執政官邸の黒い影
作者「なんだかんだで20万PV、ありがとうございます」
「不思議なんだよね、してやられたはずなのに」
「まあいずれにせよ足元を固めない事にはどうにもならないな」
カンセイ討伐、それがいつのまにかシンミ王国の協力の条件になっていた。
だが実際、カンセイとか言う魔物がいる限りこの国に平穏は来ない。
北ロッド王国とか、ミタガワエリカとか、魔王とか、そんな対外的脅威をまだまだ抱えているこの国において、内情が乱れていては話にならないのだ。
「とりあえず赤井はその力をむやみやたらに振るうなよ」
「了解であります」
氷魔法の使えるオユキはともかく、俺たちにカンセイに対処するすべはない。神聖魔法を使える赤井は唯一最大の戦力だ。だがそのオユキもあのような悪魔憑きに攻撃するすべはなく、せいぜいが抜け出して来た悪魔に攻撃するのが精いっぱいだそうだ。
まあとにかく部屋を出た俺たちは執政官邸を巡るべくとりあえず一階に降りた訳だが、ムーシと一緒に付いて来たピコ団長さんが相変わらずいかめしい顔で俺らをにらんでいる。
「ボクにはよくわからないんだけどね、赤井と他の人たちの能力差って」
「もちろんその旨は徹底させるように命じておきました」
「でもさ、怖いならば怖いって言ってもいいんだよ?」
「そのようなことは断じてございません、あの豹変ぶりを見る限り見分けは簡単に付きます!」
相変わらず不安げな顔とよたよたした足でムーシの真後ろに付き従うピコ団長さんでなくったって、もし王子様のような国の中核を担う人物に取り憑きでもしたらって考えるのは当然の流れだろう。
「って言うかさ、その背中の荷物を下ろしたら?」
「断ります!」
「と言うか女の子を見つめるのもやめようよ、奥さんが怒るよ」
「私はですね!」
とは言え、その団長さんは俺らの武器を背中に抱え込んで離そうとしない上にオユキをずっと右目でにらみ続け、俺たちが自分の指示に従うか否かひどく気にしている。
「ボクは王子様だよ?王子様の言う事を聞けないの?」
「聞けませぬ」
「兄上、いや執政官様はそんな事をしろと言ったっけ?」
「私は自分の命より王子様の身の安全の方が大事です」
「そういうのってミタガワエリカと同じだよ。彼女がブエド村で何をやらかしたか聞いてないの?」
ピコ団長の顔が余計に歪む。王子様の茶化しに反論したいんだろうけど、自分が九対一どころか十対一以上の戦力差なのを知ってさすがに動きようがないんだろう。
「……ああ……」
本当に辛そうだ。こんなに立派で真面目な人でさえも、その名前が重たく響く。
「力があるからこそ厄介なんだよ。もちろん行動力って意味でもね。もしミタガワエリカがぼーっとしているだけの女ならばこの世界は平和だったろうね」
ミタガワエリカのやった事は世界中に影を落としている。
目的のために精一杯頑張る人間の行き着く先を見せられた存在が、果たしてその理想を追えるだろうか。
「十里しか走れぬ馬の気持ちを汲める馬が先頭に立つ群れは、万里を走る馬の群れよりも長生きする」
「肝に銘じておきたいのですが……」
「でもまた戦争をする事になるけどね、その時はよろしく頼むよ」
「そうです。なればこそ私はこの国のために」
「戦争は薬物だよ。いっぺん手を出すと抜けられないで、その快感に溺れて行く。ボクは向こうの世界でその事を学んだ」
この世界のいい所は、薬物がない所だろう。あるいは俺の目に入ってないだけなのかもしれないが、大麻を始めとした薬物で身を持ち崩す人間は何べんも何べんも見させられて来た。
でも薬物がないとしても溺れる事の出来る代物はいくらでもある。ましてや戦争なんて溺れたくなくても溺れてしまうもんの典型だ。
