トランプカード
「お前らみてえな特殊な能力があればな」
「そんなもんに何を期待してるんだ?」
ヘキトにツッコミを入れると、俺は立ち上がって酒場全体を見渡せるように柱にもたれかかった。
俺に特別なチート異能があり、赤井たちにも似たようなのが与えられてたとしても、その女に何らかの力が与えられてた保証はない。
「俺だって、まぐれそのもののいきさつであんな成果を上げたんだ。本当なら金稼ぎより稽古でもしたいぐらいだよ」
「お前らってさ、なんか楽しみとかない訳?冒険者稼業なんてそれこそ血と汗との戦いだぞ」
「ギルドマスターさん、昨日見たカードって一組いくらなんだ?」
今の所この生活を楽しむぐらいの余裕はある。
でも、確かにそういう遊びぐらいはあってもいいかもしれない。ぼっちの俺はそんなにトランプの遊び方を知っている訳じゃないが、そんでも赤井と市村に聞けば少しはわかる気もする。
二年前、親父と百均ショップに行った時にトランプを見つけ、その時親父と来たら
「幼稚園の時速美ちゃんのとこでやったババ抜きで五連勝の後五連敗してな、「なんで?」って二十回連呼した事もあったなー」
って大勢の前で言いふらしやがって、恥ずかしいったらありゃしなかった。まあそれこそ子どものおもちゃに過ぎなかったトランプだが、この世界では娯楽の王様に君臨できるだけのポテンシャルはある。
「俺がもらったのはカジノでも使ってる高級品でさ、五十三枚一組で銀貨十五枚だよ」
「もうちょい安いのないですかねえ、普段の庶民の娯楽用のとか」
「あれは王家の魔導士様の謹製だぜ、まあ最近になって急に活発になったから少しはましになるだろうけど、それでも銀貨十枚はくだらんだろうな。って言うかハヤトってシンミ王国から来たんだろ?」
「あの時はまさかそんなもんが産業になってるとは思わなくてさ、と言うかこれもまた結構な貴重品だから」
「護衛任務ならねえよ、確かに重要な代物だがそれだけに護衛も厳重でな、冒険者なんかにやらせねえよ。まあおこぼれはこうして俺のような人間のお守りになる訳だけどな」
「フン、そんなもんのために命を賭けるのか?まあ俺が言うのも何だがな」
王城直属の兵の警護により運ばれるトランプカード、想像するだけで実にシュールなお話だ。トランプカード一組で銀貨十枚なら、百組ならば金貨十枚である。ほとんど現金輸送車じゃないか。
そして山賊はその財宝を狙い、必死になって襲い掛かって来ると言うからなおさら面白い。俺らの世界でトランプに命を賭けるなんぞ、それこそギャンブラーかマジシャンかのどちらかしかないだろう。
「っつーか、カジノがあるのを悪いだなんて一言も言いませんけどね、ナナナカジノとミーサンカジノってどれだけの距離があるんです?」
「北の村への道を挟んで二十分足らず、ほぼ向かい合わせだよ」
「…………アホっすか?」
「確かにミーサンってのはアホか、そうじゃなきゃとんでもねえ策略家だな。目がくらむような真っ赤な服なんか着ちまってよ、胸は出てるし腰は細いけど、そんな衣装じゃ幻滅だぜ」
「行った事あるんですか」
「ねえよ。でも黒髪のお嬢ちゃんたちがしょっちゅうそこにいてな、そこの客から金をもらってるらしい」
カジノの客から金をもらうとか言われて、今更背筋を寒くする気もなくなった。
基本的にはいい政治が行われていたミルミル村だって、身請けのために三人ほどあの村長に進んで囲われに行ってたぐらいだ。二十人もいれば一人ぐらい、とか言う発想に至るのは理屈で言えばそれほど不自然な事でもない。
ここで死んだとして赤井の言うような「ありふれたRPG」とやらのようによみがえるのだろうか、それとも本当に死ぬのか、さもなくば俺たちの世界に帰れるのか。そんな事はわからないが、いざとなればと考えてもおかしくはない。
「早熟茶一杯くれます?」
