心当たり、あり
「お前どうした、彼女のカジノの警備は」
「毎日そればっかりやってるわけじゃねえだろ。ユーイチ、お前こそなぜまたそんなボーっと突っ立ってるんだ」
「今日はこれが仕事だよ、っつーか遠藤に続きまた酔っ払いが相手とはな……」
「エンドー?あああのコータローの事か、とりあえず黒髪連中って名前が長いんだよな、お前もユーイチじゃなくてウエダユーイチなんだろ?」
ヘキトは依頼を見る訳でも酒を頼むわけでもなく、さっきまでそのエンドーが座っていた席にその肉体を預けた。
ウエダユーイチって名乗ったのはまだ三回目ぐらいだ。その内一回がこのギルドに名前を書く時であり、それ以外はセブンスとあの前の村長に名乗った時だ。
「っつーか朝から酒ばかり飲んでいいのか」
「酒は要らねえ、早熟茶をくれ」
「おやまあびっくりだねえ、酒が要らねえってかい……」
「昨日は早寝して朝っぱらから一発勝負かけたのによ……我ながらマジがっかりだぜ」
「カジノで大負けでもしたのか?」
俺の下らないギャグに言い返す事もなく、ヘキトは茶をあおった。何もする事がないのでウェイターになってやった俺に金を渡し、さらにもう一杯持って来いとせがむ。ヤケ酒と何にも変わらねえじゃねえか……。って言うか早熟茶が安い安いっつったって、コップ一杯で銅貨二十枚だぜ?パン一個とほぼ同じ値段じゃねえか。
「俺は戦士なんだぞ?その戦士が戦いを挑んで何が悪い?」
「それもまたギャンブルみたいなもんだろ、それで負けたんだろ?なあ認めろよ、っつーか教会に行け……」
「うっせえよ……ああイテテ……」
ヘキトは赤い肌をさすりながら、茶を飲む。寝てれば治る訳でもないような怪我については、やっぱりノワル教の僧侶様に祈ってもらうしかないようだ。赤井だってそれで金を稼いでいたし、決して悪い話でもない。
しかしもし俺がこの世界に来たばかりだったら見ただけで言葉を無くしていたかもしれないほど、ヘキトの傷は多かった。
「あんたほどの強者がここまでやられるだなんてな、何やってたんだ」
「一騎打ちを挑んだんだよ。強い相手と戦うのは戦士の仕事だろ。それで負けたんだよ、ああ負けたんだとも!」
一騎打ちっつーか、決闘したらしい。それでひどくボコられて、こうして尻尾撒いて逃げて来たって訳か。
「一騎打ちなんてあるんですか」
「あるな、まあ本人同士の了解がなきゃ成立しないけど。にしてもずいぶんと傷だらけだな」
「ああ、その一騎打ちをあの女に仕掛けて惨敗したんだよ」
「あの女?」
「そう、めちゃくちゃでかい女だ。黒髪のな」
「黒髪黒髪って言うけど、そんなに黒が珍しいか?」
「ああ珍しいな、あいつは少し薄かったけど」
この世界黒髪どころか、茶髪さえいない。ほとんどが色の濃淡こそあれど金髪であり、さもなければ白髪かハゲだ。若くて白髪、って言うか銀髪な人もいるけど、黒は本当にいない。
それほどその手の事に厳しくない学校だったから染めてるやつもいたけど、ひと月もすれば染めてるやつも染料が切れるだろう。
「しかしどんな得物を使ってそんな傷なんかつけたんだよ」
「何にもねえ」
「はあ?拳で殴られたか?」
「いいや、ただ投げられただけだ。どんなに挑みかかっても見事に投げ飛ばされちまう。この傷は全部俺の得物が当たっちまった結果だ」
笑おうとしていたギルドマスターだったが、あっとなった俺の顔を見たせいか口を大きく開けている。笑おうとしてやめたのだろうか、正直ヘキトとどっこいどっこいのマヌケ面だ。
俺は、そんな事ができる存在を知っている————————