もしもちゃぶ台があったら?
「さてカンセイ、キミはどこから来たんだい?」
ガシャの頭から抜け出たカンセイ――――霧状の魔物は宿主の頭に浮きながらこっちを見下ろしている。
タユナ副団長さんですら腰が引けてるのに、腰の通じるように見えない剣一本でどうしてここまで大胆になれるんだろうか。
「全部見破られているから言う事はない」
「フフフ、ありがたい言葉だね。ちなみに二年前からこのガシャに取り憑いてたってのも正解かい?」
「正解だ。まったく、お人好し二人が信頼を得ているからたやすく入り込めたのに、と言うかお前はどこで気付いた?」
「二年前からとは言わないけどさ、一年半前ぐらいには怪しいなって思ったんだよね。
ガシャは私と十三年間付き合って来たんだ、ロッド国との戦争の時からずっと。たかが半年や一年の訓練ごときで人間は変わらないよ。しかもあんな女好きじゃないよ、女の子が好みそうな物が好きなくらいだよ、ねえそういうの嫌いだったんでしょピコ団長、タユナ副団長」
トロベがいる以上ジェンダーフリーについてそんなに厳しいとも思えないが、それでも戦死した英雄の息子が料理人や掃除屋とかになるってのは正直世間体としては良くないのかもしれない。
その英雄様がどんな遺言を残していたのかは知る由もないが、団長さんと副団長さんからしてみれば行かないで欲しい方向に行っていた事は間違いなかったんだろう。
「あ、いや、その……男子には男子の役目があると、いかにも女々しくみっともなく見えたので半ば……」
「それで女に貪欲なのは見過ごしてたんだよねー、自分が枯れてるのにー。本当、この国をマサヌマ王国みたいにするところだったよ、いやあよかったよかった」
「まったく、改めて恐ろしい男だ」
カンセイさえも感心している。もし手があったら拍手してその胆力を称えているかもしれない。
「ああ言っておくけど私は弱いよ。それにここで取り憑いてもその瞬間どうなるかはすぐわかるよね」
「ああそうだな!」
「まあ、専門家様だって無理だよ。今彼は少し驚いてるけど不安はないもの」
「まったく、憂国の士って奴は本当に使いやすい。それと心にずっと不安を抱え込んでいる奴が加われば最強だったのにな」
「言っとくけどあの二人も無駄だからね」
団長さんと副団長さんはもう顔も上げられなくなっている。
自分がやって来た事が逆効果だと思い知らされたんだから、成長と思っていたのが乗っ取りだったんだから、ショックを受けない方がおかしい。
「あの魔王対マサヌマ王国の戦争の後、旧マサヌマ王国の国民は各地に散った。その際に多くの人間が当時のロッド国に入った、そのせいでロッド国はシンミ王国との戦争に負けたというのがシンミ王国内での学説だ。
ウエダユーイチ、なぜかわかる?」
とか油断してたらすぐさまこっちに来た。本当、抜き打ちテストを受ける時ってのはこんな気分なんだろうか。悪意がないからこそ避けようがないのは本当にきつい。
「えっ、いや、その。マサヌマ王国って聖書絶対主義でしたよね」
「そう。それで」
「ですからその、聖書が絶対的な正義であり、聖書さえ守っていればいいと。それで聖書に代わって新たな正義を求めて、それでかなり急進的になって、あれ?」
「どうしてそれが魔王に向かわなかったのかって思ってるでしょ、でもマサヌマ王国の中で出世したのは僧ばかり、そして亡命先で高い権力を得た真面目な僧ってどんなのだと思う?」
「自分に厳しく、常にストイックで、そして他人には優しく…………」
「ご名答だよ。と言うかそういう人間はどこでも重宝される……やっぱりねえ、そうだよね、しんどいよね……」
何とか切り返して事なきを得たものの、その後どっかで聞いたような曲の詞で二人にさらっと攻撃を加える執政官様はつくづく怖い。
真面目でストイックと言えば聞こえはいいが、そんな事ができるのは文字通りの高僧だけ。
大多数の俗人には土台無理な行いだ。
「別にどこから来ても兵は兵だよ。それだけだよ。ただ他人が自分たちのようにうまくできる、またはうまくできない事は考えておかなきゃいけない。それを怠るとかつてのマサヌマ王国のようになっちゃうからね。親鳥が右へと進む中産み落とした卵から孵った雛が左へ進もうとも雛を責めるなかれってね」
「聖書の一節ですか」
「聖書ってのは暗記するもんじゃなくて引き出して使うもんだからね。ウエダは聖書をまともに読んだ事がないはずなのに大したもんだよね」
マサヌマ王国の悪政がこうして他国にまで影響を与えているのを思うと、ただただ単純に政治家が偉いと思えて来る。
地頭が良い上にこんな風にためらいもなく物が言える人間が総理大臣ならば日本は平和かもしれないとか思ってしまう程度には、俺もこの執政官様に取り込まれていた。
っておい、一番肝心な存在を忘れてるんじゃないか!
「ああ!」
「姫様!」
っておい、姫様!?
「あ、あ……!」
ああ、間に合わなかった!
いや間に合った所でどうにもならないが、とは言えこうなってしまうと非常にヤバい!
カンセイが、テリュミお姫様に取り憑いてしまった!




