本当に魔王の首だったらしい
いよいよ後もう少し、第十四章開幕です。
「魔王の首って簡単に言われても!そんな、そんなのがよくわかるな!」
魔王の首とか言うありえない物体の落下に、執政官様を除くほとんどすべての人間があわてる事さえできずに大口を開けていた。
かろうじて俺がため口で叫ぶと、執政官様はその首を素手で取って兵士たちに見せた。
団長さん以下全員が動揺するのにも構う事なく、見せびらかした。
「さて、紛れもなく魔王の首だ。この魔王が死んでしまった訳だけど、別に戦いが終わった訳じゃないからね。そこんとこ勘違いしちゃダメだよ。
むしろ後ろに敵がいなくなったねって、浮かれ上がって攻めて来る奴がいるから。言っとくけど死んだのは魔王だけだからね、あるいは影武者かもしれないしさ」
世にも恐ろしいはずの魔王の首を素手で触る姿と来たら、どんな化け物よりも怖く見える。
みんなに見せつけるようにあっちこっちに銀髪に青い顔をした魔物たちの最高権力者の顔を、遠慮なく見せつけるその姿はただただ凄まじかった。
「しかし魔王の顔だなんて、みんな知ってる訳ないでしょ!」
「いや知っております、紛れもなく魔王の顔です、百年前から伝わる………」
「団長さんもこれが魔王だと」
とりあえず吠えてみたが、ピコ団長さんもタユナ副団長さんも、ムーシやテリュミ姫様もうなずいている。
「困った時の魔王頼みなんて言う話もあってね。魔王によって飯を食ってる人間は多いんだよ、例えばフジイとかも」
「え?」
「女神様の絵を描く事ができないからね、その反動のように忌むべき存在である魔王の絵はたくさんあるんだよ。聖書とは別に「魔王は貧者を救う」とも言われてるからね。
売れない画家が魔王の絵を描いて教会に納め、それで小遣い稼ぎをしている話は全く珍しくないんだよ。もちろんマサヌマ王国でも魔王の肖像画はあふれかえったよ、魔王自ら魔王の絵として買い取らせてたからね」
魔王が魔王の絵を売る事を広めるだなんて、まったくしたたかと言うか恐ろしいお話だ。
で、そんな魔王の絵たちの中でも最高級品は演説などの際に「倒すべき敵」として用いられ、二番手は位の高い僧侶に配られ、普通程度の物は各信徒に配られ、そして一番下のはうっぷん晴らしと言うか訓練の的にされてたらしい。ずいぶんとまあよくできたビジネスだよ。
「とは言えもう少し時間が必要だからみんなはいったん下がっていい。正式に魔王の首を確認できるまではいったん休憩って事で、少なくとも今日いっぱいはいったん引き上げって事で」
そしてそんなあまりにもあっけらかんとした解散命令により、俺たちは何が何だかよくわからないまま執政官様と共にコロッセウムを出た。
「って言うか魔王の首ってわかるんですか」
「魔力の流れって言うのがあるんだよね。ムーシ、ちょっと頼むよ」
「了解です兄上」
「まあ、時間はかかるけど正確な答えが出るだろうから、しばらくは客間でゆっくりしててよ」
そしていつの間にかあのソウギさんもいた。
「いやいや、騎士団があの不祥事をやっちゃったからね、その分の仕事をギルドに回してるだけだよ。本来ならば騎士団にやらせて立場を思い知らせるつもりだったけど、その必要もなくなったからね」
「不祥事の責任は」
「部下の不祥事の責任を取るのが上司の仕事じゃないか、ピコ団長には今回の話とガシャの要求を丸吞みする事でけじめを取らせたよ。それから彼の弁償もね」
ピコ団長さんはそんな事一言も言わなかった。確かにあれは騎士団の不祥事ではあるけど、一番責めを負うべきはあのカンセイじゃないか。
「ソウギ、ピコ団長は変わったよ。あんな私が死ねと言ったら簡単に死ぬような人間が、かなり人間らしくなったからね」
「そうですか、それなら後で少し会わせていただきたいのですが」
「ああいいよいいよ。じゃあムーシは一緒に来て、ソウギもおもてなしが終わったら執政官室までおいでね」
ソウギさんは慣れない手つきで椅子を引き、一杯ずつ完熟茶を入れる。
その分だけ味は繊細さを欠いていた気もするが、逆にそれがありがたかった。
「ここのギルドの職員さんは執政官様や騎士団長ともしょっちゅう対面するんですか」
「まさかそのような、でもあなたたちを見ていると何だか納得も行きます。自分がただ背伸びをしている子供にしか思えなくなった事もありました」
「それは」
「シンミ王国の人間は大戦を経験し、その上にその勝利がまったく偶然かつギリギリのそれであった事を深く認識しています。ですからこそその内情を覗き見られる事を恐れておりました」
「王子様の亡命先であった国は戦争とはおよそ縁遠く、その上でその強さである事が我々を少し刺激していたのかもしれませぬ」
日本が平和なのかどうかは俺にはわからない。わかるのは、この世界よりはずっと平和って事だけだ。
「そんな平和もひとりで簡単に崩れますけどね」
「ひとりとは」
「あのミタガワエリカは四六時中噛み付ける場所を探しているような人間でした。
自分の言う事をなぜ聞かないのかと正論でまくしたて続け、反発すればその倍の力をもって目に物を見せに来る、それも決して世の道を外れないようなやり方で。逃げようとすれば怠惰だの没落だの圧力を持った言葉と嘘のない涙で心を両面から責め、迫られて追従して潰れてしまえば心構えが悪いの一言と共にやはり心底から嘆きます」
あるいはとか言う予感がかすめる前に、またひとりの男性がやって来た。
「あれは間違いなく、本物の魔王だったよ」




