執政官様の秘密!?
「騎士なんてさ、それこそ負の力を原動力とする商売じゃない」
おいおいおいおい、すげえよこの人。
騎士様の前でずいぶんさらっととんでもない爆弾発言をするなおい。
「そんな!」
「単純だよ。
治安維持、領国防衛。
字面はカッコイイけどさ、それは敵を殺す事で成り立ってるんだ。殺さなきゃ捕獲だ、自由を奪うんだ。敵国も盗賊も、あと野獣も居なきゃ騎士なんてただの暇人だよ」
「それこそ空想の極みですぞ!」
「負の要素が全部なくなるってのはそういう事だよ。
シカフーに国家の不安を下支えするように叩き込んだんだよね、恩と権力を笠に着て」
そんで笠に着て、かよ。
こんな誠実一点張りな騎士様にはまったくふさわしくないフレーズだ。
「魔王軍と言う名の分かりやすい敵により、多くの兵が名を立てようと集まって来る。金か地位か名誉か、あるいは美女か美酒か領国か」
「領国?」
「魔王領である旧マサヌマ王国の領土を自分たちのそれにって発想だよ、ごく単純なお話だ。まあ実際にはムーシにでも治めてもらうか、さもなくばキミカ王国やトードー国とでも山分けとかかになりそうだけどね。このシンミ王国が領国を増やすのが嬉しくないのかい?」
「うぐ……」
「そうなれば君は確実に出世するよ?あの優しくて立派な父上が功績者に報いない訳ないだろう。家族もいるんだろ、なあ」
「はい……」
「それで今カンセイはどうしていると思います?」
うなだれるピコ団長と得意満面なジムナール執政官様の好対照ぶりに、俺は話を逸らす事しかできなかった。
(俺は本当にそんな気持ちから置き去りにされて来たよな。勉強もスポーツも、みんな自己研鑽のためだけにやってると思ってた)
成績を上げたいとか、競技で勝ちたいとか。そんな健全な目的のためだけに動いている。
いつのまにか、そう信じ込んでいた。
たまにいじめっぽい事をする奴がいても一日で目の前から消え、二日でみんなからぼっちにされ、三日で記憶からも消えて行った。
冗談抜きで、俺の高校デビューは、いじめられデビューでもあった。
もっとも三田川恵梨香と言う筋金入りのが全方面に突っかかって来る流れ弾を受け止めていただけだったが、それでもそれなりに嫌な思いもした。
「フフ……天下のHランク冒険者にも死角はあるんだね。おそらくは地下に籠ってるだけで何もしてないよ」
「何もしてない?」
「たぶん相手は弱っている。今は動きたくないだろう。力を蓄え、次なる機会を狙っていると言う所かな」
「でもシカフーの事を思うと一挙に力を奪い取って」
「じゃあ質問だけど、キミはシカフーの、いやガシャの事をどれだけ知っている?
ガシャはね、元々あの戦いで死んだ団長の上官の息子だった。でも戦いにはまったく気が向いていなくて、威張り散らす事さえしない奴だった」
「そんな!」
「ピコ団長、君までそんな!はないだろ」
「いえ、私は戦後仕官して来た彼しか知らないので」
「ずーっと現場にいたもんね、ただの部隊長として。彼は貴族の息子だよ、元平民」
ジムナール執政官様は圧倒的な知識量と口舌、ついでに身分で全てをねじ伏せる。本当に頭がいい人ってのはこういう事を言うんだろうなって感じで、俺らはおろかピコ団長さんも一言二言しか返せない。
「兄上ぇ」
「テリュミ、あまりあわてるもんじゃない。ガシャは同い年のムーシと仲良しこよしで、昔から戦争などやだやだって言って母親や私にしがみつくような子供だったぞ。ただその代わり料理と掃除がうまくてな、宮廷料理人にでもしたらうまく行くんじゃないかって話もしてた」
「でもタユナさんは怒ってましたけど」
「タユナも同じだよ、騎士として本気になってくれた事は褒めていた。少しぐらい粗暴でもいいかなぐらいには思ってたんだよ、程度が過ぎたのが問題なだけでね」
「でも兄上、問題なのはこのウエダって人もですよぉ!」
「なんだよもう、ウエダが自分に振り向いてくれないのが悔しいのかい?ムーシのお友だちだったあのフジイって画家も。まあそれもお姫様の特権だけどね」
そんでさわやかな笑顔に見えるが目が笑っていない。
あわてて目を背けるが、田口は諦めの混じった笑顔で赤井たちを見回しその笑顔を伝染させている。
「おやおや、ちょっとおしゃべりが過ぎちゃったかな。まあこんな事してても逃げ場なんかないんだし、ほんのちょっとぐらい遊んでてもいいじゃないか」
「逃げ場って」
「カンセイを始末したいんだろ?」
「もちろんですが」
「じゃあ私に計画があるんだけどさ、聞いてくれる?ああピコ団長はそのままでいいよ、どっちみちカンセイにはまともな武器は通じないんだろ?いいじゃないかその背中、ペルエ市の山にはよくいるんだろ?」
「いえその、私がとんだ腰抜けであった事をお詫びせねばと」
「いいよいいよ、部下の忠誠心を邪魔するなんて悪い君主だね私も。ねえムーシ」
「そんなめっそうもない……!」
「じゃあ全員一緒に地下牢に来てくれるかな」
乗るしかないこのビックウェーブ、じゃなかったその計画にって感じで簡単に俺らはその計画に乗ってしまった。
地下牢の細い階段を一列になって歩き、足音を響かせる。
先頭はなおも俺らの武器を背負い込んだまんまのピコ団長さん、そしてその真後ろにジムナール執政官様と田口、そしてテリュミお姫様、そして俺たち。
「しかし執政官様の計画って」
「私は信じるけどね、あそこまで自信満々だもん」
「それはそうだがな、個人的にどうも気になるのだ」
男たちが黙ってしまう中、女性陣は相変わらず口数が多い。倫子が不安を抱きオユキがその気になる一方で、トロベは疑問を抱いたかのように首を曲げていた。
「何が気になるのトロベ?」
「あれほどまでに口が回るならもっと早くピコ団長殿たちを口説けていたはずだ。もちろん他の者たちも。だと言うのに悪魔憑きという現象があったとしてもどうもな」
確かにその通りだ。決して横暴ではなくしっかりとこっちの心をつかんで行くその有様は正直かなりの物であり、三田川とかとは比べ物にならないレベルだ。
この演説とか説得ってのも政治家の才能なんだろうけど、正直ここまで長けている政治家って奴を俺は知らない。その力でどうにかならないほど荒れてたとか頑固だったとかで片づけられるかもしれないが、いずれにせよどこかつじつまが合わない気もする。
「実はユーイチさん」
「セブンス」
「私、感じちゃったんです、タグチさんからの力が執政官様に届いてるのを」
で、セブンスは15センチほどの身長差を構う事なく背伸びして俺にささやいて来る。
田口の力が執政官様に?
まさか頭の回転を速める魔法?
田口もまた、俺らと同じようにチート異能を?
「はい着いたよ」
とか考える前に地下牢にたどりついた俺たちの前で、警吏の人から執政官様は鍵を受け取る。
牢屋の中にはひどく憔悴したシカフーと、殺気をみなぎらせているガシャがいた。
どっちもぐるぐる巻きにされている。
そして答えは明白だった。
「では早速」
「まあ待て待て、舞台には役者だけじゃなく場所が必要だよ。ここじゃ無理だよ」
だと言うのに、執政官様はガシャを出した。
ためらいもなく、出した。




