怠け者から救い出さなきゃならないのよ!」
「だったらその男に思いを伝えてみろ!」
「じゃあ市村!私の物になりなさい!」
で、人選は見事なほどに予想通りだった。
顔よし器量よしの市村正樹を嫌いなだっていう奴は、嫉妬心に駆られているんだろうってことぐらいは俺だってわかる。
三田川だってクラス内の、いや他の校内の女子生徒と同じように市村正樹を好み、自分の伴侶にしようとしている。
「さあ、私のもとに来なさい!徹底して演技の練習を積み、日本一、いや世界一の俳優になって世界中を演技で沸かせるの!」
「断る!」
もっとも、市村正樹という人間が三田川を好いているわけがないことは明白だが。
「市村……!?」
「お前のやり方では誰も幸せにできない!個人の資質に縋り切った統治がどういう顛末を迎えるかお前は忘れたのか!」
市村のような人間がこんな独善を極めた存在を好きになるはずもない。必要と好みは違うってのは世界の常識であり、今の三田川が求めるのは自分のやり方を矯正する存在ではなく肯定し服従してくれる人間でしかない。
「だから言ってるでしょ、私はあなたを、この世界のすべてを幸せにするために!」
で、好きと言っておきながら平然と心を踏みにじる。
優れた俳優ってのは、ドラマなり演劇なりを見た人間の心を変えるもんじゃないんだろうか。心からの思いを込めた言葉と、激しく両手を振り下ろす仕草。そのどちらも今の市村にとっては目一杯の演技であり、必死に空の上の女の心をつかんで動かそうとしたのだろう。それが無駄の一言で片づけられる程度にあっさりと薙ぎ払われたという事実は、容赦なく市村の心を打ちのめす残忍な一撃だった。
(役者殺すにゃ刃物は要らぬものの三度もほめりゃいいのつもりかよ、おごり高ぶりを恐れるも何も、その土台となる自信がなければ挫折するしかねえだろ!)
コーコ様のような名君って呼ぶべき謙虚な人間ですら、息子が自信過剰になるのを恐れて失敗した。自分に対していかに期待しているか、そして処置にはしっかりと理由がある旨を述べなければならない。それもなしに頭ごなしに貶めるのはただのいじめであり、何のプラスの意味もない。
「客の人間たちに言うわ!あんたらはこんな所でボーっと生きてないで腕を磨きなさい!あんな風にこんな怠け者男の勝利にブーブー言ってるなら!」
「いやその……正直どう反応したらいいのか……」
「かああああああ!」
その間にも三田川は吠える。客という名の傍観者に向かって吠え続け、俺の優勝に反応しなかった観客を責める。
それに対するあまりにも気のない返事が三田川の両手を頭に行かせ、きれいなはずの髪の毛を派手にかきむしらせた。
「まったく……どいつもこいつも……こんな所で……ボサッと突っ立って……!」
言葉がひとつ途切れる度に、三田川、いやミタガワの顔が赤くなる。
「死にたいの……?死にたくないんでしょ……?だったら……うだうだ言ってないで手足を動かしなさい!逃げたければ逃げてもいいわよ!訓練しなさい!訓練を!」
「おいやめろ!お前いったい何をしたいんだよ!」
「あんたがヘラヘラしてないで汗水垂れ流して働けば、戦えばいいだけよ!あんたのような怠け者が上に立ってるからみんなおかしくなるのよ!」
そのあげく責任転嫁、そして八つ当たり。
触れれば触れるだけ心を削り、自分の支配下に置こうとする。倫子もこのやり方で精神力を削り取られたかと思うと不憫極まりない。
「死になさい……!消えなさい……!」
魔法の弾が飛び出し、あちらこちらに向けられる。
さっきまでの武闘大会とは違うルールもなんもない戦い、というか虐殺。
「ただの八つ当たりじゃねえかよ!」
「じゃあ私が悪かった、これからは一日十六時間働きさもなくば学を積み立派な人間になってみるって宣言しなさい!」
自分の思うとおりにならない現実にいら立ちを隠すことなく、様々な魔法を客席に放ちまくる。
北側ではまた火事が起き、西側では竜巻が客席と観客を吹き飛ばし、南側では大きなヒョウが降り注ぎ、そして東側では太い光線が客席を貫いている。
「ひどい……」
倫子がそう口から絞り出したのは当たり前だ。次々と悲鳴が上がり、血が流れ、犠牲者を悼む声ばかりが響く。
「お前、不老不死にでもなる気か!」
「それもありかもしれないわね!そうなれば永遠に怠け者を狩り続け、この世界を王道楽土にする事ができるはず!」
「って言うかお前、まさか本当に魔王にでもなる気か!」
「それもいいわね!」
何のためらいもありゃしない、魔王即位宣言。
たかが高校一年生のはずだった人間による、あるいはやるかもしれないと思われた魔王即位宣言。
ああ、頭の頭痛が痛い……。




