遠藤幸太郎の暴走
「お前はこんな所で何をやってるんだ」
「赤井と市村はどうしたんだ」
「あの二人なら今日はハンドレさんのカジノの見張りらしいよ」
「フン……十五歳がカジノで一日過ごすだなんてな……それこそ世も末だと思わないか?」
遠藤は相変わらず不審者を見るような眼をして俺をにらむ。人からの悪意にもぼっちだったつもりの俺だが、それでも遠藤の悪意は伝わってくる。
「あの二人が遊ぶために入り浸るような奴だと思うか?」
「わからんぞ……」
「そんなに疑心暗鬼になってどうしようって言うんだよ?あまりしょい込むんじゃねえぞ?っつーかお前はランク何だっけ?」
「Xランクだよ……忘れたのか?」
「ボーっと座ってねえで依頼探せよ、あんまり残ってねえけど」
依頼ってのはどんどん消化されて行く。常設依頼って言う条件さえ満たせばってのはなくならないようだが、それでも率のいい依頼はどんどんなくなって行く。何もない場合は本当に今俺がやってるここの警備やコボルド狩り、あるいはその側の山に生えてる薬草狩りやあるいは金の取り立てなどの護衛。それぐらいしかなくなっちまうらしい。
もちろん金の取り立てなどは違法か合法か(って言うかこの世界の合法な利子って奴を俺は知らねえけど)関係なく、時には泣いてる庶民様を蹴倒すような真似も強いられる仕事で正直酒場警備以上に人気がないそうだ。
「ランクがある程度あってかつ出遅れた冒険者ってのは、こうしてここでグダグダしている事も多い。それこそ常設依頼でもやってりゃいいのによ……」
「言っちゃ悪いけど手元に報酬として支払える金あるんですか」
「あるよ、たまに銀貨や銅貨が足りなくなって釣りをもらう事はあるけど。この前は銀貨八十枚の依頼に金貨を出すしかなくなってな」
「ならいいんですけどね……」
言っちゃ悪いけど、正直面白みのねえ酒場の壁なんか眺めて何をしたいんだろう。俺は任務だから誰かが不埒な騒ぎを起こさねえか心配する義務があるが、こいつには何もないはずだ。
「遠藤、お前まさか自分の力でも気にしてるのか?」
「そんな訳あるかよ、きちんと出したり引っ込めたりできるからな!」
遠藤が黙れと言わんばかりにテーブルを殴りつけると、ものの見事に穴が空いた。
それもすっぽり抜けた訳じゃなく、文字通りの粉砕状態。ああ、顔におがくずがかかるじゃねえかよ!
幸い俺自身はこの力《ぼっチート異能》で回避できたけど、床が汚れまくりだぜ!
「弁償しろよ……」
「ああ…………」
弁償はこのテーブルが使い古しだったせいか銀貨五〇枚で済んだが、それでもわざわざ貴重な金をこんな形で浪費するなんて、怒るより先に情けなくなっちまうぜ……。
「やる事ないんなら稽古でもしてろ、それが一番だぞ」
「フン……!ああそうさせてもらうよ!」
「だいたいさ、なんで俺にあんなに喰ってかかったんだ?その話を俺は聞いてないぞ?」
「あれはだな、あくまでも目の前の少女を守ろうとしてだな!」
「俺と山賊の区別も付かねえのならばマジで寝てろ。その方が体にいいぞ」
遠藤は鼻息を荒くしながら大股でギルドを飛び出して行った。
邪魔するんなら押しのけてやると言わんばかりに足音を立て、その度にギルドの床が揺れまくる。あいつ体重何キロだったっけ?
そんな風にまったくみっともねえ形でこの世界に足跡を残したあの男の背中が消えるや、俺はギルドマスターにひたすら頭を下げまくった。
「お前さんが悪い事じゃないだろ」
「前はそんな奴じゃなかったんですけどね……」
「ああ、冒険者になるのは確かにお手頃な金稼ぎの手段だ。このテーブルを作る職人の月給が銀貨三六〇枚、王城に卸すほどのどんな腕利きでも金貨二十枚だからな。
でもその結果死ぬ奴もいれば大けがをする奴もいる、そして性格が歪む奴もいる」
毎日三十匹のコボルド狩りができれば銀貨一五〇枚×三〇日で四五〇〇枚、つまり金貨四十五枚。相当な高給取りだ。もっともそれだけやっているとランクが上がってコボルド狩りはできなくなるらしいが、それでも魅力はある。
「そういう一攫千金の魅力に取りつかれた男たちのために、カジノとか酒場ってあるんですね……」
「何かお前おっさん臭いな」
「赤井が言ってたんですよ、こつこつ稼ぐ人間は遊びも地味であり、豪快に働く人間は遊ぶ時も豪快だと。ああ、この辺りだと海ないですけどね、海の人なんかもみんなそうらしいって赤井が言ってましたよ」
赤井は俺らよりずっと、こういう世界の事に詳しい。三ヶ月ごとに二ケタ単位でアニメを見まくり、勉強以外はすべてそれに費やしてると豪語しているような奴だから実際その分だけいろんな世界を見て来ていた。
「船に乗り数ヶ月、船が沈めばそれこそおしまいの世界。ようやく解放された時は何の悔いも残さぬように遊ぶだけ遊ぶ、それが海の男なのであります!」
冒険者もまた同じだ、ひとつ間違えば即死の世界に生きている以上、娯楽だってどうしても派手になる。俺みたいに金を惜しみまくるのがむしろ特別なのかもしれねえ。
「まあ、これは俺のおごりって事で」
「ありがとうございます」
そんな俺に、マスターは早熟茶を出してくれた。器こそまるっきり西洋的だが、味は俺の知ってる緑茶と変わらねえ。完熟茶(紅茶)も嫌いじゃないけど、しょせんは値段の問題だよな、本当……。
「早熟茶の需要は本当に増えたよ、お前さんたちが来てからな……それが安いのが悩みなんだけどな……」
「それはその……」
「ああそれはいいよ。そしてそれからもう一つ、こっちのがむしろ大問題でな。
実は俺、このペルエ市からもう二〇年以上出てないんだ。だからお前さんたちの仲間が欲しい欲しいって言う魚ってやつがよくわからねえんだよ」
魚。そう言えば俺は、もうひと月近く魚を食っていない。セブンスと出会って数日後の時に川で取った魚をセブンスが煮てくれたけど、まったくやり方がわからなかったせいかひどい煮くずれを起こしてボロボロになってた。まあ味は良かったけど、それ以来セブンスの方が自信をなくしちまった。
そんでこのペルエ市の西は山村のミルミル村、東はコボルドと薬草の山、そして南は山道とその先はお城……なるほど海に縁がない。
「魚が食いたい魚が食いたいってな、そのために北のクチカケ村まで行った女もいたよ」
「クチカケ村ってのは漁村なんですか?」
「とんでもねえ、雪山だよ。夏でもこの辺りの春ぐらいのあったかさしかねえ村でさ、それで断念して今頃は尻尾撒いて逃げて来てるんじゃねえかな」
「ずいぶんと食に熱心な人もいるんですね」
「ああ、かなりデカい女だったよ、しかしWランク冒険者でもどうにもならねえ事はあるよな、いやマジで……」
魚を欲しがる大柄な女……このペルエ市でもミルミル村でも魚を食うような風はほとんどない。食いたがるのは魚の獲れる地方から来た人間か、もしかしてその地方ってのが俺らの……!?
「おう兄ちゃん、何ボーっと突っ立ってるんだ!」
……まあ、俺に勝手に突っかかって倒れた、妙に傷の多いヘキトとは多分関係ねえだろうけど……。