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「話をしよう」

「魔物と言うとカンセイ」

「ああ、このガシャに取り憑いている奴だよ」


 執政官様は自ら引きずって来たガシャを倒し、その顔をこの場にいる全員に見せつける。


「すごいざわつきぶりであります」

「うわ……」


 ガシャの顔は醜く歪み、歯を食いしばり目だけでこっちを殺そうとしている。


 この修羅場に慣れていそうな市村でさえもそんな風におののくほどには恐ろしい顔をしているというのに、俺は嫌と言うほど覚めていた。



「カンセイと言うのは人に力を与える。

 タユナ副団長、ただの小間使いだったシカフーがお前たちの数倍の速度でこの執政官邸を抜け出し絵を盗んで逃げ出そうとした。

 タユナ副団長、キミは二年前にシカフーを拾って育てたんだろ?」

「え、ええ……」

「今でこそ多少筋肉は付いたがその時は文字通りの食い詰め者でかなりヒョロヒョロだったんだろ?

 当然まともに動けないし、その時すでに中年だったからまともに成長する余地もなかったし。ここにいる兵士の中でシカフーと戦って負けるような奴がいると思う?」

「それは」

「だからこの場でこのガシャを解放すれば損害がどれだけ出るかわかるよね?」


 執政官様は相変わらずものすごい。


「で、だ。君らはこのガシャをどう思ってる?もちろん知っている範囲内で構わないけど」

「豪快で勇猛な兄貴分だと」


 半分からはそんな褒め言葉が出る一方で、もう半分からはため息が出る。

 それで褒めた側の人間の鎧はみすぼらしく、ため息を吐いた側の人間の鎧はきれいだ。

 そういう処分を受けている事がもろ分かりであり、実に公正で公平なお話だ。


「わかるだろう?カンセイは人間に力を与えると共にその性質を凶暴にしてしまう。副団長、ガシャが仕官した、と言うかさせられたのはいつだい?」

「二年半前です……」

「その時半年ほど相当に手厚く指導してたんだよね、このピコ団長と二人して?」

「ええ……」

「タユナ副団長だってあのロッド国との戦争を戦い抜いて来たんだよね、そのせいか知らないけど未だに南ロッド国からの物資を受け取ろうとしない。あの我が国の貴族になる気満々の南ロッド国国王様のさ。ところで魚は嫌いなの?この国でも取れるはずだけど」


 執政官様の独演会は全く終わる気配がない。


「自分たちの手で仕上げたと思った所が実は魔物のおかげ様だって示すためかよ……!」

「鋭いよね、さすがは弟の親友。こうやって有力者たちを間接的に洗脳し内部から支配していく……とんでもない魔物だよ、なあカンセイ?」


 執政官様がガシャ(カンセイ)の肩を叩くと、血走っていた目が少しだけ浮いた。


「かつてマサヌマ王国を滅ぼした魔王は教皇を乗っ取り国をゆっくりと支配した。滅びを迎えるようにゆっくりと国の形を作り替えたんだよ。

 それを同じ事をこのカンセイはやろうとしている。マサヌマ王国が聖書至上主義と言う名の頑迷固陋な国にしたように、このシンミ王国を軍事国家にしようとした」

「軍事国家!」

「北ロッド国だけじゃない、ノーヒン市やトードー国、この女性騎士がいたキミカ王国、もちろん魔王領や北の村々、いや元々シンミ王国領であるペルエ市やミルミル村にさえも軍事政権を敷き、強き者だけが優遇される弱肉強食の国を作る。その行き着く先は農民たちからの収奪を含む苛政、内乱による滅亡。二人とも行いさえ改めればこのガシャを大将軍にでも推薦する気だったんだろ?返事は?」

「……はい……」


 ピコ団長さんもタユナ副団長さんも力弱くうなずく事しかできない。返事はと言う催促にも小声ではいと言うのが精いっぱいだった。


「二人とも内心では弱虫だったガシャが勇敢になってくれて嬉しかったんだろう?まだカンセイがどこから入って来たのかわからないのは残念だけど、いずれにせよとんだ策略にかかったもんだね」

「それは……!」

「ハニートラップって言うのは何も美女だけじゃないんだよ。金貨を百万枚積まれても動かぬ人間も一本の名刀に屈するって言うだろ」


 ぐうの音も出ないような正論の連発に、俺らでさえも心が折れそうになる。

「田口……」

 実の弟に話を振ってみたが何も反応しないでじっと手を組んでいるだけだ。




 それにしてもこの執政官様、普通にやればいいのにしゃぶりつくす気らしい。

 俺が魔物だったらこんな奴を相手にしたくないと思いたくなるぐらい、じっとのしかかって来るこの圧力。


「ですから早く赤井に」

「焦り過ぎだよ、私はまだ行けると思ってるからね。ウエダユーイチ、今度の魔王討伐戦では君を総大将にしたいぐらいだよ。これほどまでに多岐にわたる女性から人気を集め、そして単純に絶対無敵と言うべき能力を持っている」

「ですから」

「それなのに女性たちに手を出そうとしないで貞操を守っている。大したもんだよ、私なんか十五歳の時にはとっくに側室漁りを始めてたのに。ああ言っとくけど親公認だからね、そこんとこ忘れちゃダメだよ」



「あ」







 相変わらずの熱弁振るいたい放題の執政官様の握るロープの先にいたガシャの顔が、急激に緩んだ。







「ちょっと!」




 ガシャの頭から、黒い霧が抜けだした。


 場が一気にざわつき、赤井が構える。




「まあまあ、少し話をしようじゃないか。ここで誰に取り憑いた所ですぐに私たちは動けるんだよ?」







 …………もう、この執政官様の冷静さと来たら天井知らずだよな。

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