ぼっチート異能の使い方
顔を真っ赤に染め、棒を握りしめて向かって来る。
「戦場も知らぬ若造が!」
攻撃に殺意が混じっているのがわかる。
殺意でないとしても、害意がありありと見えている。
「お前の幸運もいずれ尽きる!そんな腕前で生き残ってきたなど!」
「しかし俺は現にシンミ王国、と言うかペルエ市からここまで反時計回りにこの大陸を一周して来たんですが」
「その間に戦って来た相手は雑魚ばかりと言う事か!」
「だからそんなんじゃないんですって」
俺は全く当たらない攻撃を避ける事もなく仁王立ちし、軽く足を引っかけて転ばせてやろうとする。だが敵も歴戦の勇士、そんな手に乗るかとばかりに飛び上がり後ろに回って攻撃をかけて来る。
背中からぶった切ってやろうと言う所か。
だが当たらない。本来ならば俺の肩に直撃するはずだった練習棒は急に短くなり、俺の背中に風を吹かせただけだった。
「何だこれは!武器が折れたとでもいうのか!」
「俺が無事だったのはこの力があるからだ」
「そんな勝手な!」
確かに勝手だ。俺は全く勝手にこんな力を与えられ、そしてこっちも負けじと好き勝手に利用している。
「俺はこことは全く別の世界からやって来た、そして剣を握った事もなかった。こんな力がなければとっくに死んでいたさ」
「ふざけるな!そんな事など!そんな事など!」
「だが現実なんだよ、紛れもなく」
「うわあああああ!!」
前から、後ろから、右から、左から、上から、下から。
修練場に響くほどの大声と共にありとあらゆる方向から攻撃が飛び、その全てが俺をハブる。
――――神を殺すには人智を尽くして絶え間なく千年の豊作を得よ、一本の苗も枯らす事なく。
天気や土壌に左右されるような農作物を千年連続で豊作にさせるなど、それこそ超技術の類だ。それほどに神の力は偉大だとも言えるが、同時にさっき赤井が持ち出したように万人の運命を思いのままに左右できるとは限らねえって事だ。
タユナさんは戦場ではとんでもなく勇猛果敢な兵士なのかもしれねえし、実際軍紀を整えるって言う立場としては実に有能なんだろう。
だけどずっと、戦争の中で生きて来た。戦争の中で生き、喜びも悲しみも、生きる事全て戦争が基準になっちまったのかもしれねえ。
もう終戦から八年経っているのに。
「この!いい加減にしろ!」
「もう戦争は終わったんだよ!」
「終わってなどいるか!」
「勝ちたいんなら俺を傷つけようとするな」
「これはしつけと言うものだ!」
強弱を思い知らせようと必死になればなるだけ、タユナさんが道化になって行く。
息ひとつ乱さずに練習棒を振り、こちらの敗北宣言を得ようとする。
「今この国が大敵としている存在をわかっているのか」
「魔王だ!魔王を討つのだ!」
「違うだろ、もう一人いるだろ、ほら、ミタガワエリカだよ」
「同じだろうが!」
「今のあんたと同じ事やってるんだよ。その流れでサンタンセンとブエド村で大量虐殺をしたんだよ」
あのミタガワが求めていたのは、自分の為すがままになり、自分と同じように勤勉な努力家となって成功する事。
「あのような天才魔導士と一緒にするか!」
「それも同じだよ!」
だが自分が並外れている事にも気づかず自分の基準にまで引き上げようとし、それに合わない存在を矯正しようとする。言葉や理屈は正しいから従うしかないが、それでもオーバーフローを起こして倒れたり壊れたりする存在が絶対に出る。
「周りを見ろよ」
セブンス以下、一人を除いて誰も何のリアクションもしていない。声援を送る事すらせず、リラックスした顔で立っている。
倫子だけが寒そうに震えているのは、やはりタユナさんに三田川恵梨香を見てるんだろう。
「くそ、そんな、そんな!なぜだ!ずるいぞ、ずるいぞ!」
「ずるいのは戦場においては才能だと思うけどな」
「この新米めがぁぁ!」
怒りが視野を狭め、攻撃が雑になって行く。
「戦争を知らない若造が!貴様のような人間に世を!私は、枕を高くして眠れんのだ!」
「それって要するに勇気がないってだけだろ!」
「何だと!その頭、叩き割ってやる!!」
完全に我を忘れ、技も忘れている。体力任せで棒を振り回すその様はもはや完全な雑兵であり、速度以外俺にも劣るレベルにまで落ちていた。
「はい」
結局二十分近い打ち合いの末に体勢を崩したタユナさんの後頭部に俺が裏拳を叩き込むと、タユナさんは前のめりに倒れそうになった。
それでもすぐ態勢を変えて打ち込んで来たが、今度は額をさっき後頭部を殴った手のひらで押してやると、タユナさんは大の字になって倒れ込んだ。
「決着はついたようでありますな」
気の毒かもしれないが、これもまた現実だった。
「負けた!ああ、負けた!」
「だったら認めてくれますね」
「実は既にソウギ殿たちからの噂で聞いて知ってはいた!全く攻撃が当たらんと!」
「百聞は一見に如かず、俺たちの世界のことわざです」
戦いを終えた俺は、元の口に戻った。
歴戦の勇士だからこそ、全く未知の存在を前にして力を見ない訳に行かない。
そのためにも、自分はどこまでも立派な騎士でなければいけない。そんな罠にはまっちまったのかもしれねえ。
「口の悪さはお詫び申し上げます。ですが俺の力を使うには最善策だったのです」
「ああ、本当に頭に血が上っていた。戦で相手の心を乱すは兵法の範囲だ、ウエダ殿はそれを行使しただけなのだろう……まったく、我ながら」
「万里を駆ける駿馬も、百里を駆けるを平常とする僚馬を駄馬と呼んだ瞬間駄馬となる……」
「そして、神を殺すには人智を尽くして絶え間なく千年の豊作を得よ、一本の苗も枯らす事なく……か」
そしてタユナさんの顔の赤みも強張りも、一瞬にしてかき消えた。
まるで別人のように、穏やかな人間になってる。
三田川恵梨香も、こういう顔にできるのだろうか。




