執政官様マジ怖すぎ
テリュミお姫様の純白だったはずのドレスもくすんで見えるのは、カンセイに取り憑かれたせいだろうか。
さっきまでの年相応、身分相応にハイテンションで適度にわがままだった無邪気なお姫さまの姿は一瞬で消え失せ、そこにいるのは目の血走った暴虐で自慢話が好きそうなお姫様だった。
「お兄様……」
「テリュミ、どうしたんだい」
「お兄様もおかしいんですよ、もう少し口下手だったはずなのに……」
「悪いけどカンセイ、いくら君を痛めつけてもテリュミへの打撃はゼロだよ。ガシャの傷はあくまでも正当防衛でウエダユーイチに殴られたのと、そこの副団長が加えた腹部への一撃が全てなんだから」
でさっきまでカンセイが取り憑いていたガシャはと言うと、これまでのがウソのように目を丸くし口もだらしなく開けている。
「それが本来の顔か」
「心の中では見られたくない顔をしてたんだよね、ずっと。あの二人の前ではできない顔を」
縛られたまま涙目になったガシャの顔を、二年前までは情けないと言って殴り飛ばしていたかもしれない団長と副団長の二人は、さっきからずっと力なくうつむきっぱなしだった。
「まあいずれにせよ、君の役目はもう終わったんだ。消えてもらうとするかな」
「何を言うんです、お兄様。お兄様のような真面目な執政官様のことは高く評価しますけど、私、目先の欲望にかまけて大事なことをおろそかにするような人間は、ああ」
「取り繕う必要はないよカンセイ、それがお前の本音なんだろう?王の舌から出た言葉も民の舌から出た言葉も同じ言葉だってね」
「魔王様はじっと力を蓄え、その上で人間の国を乱している。その遠大かつ壮大な計画を邪魔させるわけにはいかない」
「遠大なる計画ね、だが所詮遠大なる計画は遠大なる計画でしかない。目先の得点を稼いでおかないと失敗したときに打撃が大きいよ?」
「ジムナール執政官、壁に向かって話すのをやめたらどうだ?」
「君こそ偽物の壁の裏ではしゃぐのをやめる事だね」
あ、やったな。いつのまにか、やっていたな。
「セブンス!!」
「ああ、えっと、こっち、ああこっちですよね!」
「甘いわよ」
と言う訳でターゲットを俺に絞らせようとしたが、セブンスの歩みがおかしい。
右斜め後ろで一団になっていたはずだってのに身振り手振りしながら千鳥足で歩き、普段の数分の一の速度でしかこっちに近付いて来られない。
「あの、えっと……」
と思いきや、既にセブンスまで空間魔法にかかっていたらしい。
うかつに弾を飛ばせば流れ弾となる危険性がある。
「この状況!この状況!」
「お、落ち着いて、うえ」
「ちょっと何やってるの!」
どうしようと思いきやなんか騒がしいのであわてて振り返ると、トロベが大川の頭に強く手を当てていた。
「ああ悪い悪い、ここかヒラバヤシ殿」
「えっとなんですか、ああ耳を触らないでください」
「良かった、ちょうどヒラバヤシ殿の口だった……まあとにかく今は静かに、静かにな、と言うか獣耳って案外感触がいい物だな」
「ははぁ、なるほど……」
「いやいやそのような、今はその、声をむやみに……」
「ああもう!みんなそんな事やってる場合じゃないんだよ!ほら!ほら!」
倫子の狼耳に少しだけ萌えてしまっていたっぽいトロベやそこにツッコミを入れた執政官様はさておき、とにかく俺は叫んだ。
「わかりました!」
その声に応えるかのように、俺の頭に、乗っかった手。
紛れもなく、セブンスの手であり、セブンスの声だった。
「行け!」
俺の頭が、真っ赤に光る。
「来たぞー!!」
目がダメなら口で言えばいいじゃないか。そうやって健在をアピールし、存在もアピールしてやる。
「これが、ねえ……」
「その通りですよ!もうこうなったら俺を狙う事しかできなくなりますから!」
そして素手での戦いも慣れて来た。
今回はあのお姫様を取り押さえるだけでいい。
そうすれば後は赤井が何とかしてくれる。
ああ、カンセイが魔法を放とうとしている。
どうせ無駄だ。
俺を仲間はずれにする攻撃に何の意味もない。
俺は勝利を確信して歩みを進めた。
「き、消えた!」
「姫様はいずこか!」
ん?
