市村vsトロベ
「速い!」
「どうした、パラディンの力をチャージしないのか!」
「そんな暇はない!」
市村の剣とトロベの槍が、さっきとは全く違った音を立てる。
コロッセウムにふさわしい、金属のぶつかり合いの音。
「市村は男であり、高校一年生と言う名の学生であり、演劇を志す、庶民です。
トロベは女性であり、冒険者と言う名の個人事業主であり、槍術の習得を志す、貴族です」
全く交わりようのなかったはずの人種が、こうして戦っている。
強いて言えばトロベ寄りの舞台だが、市村とてこれまで十二分に経験は積んで来た。
チート異能なんかなくてもきっと戦えている気がする。
「もちろん俺だってそれなりに妥協はします。ですがそれを一方的に強いるのではそれこそ職権乱用です。トロベはキミカ王国の中でさえも貴族の特権を振りかざそうとしませんでした。それにあの兄上様がそんな事を好むようには思えませんけど」
「でぇ、でもぉ、あのオユキは相当に強いのでしょうぅ?」
「オユキは強いですが、あくまでも俺たちの中の一人です。木を見て森を見ずと言う言葉が俺たちの世界にあるように、一人を見て全てを判断するのは危険です」
もっともらしいことを言いながら、俺は二人の闘いばかりを見ている。
トロベが重厚な攻撃で押し、市村はスピードで対抗している。どっちが勝つのか、お客様としても感動する。
市村が時々剣に力をためて斬りかかるが中途半端で力はなく、トロベの槍を押し返すのがやっとだった。
トロベもその隙を突いて斬り上げにかかるが、市村は身をよじってかわす。
「人の話を聞きなさいぃ!」
「ええはい、で何ですかぁ?」
「私はあなたの事を知りたいのですぅ、皆さんの知らないぃ!」
「ですからそれは欲張りだと言っているじゃありませんか!」
「あなた方はぁ!私利私欲のためにぃ、シンミ王国を利用しようとしてるんでしょうぅ!」
「あなたの権力は執政官様に劣ります」
トロベと市村は環境どころか戦い方さえも全然違う。
それでも公平に勝負ができている事は間違いない事実であり、同じ方向で戦っていればとっくに決着がついていた。
「どうだ!」
「当たらないぞ!」
わずかな隙を突こうとすればそれによりできた隙を突かれ、当たったと思いきや間一髪でかわされたり受け止められたり。俺がやっている猪突猛進のそれとは違う真っ正直で全うな戦い。
危険さゆえに、血も踊る。
「あれこそ戦いです。どちらかが負けを認める間で終わらないのが戦いです。ましてや正々堂々とやり合うってのはなおさらです。俺は犠牲をできるだけゼロに近づけたいんです。そのためには逃げる事もいといません。あの二人でさえも、ああして真剣にやり合うのは初めてです」
「…………」
「ですから次の試合も、俺は見栄も外聞もなく戦いますからね、その事をお忘れなく」
あるいはピコ団長さんのせいかもしれねえとか余計な事を考えている間にも、二人の戦いはさらに激化していく。
さすがに二人とも焦りが見えたのか攻めがやや乱暴になっているが、それでもどっちも鋭いままである。
二人とも目が血走り、息が荒くなっているのがここからでもわかる。
「うりゃあああ!!」
「はああああ!」
二人の得物が、お互いの腰をかすめる。
そして素早く引いた二人の得物がぶつかり、市村のわずかに白く輝いた刃がトロベの槍を押し込み、彼女自身を押し込み靴の跡を作らせる。
そして、わずかな間と共に。
「ここだぁ!!」
市村の白く輝く剣がトロベの右脇の下を捉え、そのまま引き抜いてトロベの突きを受け止めた。
「ぬぐ……!」
見事なまでの得物の出し入れぶり、間違いなく達人の剣だ。
まあ本物の達人ってのはまだ見た事ないけど。トロベさえも反応できず、右脇の下から血を出しているのは事実だった。
「……負けを認めます」
そしてトロベは槍を投げ出し、潔いギブアップ宣言を出した。
「準決勝第1試合!勝者、イチムラマサキ!」
ものすげえ拍手だ。勝者も敗者も公平にたたえる拍手。
こうじゃなきゃいけねえんだろうけど、俺にはたぶん得られないし得る気もない。
「別の控室から出て来ないと兄上様が怒りますよ」
「わかりましたぁ!」
ギリギリの小股で足早に出たお姫様を右目で見送りながら、左目でお互いに頭を下げ合う市村とトロベを見つめる。
全く、住む世界が違うよな。セブンスやオユキ以上に。
とにかくそんな「異世界の住人」と戦うためにも、次の試合勝つしかない。
お姫様に持って行かれた時間を取り返すために軽く伸びをして体をひねり、オユキが敗れた戦いを少し思い返す。
あの空間、オユキの氷の剣を受け止めていた空間は一体どこから。手のひらか、それとも空間だけ作っていたのか。
だとしたらあの猛吹雪の間あのお姫様は一体どこに……。
「さて、準決勝第2試合の開幕だよ!」
と言う所で時間が来た。
俺が控え室を飛び出して受けた歓声は、市村の時の数分の一。
そして相手であるあのお姫様への歓声は、俺の数倍。
「正々堂々とぉ、来てくださいぃ!」
「俺は俺なりの戦い方で、あっさりと勝ちますので」
俺なりの決意を口から吐き出しながら、お姫様に頭を下げる。
「セブンス!私がぁ!あなたの恋人の力を見定めてあげますぅ!」
「ありがとうございます!」
「単純に喜んでるよ、目を輝かせちゃってさ。と言う訳で、そろそろいいかな」
「はい!」
で、VIP席のセブンスはすっかり有頂天になってるよ……。
恋人だって、ずいぶんとまあはっきりと……。
「開始!」
だから俺は、そのセブンスに応えてやろうと思った。
全くよそ見したまま、刀を振った。
左後ろに。
そして、俺がよそ見したまま振ったその刀は、何かに弾かれた。




