最後の一人
「シカフーは魔物に取り憑かれていたと」
「間違いないであります」
「彼は何も悪くないんですピコ団長ぅ~!」
「わかっております。とは言え本人もひどくショックを受けているようで希望に従い少し牢獄に入ってもらいます」
まったく、油断も隙もない話だ!
地下牢にいたはずのガシャに続き、真面目そうな顔をしたシカフーさんまでも悪魔憑きになっていたとは!
「どう思う赤井」
「カンセイなる魔物と同一か別個体かで言えば同一であると思うであります」
「同じ?」
「ご覧になったでありますな、シカフーさんの白髪化を」
一瞬にして、髪の毛が白くなった。実際髪の毛が抜けたり白くなったりする仕組みはわからないが、それでも先っぽから一気に白くなっていくのは恐怖と言うより壮観と言えそうなぐらい見事だった。
「とは言え、まさかこの力を買われて」
「実はその…………」
「団長さん、ちょっと怖いよー」
「私はだな、その執政官様にも、まあそのタユナ共々……」
にしてもピコ団長さんと来たらさっきから異様なほどに落ち着きがなく、おまけに歯切れが悪い。
「執政官様、あわてず騒がずしっ静観って所じゃないのー」
「ククククク……」
「ええまあ、そうしてくれるとありがたい……」
いつものオユキのダジャレとトロベの笑いのコンボも効かない。
「私がだな、その絵を見てこれは行けると思ったのだ。まさかこんな力があったとは露知らずな。だからそういう事だ。なあ、だから執政官様は」
「執政官様とは会えないと?」
「いえその、ここまでしてもらっておいてそんな事を言うような権利はこちらにはない、だが執政官様と、執政官様だけでどうかお願いしてもらいたい……」
ピコ団長さんの顔から冷や汗がにじみ出ている。悪魔憑きには冷静だった姿はどこにもなく、目つきもうつろになっている。
「ちょっと!」
「ああすまぬ、だから、その……」
「悪魔憑きならばすぐにわかると思うんですが!」
そして腰の剣を抜こうとする有様だ。もう折り目正しく立派な騎士団長の姿はどこにもない。
「ピコ団長さん~!」
「姫様、ですがその、弟君様はかつて」
「この方たちが兄上を取って食うような存在に見えますかぁ~?」
「私はですね、あれ以来ずっと弟君様を守ろうと!」
「私はあの時まだ六歳だったからわからないんですけど、って言うかペルエ市にいたんで」
「本来であればですね、その……!ええすみません、もう失礼いたします!どうかその、一糸まとわぬ姿で、その……!」
で、動揺しきったあげくに、全裸で来てくれとかってなんなんだそりゃ。
執政官様と言うか王子様に全裸で会えだなんて話がどこにあるんだよとか突っ込みを入れる前に、ピコ団長さんは駆け足で階段を登って行った。
「まったく、団長さんは普段あんなじゃないのに」
「本当急にどうしたんだか」
心当たりはとか振ろうと思った所でお姫様の顔が強張っているのに気付いた。お姫様でさえ縛るような相当にきつい緘口令が敷かれてそうな顔だ、さっきまでの元気そうな顔はどこにもない。
「まさかと思うけど一度」
「あのミタガワがお尋ね者になった時からどうも信用がなくって、それから嫉妬もあるのかなって」
「嫉妬?」
またミタガワかよとか言う前に出て来た二文字に、俺は目を丸くした。
「兄上には二人の家臣が付いてるんですぅ。ものすごく信用してて、まるで親子みたいにぃ。騎士団長の自分の方が守れるはずなのにってぇ」
「親子って事は男女なんですか?」
「そうそう、二人は夫婦じゃないけどまるで夫婦みたいにぃ、すっごく呼吸が合うんですよぉ」
夫婦と親子のような家臣となれば、もう他人の入り込む隙間はない。だがそれが数年間行方不明になっていた王子様ともなれば、ただでさえ守りたい存在を守れない悔しさだけが募る話ではある。
「そう言えば持山は?」
そして、俺はものすごく失礼なことをしていた。
「おい!どこへ行ったんだ!」
「持山!」
そう、持山がいつの間にかいなくなっていたのに気づかなかったのだ。
「勝手にふらふら歩きまわるような人間ではないはずなのに……」
こんな状況でうろつかれたら一大事だとあっちこっち首を回すが、持山の姿は見えない。
どこに行ったんだ、いつの間に!
「わー!!」
そんな傍から聞こえて来た叫び声。
間違いなく持山のだ!
「三階の!先ほどの!」
俺たちはさっき主が不在だった執政官室へと走る。
持山!一体どうしたんだ!一体何をやってるんだ!
「ちょっと団長さん!」
…………いや、何をやられてるんだ??
「何をやっているピコ団長!」
「執政官様!王子様!彼の身柄を!」
「落ち着け!一人で慌てふためくな!と言うか剣を抜くな!」
団長さんが持山の服を掴み、脱がせようとしている。三人がかりで取り押さえられながらも、腰の剣を抜こうとしている。
「全裸で来いってマジだったんですか?」
「ああそなたら!そなたらも武器のないことを証明せよ!」
「ピコ団長!客人を何だと思っている!」
「執政官様ならばご安心ですが、弟君様はぁ!」
「執政官命令だ、頭を冷やせ」
「ですが!」
「セブンス」
こんな状況なのに真顔で命令を下す執政官様に感心しながら俺はセブンスにヘイト・マジックをかけさせ、その上でピコ団長さんの剣を抑えさせた。
「弟君様には、指一本……!」
「おいウエダ殿に何をする!」
「わかっておりますが、弟君様のっ!」
剣を取り上げられてもなお拳を振るう姿は完全な狂戦士だ、忠義心もいいけどほどほどにして欲しいよな……。
「ピコ団長さん。彼の安全はボクが保証するよ」
「ですがその……!」
「だからさ、これ以上脅えちゃダメだよ」
執政官様とは違う、弟君様の声。
「ま……まさか!」
その声を俺はよく知っていた。
「まさかお前!」
「そうだよ、ムーシ田口だよ」
予想をしていなかったわけではない、
だが、実際にこうなってみると驚くしかなかった。
七三分けに貴族の服を着た立派な執政官様の隣で、同じような服を着た人のよさそうな、おとなしいけど決して弱虫ではなく人の言葉をきちんと聞いた上で判断できる男。
これまで出会って来た一年五組のクラスメイト十八人。俺を含めて十九人。
残るはあと一人。
————その最後の一人が、ここにいた。




