お姫様来襲!?
「オユキ……」
「私は大丈夫だから……」
「あのな、あんな回復魔法かけてもらって頭からも血を流して……お前休んでろ!」
俺の控え室にやって来たオユキは無理に笑顔を作るが、普通に打撃を受けてしまった事は間違いない。
正直あんな流血ぶりを見たのは実質初めてであり、顔が青白くなったのはむしろ俺かもしれない。
「でも本当に強いねお姫様、あれならばユーイチも一緒に冒険しても良くない?」
「でもさ、お姫様はお前に真っ向からぶつかって勝ったからさ、それがちょっとまずいんだよ」
「えー?」
「お姫様は俺に真っ向からぶつかって欲しいって言ってたからな、自分がそうしたからそっちもやれって言うんだろうな」
俺自身は真っ向からぶつかって行くことはやぶさかではない。
だがクラスメイトに一人の犠牲も出したくない俺からしてみれば、俺の突進はぼっチート異能で全ての敵を引き付けるための突進であり、決してすべての敵を薙ぎ払えると言う自信があるからやっている訳ではない。
「お姫様と言う名のVIPってのもさることながら、俺はある意味お姫様以上に特別な存在だって事を知ってもらわなきゃならねえ」
「そうだよね、ユーイチはアカイともイチムラとも、オーカワともリンコともモチヤマとも、そして他のみんなとも違うんだって事…………」
オユキは右手を少しだけ上げて俺の肩に乗せる。冷たい体のはずなのに、不思議と暖かい。あれほどまでに必死に戦って来た存在の、不思議な体温。
「ねえユーイチ、この戦いが終わったらあなたたちは」
「ああ、いずれはな。だがあるいは」
とか適当に会話を楽しんでいると、第三の客がやって来た。
「何をぉ、やっているのですぅ!」
「ああお姫様!」
勝者とは言えまるで乱れていないドレスをたなびかせながら俺の控え室に飛び込んで来たお姫様の顔は、オユキと好対照に赤くなっていた。
「あなたはぁ、負けたのですからぁ!」
「赤井や大川は下がったみたいですけどね」
「ですからぁ、あなたは第7ブロック用の控室にぃ!」
「せっかちな人だよね、だから勝てたんだろうけど」
お姫様は激しく身振り手振りしながら、オユキに向かって右手の人差し指と小指を立てる。
王家の人間がしていいのかよと思わせるようなポーズだが、本人は一向に気にする様子はない。
「あなたにはぁ!」
「失礼ながら俺はさっきも言ったようになんでもありの冒険者であり、それに完全なよそ者です。こちらで正しいことがあちらで正しいとは限らないのです」
「旅人の得は西と東の正義をもろともに知る事ができる事である。旅人の損は二城東の正義をもろともに味わわねばならぬ事である、ですかぁ?」
たまたま聖書の一節にぶち当たったように、俺にとって正しい事が誰にとっても正しいとは限らない。
己の欲せざる所を人に施すなかれとは古代の思想家のお言葉だが、己の欲する所を他人に施しても喜ばれるとは限らない。
「今あなたがすべきなのは俺との戦いに備える事でしょう。俺も準決勝での戦いを楽しみにしていますよ」
「ならばここで見ますぅ!」
「それはまずいんじゃ!」
「いいんです、姫ですからぁ!」
お姫様はオユキを押しのけて迫って来る。
オユキも離れるのを渋るかのように右手を俺の肩から離すも二、三歩ほどしか下がらず、じっとお姫様の顔をにらんでいる。
「私が勝ってぇ、あなたが負けたんですからぁ!」
「二人とも次は頑張ってね……」
結局その正論で押し切ったお姫様の手によってオユキは第5ブロックの控室を出たが、姫様は留まったまんまだ。
俺が手で退出を促すが、お姫様は椅子に座ってしまって動きそうにない。
「ですから元々の!」
「予選と同じと思えば!」
「さて残るは3試合、準決勝第1試合!イチムラ選手vsトロベ選手!」
で、んな事してる間に試合が始まっちゃったよ……
「これはもうぅ、一緒にいるしかありませんねぇ!」
「ええ……」
「私はぁ、あなたの事をぉ、もっと知りたいのですぅ!できればぁ!」
尻上がりの口調で熱っぽく話すその顔はますます熱っぽく、そして鼻息まで荒くなっている。
正直、見るに堪えない……。
「できれば何なんです?」
「あなたたちの仲間のぉ、誰も知らないぃ!」
「さてあの二人の対戦はどうなってるかな」
あまりにも予想通りかつ驕り高ぶった言葉に俺は完全に醒めてしまい、ぼっちのくせににべもなく切り捨てる真似をした。
「あっと」
それで強引に出入り口から中央の舞台を覗きに行ったら吹いたよ、また例の風が。
「ああもう、ユーイチさんって本当に冷たいですぅ!」
「俺はモテる男じゃありません、あくまで仲間たちは仲間たちとして公平に接するのが精一杯です。それにくどいですが俺はよそ者です、王家の権威など通用しません。まああなたの兄上様が俺らを好いているのでね」
「ジムナールお兄様は本当に不思議な人ですぅ、普段はあんなに喋れないのにぃ!ムーシお兄様がいなければジムナールお兄様はただ無口でつまらない人なのにぃ!」
「ふーん……」
出会いがあれば別れがあるってのは世の中の理だが、あるいはこの国のためには田口とは別れた方がいいのかもしれない。
いや「ムーシ田口」ってのは俺らの前でのある種の虚像でしかなく、田口にとっては俺らの世界こそ異世界だったわけだ。
お互い、自分の正しさを振りかざしてマウント取りなんてバカバカしい。
七十億人が一致する正義って一体何なんだろうな。
計算式?1+1だって10進数ならば2だが、2進数ならば10だ。
「ご覧ください、外での戦いを」
そう、外では、まったく違う世界の住人二人が激しい金属音を立てている。
オユキ「ああわかった、妻RUNってことなのね……ってちょっと!」
トロベ「どこが、つまらんのだ……アハハ……」
上田「トロベは特別だよ……まあ絶対受けないギャグなんてないけどな……」




