過去の思い出
「行くぞ!」
開始の合図と共に、市村が鋭く打ち込んで来た。
俺は刀で市村の攻撃を受けるが、そのたびに腕に負荷がかかり、体が揺れそうになる。
「この!」
俺もぼっチート異能任せに切り込むが、市村は俺の刀を軽くかわした上で背中を突こうとしてくる。
反射的に避けて態勢を立て直すが、その間に二発も入れられる。
「やるな!」
そう空元気を気取るが、実際あそこまで剣を振っておいてまだここまでの攻撃ができるのには正直驚いた。
俺が疲れていないのはさほど刀を振っていないからであり、楽をして来たからだ。いつも俺は敵を引き付けて仲間任せ、最近では刀も抜かずに戦う事も少なくない。
その分だけ力が付いていないとは思わないが、正直一発一発の当たりが違い過ぎる。
「どうした!トロベとはだいぶ違うぞ!」
「俺はトロベじゃない」
「確かにそれはそうだ、だがその上で俺はお前に挑みかかっているんだ!俺は俺のやり方でお前に勝つ!」
市村は俺のやり方など、もう知り尽くしているはずだ。
この調子だと、たとえ刀をしまって肉弾戦に持ち込もうとしても大川のようにされるかもしれない。
さっきは何とかなったが、今度うまく行くかどうかはわからない。
「この戦い!押しているのはイチムラマサキ選手だ!連続攻撃でウエダユーイチ選手に反撃の隙を与えていない!」
執政官様の言う通り、俺は押されっぱなしだ。
市村の攻撃は重いし、しかも速い。そんな攻撃を連発されては、正直立て直す暇がない。
「このっ!」
力を込めて押し出してその隙に態勢を整えようと思ったが、市村はまったく動かない。強く足を踏ん張る様子もなく、涼しい顔で攻撃を受け止めている。
(どうやらまともに打ち合えば俺の負けだ……だがそれでも俺にはまだ、ぼっチート異能がある!)
俺はあえて手を止め、刀を振るのをやめた。
「どうした!まだギブアップするには早いぞ!」
「いったん間を置くだけだ!」
後ろ走りで距離を開けながら市村の剣と顔を見てやろうとするが、市村も剣を振ってくれない。こっちが態勢を立て直すのを待つかのように、マヌケな俺の姿をじっと捉えている。
業腹ながら俺が再び刀を握りしめてやると、待ってましたとばかりに斬りかかって来た。
もちろん受け止めたが、声も出ないぐらい重い。
重さをこらえるべく目を閉じ歯を食いしばってみせるが、それでも手への打撃は半端ない。強く握りしめ突き出そうとするが、次の一撃も重い。攻撃の暇さえも与えられそうにない。
「お前、剣を壊す気か!」
「それもまた勝ち方の一つだろ、武器を失えば戦いようがないはずだ」
勝ち方、か。
俺に負けを認めさせるには何が必要か、その事をわかってるんだろう。
「俺はキミカ王国では剣を折られながら勝ったぞ!」
でも俺だってやすやすと負けましたなんて言う気はない。
この刀で受け止められなければ最悪ぼっチート異能任せで突っ込む事だってできる。そうなれば俺の負けとはならないだろう。
「じゃあなんで刀を抜いたんだ」
「お前の剣だってまたしかりだろ!それにお前の剣はいったいどこで作られたんだ?」
市村の剣はそれこそ俺と出会った頃からずっと同じだって知ってるし、そしてそんな高給な物じゃない事も知っている。
新米冒険者のそれとして、シンミ王城にいた時に与えられた剣。
その剣でたくさんの成果を上げ、冒険者として地位を確立するのに役立った剣。
いきなりそんな人間に上物を渡すなど普通はありえない。
「俺が先に剣を折りたいもんだね!」
「だけど俺がそっちの刀を折ったら俺の勝ちでいいか」
「………………それは断る」
もっとも、市村や執政官様の事を思うといきなりそんな上物を渡されてもおかしくないかもしれない。
この自由奔放で器のデカい執政官様。
その執政官様にここまで好き放題させて何も言って来ないような親や兄。
そしてやはり市村正樹本人。
「ちょっと何なの!あんな事言っておいて!」
「自分がケンカ売っといて言い返されたらあの言い草かよ!」
わかり切った事とは言えこのブーイング。自分が良くて相手がダメだなんてそんな勝手な事言えるもんか。
「折りたいと折れたらは全然違う!責めるなら揚げ足取りをしたこっちを責めろ!」
で、これだよ。どこまでも真面目で男らしく、筋を通した物言い。こりゃ女の子が寄って来て当然だよな。
ブーイングしようとしていた人間も黙らされちゃうし、よく見れば執政官様も笑ってるし。
「準々決勝を見たよね?ウエダユーイチ選手は強いんだよ。あそこまでされても音を上げなかったのを忘れちゃったわけ?あのオーカワヒロミ選手の攻撃を受けても平気でいられる人間だけ文句を言うべきだね」
執政官様もこの調子だからあっという間に場は落ち着きを取り戻した。
まったく、これもまた地位って言うより才能だよな。
カーテンコールを受ける事確実な千両役者様とそれを応援するスポンサー。市村正樹の未来を見た気がする。
そう言えば昔、運動会のかけっこで一等賞を取った時になぜうちの子が負けたんだって父さん母さんに喰ってかかった人がいたけど、その人は今どうしてるんだろう。
————————とか言う過去の思い出に浸る暇もなく、市村はまた斬りかかって来た。




