ミタガワエリカの来襲
「ミタガワ、エリカ…………!!」
コロッセウム上空にて、どこで調達して来たかわからない体型の見えない黒いドレスをまとった女が立っている。
悠然と腕組みとかしてる訳じゃなく、右手には剣、左手には魔導書っぽい本を持ちながら。
その本をせわしく動かしながら、笑っている女が。
「よく聞きなさい、この場に集いし怠け者諸君!
昨日、魔王の首をこの場に落としたのは私。そう、ミタガワエリカよ!」
「とりあえずその本をしまえ」
ほんのわずかなツッコミに対しての黙れと言う三文字のこもった雷が、俺の側に落ちた。
「上田裕一……相変わらず楽をする事ばかり考えているのね。ちょっと見させてもらったけど、ずいぶんとまあみっともない戦い方だこと」
「俺は俺の戦い方で勝っただけだ。お前にああだこうだ言われる筋合いはない」
「聞いたでしょ、評判ってのを。市村を称賛する人間はいてもあんたを褒める人間はいないのよ。それが全てなのよ、この怠け者」
聞き飽きた言葉と共に三田川は背の高い岩を空から降らせる。
岩は俺をハブり、頭に当たらない代わりのようにあっという間に囲む。
「ミタガワエリカ……」
執政官様はあくまでも冷静に暴虐なる存在に向かって呼び掛ける。
「私は素直に悲しいのです。あなたのような権力者が、目先の欲に堕し修練を怠っているのが」
「じゃあなぜこんな事をしたんだい?ピコ団長とタユナ副団長を」
「鍛えてあげたかったのですよ、程度を見たかったのですよ、この国の騎士ってのを!」
「西の正義が東の正義と同じとは限らないよ。単なる自己満足で命を奪われたら災難以外の何でもないよ」
執政官様のお言葉に、三田川はまた噓偽りのない涙を流す。心底から自分の言葉を正しいと信じ、そしてその言葉が届かない事を悔やみ嘆いている。
「これがミタガワエリカです。自分の正義を欠片も疑わず、それに耳を貸さない存在を全力で罵倒し、そして命をも奪わんと欲します」
「ミタガワエリカ……キミの国に住めるのは自分だけだよ。自分のポテンシャルが分かっていない冒険者が事故死のような形で死ぬのは一向に珍しくない案件だけどさ、自分にとっての些事が他者にとっての些事であると思わない方がいいよ」
「上に立つ物が見本を示してこそ国は変われるのです。ブエド村の腑抜けた住民たちの根性を叩き直し、この世界を発展させる先頭に立つ!こんなに素晴らしい夢があるのになぜ逃げるのです!」
言葉こそ丁重だが、言っている事はまったくいつも通り。
自分の理想に酔いしれ、それに逆らう存在を蔑む。
「そのために君はあんな立派な男性を殺したのかい?本当に駄々っ子なんだね」
「駄々っ子でも何でも結構です!私と同じようにみなこの世界のために動いてくれるのであれば!」
「でもそれを決めるのは君だよね、君が勤勉と認めなければ怠惰の二文字と共に罰せられるんだよね」
そしてそのやり方は完全なる独裁政権。
まず自分ができているんだから、やっているんだからの二言で他者を縛り、さらに自ら厳しく律する事により他者を二重に縛る。
そしてその上で自分の基準からはみ出した存在に対し大っぴらに嘆き、悔やみ、悲しむ。その噓偽りのない人間的な悲しみが第三の縄となって完全に他者を縛る。
例えば!
「危ない!」
ガラスを叩き割ったような音が、再びコロッセウムに響き渡った。
執政官様目がけて飛んで来た魔法の槍を、オユキが氷のバリアでなんとか受け止めようとしたのだ。
だが壁と言うより箱とでも言った方がいいほどに厚かったはずの氷の壁は突き抜けられ、魔法の槍が執政官様の左腕を捉えていた。
「うっ……!」
「兄上ぇ!」
「お前…………!」
幸い傷は浅そうだがそれでも流れる血は痛々しく、槍を引っこ抜いて見せようにも俺は岩に囲まれている。叩いてみるが全く壊せそうにもなく、乗り越えようにもすべすべしていて背も高い。
「その傷!私の言う事を聞いて国家のために粉骨砕身すると言うのであれば治癒して差し上げます!」
上から目線そのもののくせに悲愴感が込められている。暴力をもって執政官と言う名の権力者を攻撃している分際で、治癒などと言う慈悲を込めた言葉をよくも吐けるもんだ。
「もう十分やってるだろ!お前は執政官様に庶民と同じ事をしろってのか!」
「そうよ。上に立つ者が手本を見せてこそみんな付いて行くの。それもわからずにふんぞり返ってあれやれこれやれだなんて、そんな傲慢な奴に誰が付いて行くの!」
「指揮官のいねえ軍隊がどうやって戦いに勝つんだよ!」
「それまでに統治者たるところを見せておけば兵士は勝手について来るわよ!徹底的に鍛え上げられた兵士たちが、全てをなぎ倒すの!」
「バカも休み休み言え!」
バカと言う二文字に反応するかのように、雷が俺の後方を囲んでいた岩に落ちた。
雷は俺をハブった結果岩を粉砕しながら地面を焼き、砂ぼこりが立ち込め、逃げ道の代わりに視界が奪われる。
「まったく!あんたのような弱虫のぐうたらが上に立ってるから!そのせいでこの世界はめちゃめちゃになるのよ!」
涙目になりながら、さっきまで執政官様たちがいたVIP席に岩をぶつけている。
倫子は全身の毛を逆立たせながらも尻尾も耳も垂らし、市村の陰に隠れている。
大川とトロベは立ち尽くし、持山はアイテムボックスで取り出した槍を構え、オユキは執政官様の側で手当てをしている。赤井は補助魔法で俺たちを守ろうとしているが、どうにも焼け石に水って感じしかして来ない。
「力はすべて、修練から来るの。絶え間ない努力、満足は悪。その気持ちを抱き続ける事こそ、正義。
例えばこんな風に……!」
コロッセウムの上空に、黒いウインドウが出現した。
三田川エリカ
職業:賢者
HP:100000/100000
MP:3000000
物理攻撃力:12000
物理防御力:36000(デフォルトは12000)
魔法防御力:36000(デフォルトは12000)
素早さ:12000
使用可能魔法属性:炎、水、氷、土、風、雷、闇、光
特殊魔法:ステータス見聞・変身魔法・偽装魔法
さらに能力が上がっている。12000だなんて言う数字がもし努力の賜物だって言うんなら、一体何千何万時間魔物を倒せばそんな境地まで行けるんだろう。
上田裕一
職業:剣士
HP:234/234
MP:0
物理攻撃力:200(装備補正により260)
物理防御力:222(装備補正により276)
魔法防御力:240
素早さ:350
使用可能魔法属性:なし
そしてさらに、俺のステータスまで出して来た。
「これが実力差よ。わかったらおとなしく鍛錬か労働に励みなさい、勝利のために、富貴のために!」
「それができない人間を全部殺す気か!」
「殺す訳ないじゃないの!私が癒してあげる!努力できるようにしてあげる!それの一体何が悪いの!」
「嘘吐け、じゃあなんでソージローさんを殺した!」
「あんな最低な怠け者は私が手を下さなくてもどうせ同じ事になっただけよ!ああ間違えた、あんな変態は!」
ミタガワエリカは唾液と罵声を吐きながら、どんどん声を上ずらせて行く。
傍若無人と言うか傍無人、文字通りのひとりぼっちで。