「元よりシンミ王国は魔王との戦いを本格的に進めるつもりだった。もちろん北ロッド国の事もあるけどね。もちろんミタガワエリカのもあるけど、とにかくシンミ王国はたくさんの兵を集めてるんだ」
「それが団長さんの負担になってたの」
「負担と言うか責任だろうね。騎士団長ってのは騎士団の顔だし」
って言うか笑ってる。顔こそしかめているけど口角が上がってるのがもろ分かりだ。
元々顔を見る事に長けちゃいない俺でさえ、ピコ団長さんが高揚しているのがわかってしまった。
「庶民の子である事は幸福であり、不幸でもある。王の子が王城と言う富貴と国民と言う責務をもろともに味わうのと同じ、でありますな」
「でも自らの身の丈より重い物を背負うは悪行にあらず、されど善行にもあらず。過剰に負荷がかかるを楽しむはただ道楽なりとも言うけどな。正直騎士団長って給料も多いんでしょう?」
赤井のらしい言葉と市村のらしからぬ言葉の言う通りだと思う。確かに騎士団長ってのは国に従う騎士全ての責務を負うべき立場なのかもしれない。だがその責任を盾に必要以上の仕事を行うのは正直自己満足じゃないんだろうか。
「茶化すな!」
「茶化されるようなことをやってるから悪いんだろこのナルシシスト」
「うぬぼれと言いたければ言うがいい。だが自覚もなしに国を守る事はできない。もちろん王子様も」
「ムーシ、そう言えばお前世界史のテスト最下位だったよな」
「まさかあの時から!」
「最下位って言っても100点満点の57点だろ、笑って許してよ。上田は何点だったの」
「たしか78点。赤井は99点だったっけ」
「97点であります…………!」
ため口を利いても動揺する素振りを見せない鉄面皮をいくらでも煽ってやらないと気が済まないと言う個人的な感情もさることながら、この人自身も危ない気がする。
「そういう存在こそカンセイが狙いそうな気がするけどな赤井、田口」
「一般論でありますがそうであります。あなたの心の隙間、お埋めいたしますと言って」
「ボクもその点には強く同意だよ」
よもやと思い俺が右手を縦に振りながら田口を、クラスメイトへの礼儀で呼ぶと団長さんからさっきまでの余裕が一気に消え、さらに赤井と田口本人により一挙に赤くなった。
「王子様!そのようなざ」
「ほら来た!」
「何が来たと言うのだ!詳しく説明を」
そしてその赤に、黒が迫っていた。
黒い影が、いつのまにか執政官邸に入り込んでいたのだ。
カンセイだ。
間違いなく、カンセイだ。
「団長。兄上、いや執政官様を呼んで来て。それが嫌なら反逆者にしてもいいんだよ」
「しかし」
「しかしってさ、ボクは執政官様の弟でシンミ王国の王子様なんだよ?権限がどれだけ大きいのかわかってるの?まあしょうがないけどね、ボクの言う事は絶対に聞けない宣言でしてたから。謀叛人になりたいの?」
「そんな殺生な!」
「その代わりボクを彼らが傷つけたら好きにしていいからさ、ほら早く」
「ああ、はい……」
ピコ団長さんが俺らの武器を背負いオユキの手を引きずって(さすがに大川が止めたけど)行くのを一瞥した田口は、再びカンセイの逃げ込んだ地下牢へと目を向けた。
「ムーシお前……」
「大丈夫だよ、カンセイにはどうしようもないから。ボクだって同じだけど」
「お前って執政官様の弟だよな、やっぱり……」
この才能を三田川にうまく秘匿できていたもんだ。王子様とかって肩書がなくとも、いやうまく使って他人を思うがままに使って人を動かすなんて、こいつは絶対ビジネスマンとして出世しそうだ。
「ああお兄様ぁ!」
と思ってたらいつのまにかもう一人、力を持ったムーシの関係者がいた。