「はっはっはっはっは……おまえにも弱点ってあるんだな、そんなに派手に落ち込みやがってさ、なるほど、黒髪の弱点がわかった気がするぜ!」
「お酒なんか飲めなくても人間ってご機嫌になれるんですね」
それでももしこの世界の人間がここにたくさんいれば、一気に座が湧いたかもしれない程度には俺は動揺していたようだ。
ここはあくまでも異世界。自分たちの住む世界とは全然違う世界である事を理解できる要素など、これまで幾度もあったのに。
酒を飲まねえなら寄って来るなと言う顔をしたヘキトとは別のテーブルに座り、ギルドマスター自ら入れてくれた早熟茶を飲む。
一段と渋い。
「俺は童貞なんぞ十三で捨てたよ、お前ら黒髪ってのはどこまで酒にも異性にも欲がないんだ?」
「まだ早いってだけです。それに俺にはとりあえずセブンスがいますから」
「ったく、その彼女様のためにせっせかと小銭稼ぎかい、ずいぶんとオギョーギがよろしいようで」
「俺は遠藤になりたくありませんからね」
「エンドーって、あのコータローの事か。確かにあれはもうダメかもな。希望をもってこの仕事に飛び込んだ冒険者、と言うか魔王討伐を志してたやつがああなる事例は結構ある、そこから立ち直れなければ右から左に行っちまう。あいつには自分の気持ちをまるっきり受け止めてくれる奴が必要だ」
セブンスはこの世界に来た初日から、俺の愚痴を熱心に聞いてくれた。
たまたま天涯孤独だったため同じ環境に陥った俺にシンパシーを感じたのかどうかはわかりゃしないが、彼女は実に聞き上手だった。
ひと月の間に俺を理解してくれたのかどうかはともかく、ぼっちにとってはこの世界に対する様々な不安を受け止めてくれる貴重極まる存在である事には間違いない。
「自分の奇跡的なバランスに感心していますよ」
「世の中運なんだよ、そうだよ運。コータローにもそういう運があればな」
「それとお前さんのカジノとは別物だろうが、そこで何か出会いでもあったのかよ」
「あると思うか、オーナーを除いて職員も客も男ばかりのカジノに。まあ敗者同士仲良くする事はあったけどな。コータローはまあ予想通り、カジノの警備はしてもギャンブルなんか絶対にしない男だからよ」
「女と言えばさ、今朝一騎打ちした女ってどんな名前の奴だよ」
「確か、三文字のような、四文字のような、七文字のような…………ってお前も案外ずるい奴だな」
内心で舌打ちした。どさくさ紛れをもってしても、ヘキトの口を開かせる事はできないらしい。セブンスならばできるのかもしれない。多少酒に酔ってやらかしても、結果的に口をこじ開ける事ができるのかもしれない。
そういう点でも、セブンスは俺にとって重要なパートナーだって訳だ。
「ひとりぼっちじゃできない事もある。できる事もある。まあそういう事だよな。あんたにも仲間はいるんだろ?」
「…………」
「酒を酌み交わさなきゃ仲間になれないだなんて、ずいぶんと面倒くさい男だな」
「…………」
たったひとつの欲求を受け入れないだけで人間ここまでかたくなになれるのか、俺にはてんでわからない。
俺は決して欲張りな方ではないつもりだ。欲が張っていると言えるのは陸上のタイムを伸ばす事だけであり、後はそこまででもないつもりだった。
遠藤並みに面倒くさいこの男の相手をするのも疲れた俺は早熟茶を飲み干し、再び警護の仕事に戻るべく背を伸ばした。いつものように茶碗をカウンターに戻し、再び柱にもたれかかる。
「あのすみません、依頼の方を」
「もうないよ」
「ここ舞台あります?」
「ねえよ、ここはギルドであってそういう歓楽目的の酒場じゃあねえもん」
「一曲いかがですか」
「いくら取るんだ?」
そんなわずかな休憩の側から入り込んで来たかしましい声にいちいちツッコミを入れながら、用心棒らしく風体を確認し、そして不思議なほど冷静にさらなるツッコミを入れられた。
「おや、神林と木村と日下じゃないか」