「なんだよ、頭だけ出して埋まってるぞ!」
「ああ俺の前に小さくなって浮いてる!」
あれ?
「わわわ、姫様!姫様ぁ!」
おやおや?
これ全部、明らかに空間魔法じゃねえかよ!
「ええ……?」
おかしいな、カンセイがこっちを狙って来ない!?
「そんな一撃でこっちを自由にできると思うな……」
「ああはしたない!」
「お姫様とやらの力を矛とし、同時に盾にしている。見せてやろう、特別に」
テリュミ
職業:魔物
HP:300/300
MP:670/700
物理攻撃力:80
物理防御力:200
魔法防御力:1199
素早さ:400
使用可能魔法属性:空間魔法
特殊魔法:ステータス表示
っておい何だこれ、ステータス表示!?
って言うかもしかしてこれ、お姫様の数字+カンセイの数字なのか?だとしたらヘイト・マジックが効かないのもしょうがない、と言うかまずい!
「って言うかステータス表示って!」
「これはあのお方から教わったものでな、非常に便利だろう?お前たち数字だけでは強そうだが、実際にはこんな物だと言う事だ。努力を怠るからこうなるのだ」
ステータス表示なんてご都合主義の極みみたいなシロモノを俺らはともかくまさか魔王様までも実行して来るのかよ……。
「いずれは魔力を使いこの国の視界をぐちゃぐちゃにゆがめてやろう、空間魔法の力を思い知らせてやるのだ、この世界に」
「ふーん、それでウエダユーイチに大嫌いだって言われるんだ」
っておい、またまた何を言ってるんでこの執政官様は。
って言うか田口、何をやってるんだ?何手を執政官様に向けてるんだ?思わず俺の真後ろにいたセブンスも大口を開けてるじゃねえかよ……。
「はあ?」
「本当はこの城での魔法の訓練とパーティーと礼儀作法を学ぶだけの暮らしに飽き飽きしていて、ほんのちょっと羽を伸ばそうにも両脇からがっちりと抑えられてて、内心鬱屈が溜まり切っている所に飛び込んで来たイレギュラーな現象。そりゃ楽しくない訳がないよね?」
「このカンセイには関係ない!」
「君の話は聞いてないよ。本当は自分の魔法がどれだけ通じるか他流試合をしたかったんじゃないの?でもやりたいって言えばクッキー一枚を八分の一に分けて残りを毒見して渡すような臣下ばっかりだからね、夢のまた夢だったんだよね」
八年間行方不明だったとは言え男の田口でさえも乳母日傘だったピコ団長とそのピコ団長を尊敬しているだろうタユナ副団長だから、こんなお姫様に何を言って来たかは想像に難くない。
「わずか三ヶ月足らずでHランクにまで上り詰めた冒険者、しかも八年ぶりに再会した兄の友だち。そんな興味津々の存在が、その上にモテモテなことに内心腹を立ててるんだろ?」
「モテモテって!」
「いや実際、五股すら許されるんだろ?Hランク冒険者ともなればそれこそその肩書だけで集まって来る人間は多くなる、それこそ体を許す女だってね。
残念だろうねえ、せっかく見つけたいい男がこんなに多くの女に囲まれていて隙がないんだからねえ、アッハッハッハ……」
「ふざけ、ないでよぉ……」
へ?
「私は、別にぃ……!」
「お姫様ってのはねえ、欲しい物は何でも手に入る。そんな人間だよ?今回もまた欲しいんなら取ればいいじゃないか、今度は自力でだけどね」
おいおいおいおい!
「わか、った……」
「いやわか」
「私の手でウエダユーイチを負かし、私の物に、してみせる……」
……こんなのってあるのか?




