カンセイVSテリュミ
テリュミお姫様が、はっきりと俺を狙い出した。
「私は、ウエダユーイチに、力を見せる……」
よしと言いたいけど、どうにもこうにも攻撃がわかりゃしない。
「空間を縮め、押し込み、そして参ったと言わせる……!」
予告してくれているが、剣や炎魔法氷魔法と違い、空間魔法って奴は見られない。
俺をハブってるのかどうかさえも分からない。
「ウエダ君、空間魔法の攻撃は集中力ありきだ。何、そんなのはみんな同じだって?そんな事は言いっこなしでさ、空間そのものをぶつける事はできないからね」
「攻撃としては」
「空間を歪めて相手の動揺を誘うか、さもなくば今テリュミが言ったように空間を作り上げて放り込みそこに送り込んで圧殺する」
「さらっと凄い事を」
「炎魔法は相手を焼き、氷魔法は相手を凍らせるためにある。剣だって相手を殺すためにあるんじゃないか。もちろんそのランクまで行くのはまだ無理だろうけど。そんなんじゃHランク冒険者には勝てないよ」
「ううううう……!」
またお姫様が力を込めている。空間を作って俺を放り込み、そこに閉じ込めて押し潰す気だろうか。
「すみませんねそれは嫌なんで、お二人には後で許可と叱責をもらいますんで」
俺はとりあえず今までと同じようにゆっくりと近寄り、適当にビンタでもしてやる事にした。
「武器なしでの戦いも慣れちゃったな、今度大川に柔術でも教えてもらおうかな」
「私はそんなに教えられるような腕じゃないわよ、と言うかそんな簡単じゃないわよ」
「正直まじでこういう時こそ大川の出番なんだけどなー」
「無理よ、十センチ前にいるんだから」
って言うか空間魔法がまだ生きてるのかよ。俺から見ると数十メートル離れているってのに、この調子だとみんな大混乱してるんだろうな。
だが実際、お姫様はずいぶんと軽やかな足取りで逃げる。その上で武器はないようで魔法を散らしまくっているようだが、当たっているのか否かすらわからない。
「みんな、じーっとしているだけでいいんだ。決して何もする事なくさ。どうしても怖いんなら目を閉じて寝ちゃっててもいいよ」
「あのー!」
「お姫様が兵士を叩いても私たちから怒られるだけでおしまいだけどさ、兵士がお姫様を叩いたらその兵士の人生がおしまいだよ」
で、執政官様は相変わらず凄い言い回しだ。
でも確かに空間魔法によって空間と言うか見た目が歪んでも、中身は何も変わらない。
確かに俺らはいるし、武器はあるし、大地もある。それは何にも変わらない。
だから何も変わらないって現実から目を離す事なくじっと構えその上で最善の行動を取らなきゃいけないって口で言うのは簡単だが、大川の有様を見る限りこの状況でそれは無茶ぶりでしかない。
「でも冒険者ってのは気まぐれなもんだよ、キミカ王国から不仲だったはずのトードー国にやって来て平然とここまで来た。冒険者様が王家に無礼を働いた所でしょせんは冒険者に過ぎないんだよ、引き留めるのだなんて土台無理なんだよ、本気を出してもね、誰にもね、ハハハハハ……」
あまりにも気持ちよく笑っている。自分が招いたも同然のピンチなのに、実に楽しそうに笑っている。
「兄上は!生まれた!時から!」
「何を言うんだよ、私は次男だよ?シンミ王国の後継者の座はすでに兄上の物だって決まってるんだ。私にはそんなもんは手に入らないよ!お前は何が欲しいんだ?」
「私は!まお、いやこのウエダユーイチを!」
「キミカ王国じゃお姫様が市井の冒険者を側近にして暴走した話があるよ、東で起こった災厄が西で起こらぬわけはないでしょ。
どうしても一緒にいたいんなら、国を捨てるか完全服従を誓うかしかないね、それをしなかったのが原因なんだから」
「魔王様、の、ため、ここにいる、全ての女子を凌駕し!」
……どうもお姫様の口がおかしい。
「だいぶ弱ってきたようだね」
「一撃も加えてないのに?」
「女ってのはわからないもんだよ、一見奔放で、ちょっとわがままなありふれたお姫様に見えるけど、やっぱりわがままだったりして」
「何が言いたいんですか」
「テリュミはねえ、君を自分の夫にしたいんだよ」
「へえ」
へえとしか言えなかった俺は、既に分かっていたのか、それとも単に覚めていたのか。
お姫様の目からするとたぶん後者なんだろうけど、自分で自分の顔が見えない以上どっちでもいい問題でしかない。
「その件に関してはノーとしか言えませんけどね」
それより言うべきことは言わなければならない。
「俺は別の世界から来た存在です。全てが済めばこの世界を去る予定です。あなたはそれに付いて行きますか?お姫様の特権も何もない世界に。ただの庶民として」
俺はこの力のせいで人より覚悟をして来なかった事はわかっている。それなのに相手に覚悟を求めてしまうのはひどく図々しいお話だろう。
とは言えこの世界に庶民としてやって来た以上、同じ経験ができるのかと言う話だ。
「や、やめ……」
太い声が、いつのまにか闘技場の隅っこにいたお姫様の口から聞こえて来た。
「わた、わた、しは、修練を怠らず……!」
急に高くなり、そして低くなる。
「あな、えを、離さ、逃さ、ない……!」
声が混ざっている。
今しかないと思った。
「さあ、俺に向かって来てください!悪意がなければできるはずです!」
その俺の言葉と共に、お姫様がものすごい勢いで突っ込んで来た。
「あ、こら、や」ウエダさーん!」
二つの声と、指の鳴る音が響く。
俺はお姫様に突っ込み、抱き止める。
絶対離すまいと、全力を込めて抱く。
そして、赤井の手のひらから光線が放たれた。
まっすぐに、お姫様を撃ち抜きに向かった。
「よし!」
俺をすり抜け、お姫様だけに直撃する光線を。




