これもチート異能!?
投げ飛ばされておきながらあまりにも華麗な着地を決めてしまった俺だが、大川は全く動ずることなく迫って来る。
「うわあああ!」
半ばやけくそに刀を振り上げるが、大川の足取りは実に冷静だ。
大振りな攻撃を容易くかわし、懐に入り込んで来る。
「何を動揺してるの!」
「ちが、違わない!違わないったら違わない!!」
自分でも何を言っているのかわからない。
自分でも予想外の挙動に自分が分からなくなり、どうして自分の肉体がこんな真似をしたのかわからなくなってしまう。
ぼっチート異能とも違う、あまりにも不自然なほどに華麗な挙動。
「おっとウエダ選手どうした、逃げ回っているぞー!」
自分がどうなっているのか認識する時間が欲しい。となれば、いったん時間を稼ぐしかないが、大川がそれを許すはずもない。
となると、三十六計逃げるに如かずなのだ。
「ちょっとどうしたの!」
「どうもこうもない!」
大川が若干非難がましく叫ぶが、俺の知った事ではない。陸上選手の本領発揮だとばかりに、時間稼ぎに徹するのみだった。
なぜ陸上が好きになったか。それは走るのが好きだから。
なぜ駅伝が好きになったか。それは上下動の激しさが面白いから。
どうして俺はぼっちなのか。
そして、なぜ今回あんな真似ができたのか。
いろんなフレーズが頭の中に出て来る。
「まだ時間が要るんだよ!」
開き直ったように走り続ける。
その度に、頭が冷えて行く。
そして俺の頭に一つの答えが浮かび、そのまま体が動いた。
「こうだ!」
体を大きくよじりながら、追いかけて来た大川に向けて刀を振る。
乱暴に、強引に、無理矢理な一撃。
「まったく、ようやくやる気になったかと思ったら!」
大川は苦笑いを浮かべながら身をかわし、懐へと飛び込んで来る。
強引な体勢で放った一撃でバランスを失った俺には、赤井の突進を受け止める事はできない。
ぼっチート異能も何もないままに押し倒され、のしかかられる。
「ちょっとこれは危ないからね!」
「離せ!」
大川は俺の手から刀を引きはがし、右手を含めて四肢を抑え込んでくる。
体型も技もしっかりしたそれであり、動く事ができない。
必死に力を入れるが、それでも抜け出す事も跳ね返す事もできない。
「むぐ……!」
ここまで動けないとなると正直逆に笑えて来るがそれをこらえ、必死にうめき声を出す。
あまりにも華麗な技に感心したのもあるが、痛みがそんなにないのが大きい。
大川は歯を食いしばる事なく、俺をまったく自然に抑え込んでいる。
本当にすごい。柔道ってもんがどんなもんか未だに分からないが、俺とは全く物が違うって事はわかる。
ギブアップなどする気はないと言わんばかりに必死に体を持ち上げるふりをするが、そんな事などお構いなしと言わんばかりに大川は笑う。
「これはもうおしまいでしょ!」
「何を言う大川!」
「だったら逃げてみなさいよ!」
大川は実にいい笑顔をしている。
勝利によってもたらされたそれとは違う、目の前の俺との戦いを楽しんでいる顔だ。
決して、勝利を確信している顔じゃない。
「あの時、よくもまあ平気でいられたもんだな」
「平気じゃなかったわよ。でもぼっチート異能があるからあるいはって思ってたから」
「だからこうしてやって来たという訳か!」
俺も負けずに笑顔で返す。
こうなる事を承知でここまで来た以上、俺は心を折る訳に行かない。
「負けを認めるまで戦いは終わらない。だから俺はまだ負けを認めない」
「言ってくれるじゃない!」
「カッコイイだろ、ここまで追い詰められてから逆転するのって」
「不可能なことを言わないでよ!」
「不可能だと思ってたら言わないよ!」
大川の腕に力が入って来た。俺を物理的に抑え込もうとしているのが分かる。
だがその分だけ手が雑になって来た。
じっと耐える。技がほどけて行くのを感じられるようになるまで。
力を感じた所で、やっぱりぼっチート異能のおかげ様か「圧」は感じない。
まるで俺とは別の何かに向かって攻撃されているような気分だ。
「ああ……」
セブンスの心配そうな声もやはり遠く響き、俺の不安を煽る事もない。
「うう……!」
だが「ああ」の後に続く「うう」の声には不安が感じられる。
柔道なら闘志があろうがなかろうが一定時間抑え込んでしまえば勝負ありだがここではそうも行かない。
実際審判のようになっている執政官様はじっと腕組みをしているだけで、どっちが勝ったとも言わない。
早く勝ちって言えとか思ってる訳でもないだろうが、どんどん力が込められて行くのが分かる。だが俺には届かない。
そして俺もまた、決して油断するまいと歯を食いしばる。こうなったらもう耐久戦だ。
「ぐぐ!!」
そして、ついに大川が折れた。
強引に体重を乗せ、物理的に押し潰そうとして来た。
そうなれば!
「おっと!ウエダ選手、オーカワ選手の拘束から抜け出した!」
俺の体が大川の攻撃をすり抜け、体を起こす暇が生まれた。
「なんで!」
「やる気は元から満々だったよ!」
大川も直立する。
「まだやる気か!」
「もちろん!」
これがアスリートってのとも違う、柔道家の魂って奴だろうか。だが、足取りは怪しい。
俺だって息は上がり気味だが、そんな事はどうでもいい。どうでもよくないのは、この試合に勝つという意気込みを失う事だ。
「たいした意気だな!」
「そうよ!」
大川は正面から向かって来る。
「だけどな、試合に勝つってのは!」
どんなに汚くても、俺は勝つ方を選ぶ。これまでもそうやって来た。
だから!
俺も走った。大川に向けて走った。
そして身をかがめ、足を出しながら地面に尻を付け、そして一気に突っ込んだ。
「うわわ!」
――――スライディングが、決まった。




