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決勝戦開幕

「とにかく決勝進出おめでとうございます」

「ありがとうな……」



 待機時間を含めれば延々二時間半、その内戦闘時間は十分程度。本当にモチベーションを保つのが大変だった。


 そう考えるとあの人たちもありがたいかもしれない。


「それで決勝戦は」

「二十分ほど待ってね」



 俺は執政官様の言葉を受け、控え室に戻った。



 さっきから誰もいないこの部屋に入って来たのは、ユーセーと言う一人のメイドだけ。


「完熟茶をお持ちしました」

「ありがとうございます」


 彼女はずいぶんと愛想のない調子で完熟茶入りのカップを置き、無言で踵を返して去った。

 前会った時は違う様子に俺が不安を覚えていると、ユーセーのぼやきが聞こえる。


「あんな簡単に……姫様を……」

「あれは俺なりの礼儀だよ」


 簡単に、か。確かにメイドと言う名の王家の従者からしてみれば、お姫様ってのは仕えるべき主君であり大事な存在だろう。でもそれがこうして出て来ている以上礼儀を欠くような真似はしたくねえ。

 だからこそああして本気を出し、そしてああして負かしたつもりだ。


「じゃ逆に聞くけど、俺にどんな戦い方をして欲しかったんだ?」

「もっと血しぶきが出るような、激しくも生の香りを醸し出すような戦いがいいのです。血を流し、痛みを知る事により人間は強くなると、思っています。簡単な戦いは簡単な戦いなりの成果しか出さないと思います」

「俺は俺の戦い方しかできない。それがもしあんたの気に障ったとしても、あの執政官様には文句を言うのがせいぜいだろう。あんただって自分なりのやり方でしかお姫様や執政官様に尽くせないんだろう。俺にはこんなうまい紅茶を入れる事はできない」


 俺が茶葉をきちんと煎じてこんないい完熟茶を入れる事ができないように、このユーセーがたかが三ヶ月でGランク冒険者になれる訳もない。


「あれもこれもやろうだなんて無理だよ。何でも来いに名人なし、多芸は無芸とか俺らの世界で言うけどさ、聖書にだって似たような一節があるんだろ、よく知らないけど」

「「剣も槍も斧も使える騎士は、剣も槍も斧も使えない騎士である」ですか」

「ほらな。だから自分なりのやり方でやるしかない。下手にいろんなことに手を出すとみんな中途半端になっちまう。エネルギーも時間も有限なんだからさ、切るべき所はすっぱり切っちまうのも技術だと思うよ、俺はまだできないけど」


 俺がひと理屈捏ねてやると、ユーセーは深くため息を吐きながら部屋を出た。


 間違いなく俺を歓迎していない目であり、元の世界では不思議なほど縁のなかった目だった。と言ってもこの世界ではすっかり見慣れた目であったが、いずれにせよあまり気分のいい目じゃない。


 王族だから。お姫様だから。そんなお約束事のない世界で生きて来た俺。

 そしてそんな事などまともに気にしていなさそうな執政官様。


 そんな人間が大きな顔をしていること自体、面白くない人間ってのはいるんだろう。

(彼女だってこうして俺らに茶を持って来るようになるまで幾度も失敗して来たはずだよな)

 俺は確かに苦労知らずだ。元の世界でもぼっちではあるがそれゆえに人間関係の厄介事とは無縁であり、命のやり取りを繰り返すこの世界でも俺はチート異能のせいでほとんど傷を負っていない。







 ……そのせいかもしれない。







「いよいよだぞー!」

「どっちも頑張れー!」

 そんな温かい声援に混じって飛んで来る嬌声。

「キャー!キャー!」

「さっきのような戦いをまた見せてねー!」




 どっちも、俺に向けられたそれでないことはすぐわかる。




「いい勝負をしようじゃないか」




 そう、この市村正樹。




 相手が騎士とお姫様って違いはあるにせよ、俺と市村の戦いぶりは全く違う。真剣な相手を終始あしらっていた俺と、真剣な相手に正々堂々と打ち合った市村ではそりゃ後者の方がウケるのは当たり前だ。


「ユーイチさん!ユーイチさん!絶対勝ってくださーい!!」


 声を上げるのはセブンスばかりで、倫子は耳を垂らしながら心配そうに見守るばかりだ。田口はと言うと少しだけ疲れた顔をして執政官様の背中を見ている。



「いやあ……うらやましいよね」

「そうか」

「あそこまで熱心に思ってくれる存在が一人でもいるって事は大きい。ましてやこんな所にいきなりやって来て右も左もわからない状況であそこまで熱心になってくれるってね。この世界の言葉で行けば「富貴の時の友は銀貨であり、貧窮の時の友は金貨である」だろう?」



 そこに割り込む、謎のため息。



 場が一瞬静まり返り、VIP席に視線が集まった。


「……お前さ、駅伝を志してるんだろ?」

「ああ!」

「だったら他人のために戦う事を覚えた方がいい。いや、チームとかじゃなく、たった一人のためにな」

 

 バツの悪そうな顔をした市村が頭を下げ、右手を差し出して来た。




 たった一人のため。




 考えた事もなかった。




「言っておくけど俺はお前に負ける気はない。お前の力を認めた上で勝ちたい」

「そうだよな、それが一番だよな」

「言っとくがな、お前のやり方を軽蔑するような奴は嫌いだ。誰もが持てる武器を使いこなしてこそ戦いだ」


 サラッとそういう事を言えるのって、本当にすげえよな。改めて市村はカッコいいよ。




「さてそろそろ、時間かな」

「はいOKです」

「では行くよ」


 俺たちは距離を取り、お互いの得物を構えた。




「では、この長きにわたった武闘大会もこの一戦が最後!冒険者パーティーのリーダーとサブリーダー、ウエダユーイチ選手vsイチムラマサキ選手の対決!



 いざ、開始!」

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