愚痴っぽい鬼軍曹
「私がシンミ王国騎士団ミワキ市駐在軍の副団長にして試験官、タユナである」
執政官邸の隅っこにある、修練場とでも言うべき部屋。
バスケのコートみたいな線が引かれ、どこかから汗臭さが漂う。
「普段シンミ王国の皆様はここで修練をしているのですか」
「まあ、そうだな…………だが最近はどうもみな気が入っていなくてな、私やピコ団長の目がないとすぐ気を抜くような連中ばかりなのだ」
「やはりタユナさんも」
「私の同僚も七人あの戦役で失われた。その中には弟もいた。まだお前さんぐらいの年でな、いつも兄上兄上と慕ってくれたいい子だった。あの血しぶき飛び交う戦場の経験を忘れた世代に戦争を教える事の何と難しいことか!北ロッド国は未だ我がシンミ王国と戦う気満々だと言うのに、あんな調子ではシンミ王国が再びロッド国の軍門に降る事になる。自分たちの安穏とした暮らしもなくなると言うのになぜそれがわからんのか……」
「あのー……」
「まったく、最近の兵士たちは子ども時代を戦争の傍観者として過ごし、長じてから兵士となったせいか敗者の無念を感じる心が育っておらん。敵意と言うか戦意ばかりが膨れ上がり、家族を失ったうっぷんを晴らしてやろうといろいろ内心で抱え込んで、それで最近成人してロッド国人の多いこの町で好き放題暴れるようになってしまったのかもしれんな、そんな事をさせるために育てたわけではないし戦争に勝った訳でもないのに、王子様を守った訳でもないのに……」
……で、タユナさんって人は顔のしわを見る限りまだそんなに年を取っているようにも見えない(後で知った事だが四十二歳だそうだ)のに、口から滂沱の如く言葉があふれ出ている。
「落ち着いて下さいであります!」
「ああすまんすまんつい、だが私の子もまだ十三歳、これから先執政官様や弟王子様や妹君様のように立派な人間になれるのかどうか、毎日顔を合わせている連中を見ているとどうにも不安でしかなくて、それでこの世界に降臨した魔王は未だに牙をむき隙をうかがっている。そして現にブエド村を襲撃している、まったくその場にいたら」
「タユナさん!」
「いやどうも正直不安が未だにぬぐえなくてな、無論Hランク冒険者と言う肩書やその振る舞いから信用していない訳ではないのだが、やはりどうしても腕前と心構えを見ない事にはな、腕っぷしだけ強くなったような冒険者に痛い目に遭わされるのはもうごめんだからな…………」
部下の乱行が相当応えているのかもしれない。
よく見れば腕もゴツゴツしていてまさに歴戦の勇士って感じの、教官としてはいわゆる鬼軍曹なんだろう。その自分が手塩にかけて育てて来たはずなのに――そんな無念がにじみ出ている。
「神を殺すには人智を尽くして絶え間なく千年の豊作を得よ、一本の苗も枯らす事なく」
「僧侶殿、もちろんその事はわかっている。だが私はな、どうしても一本の苗も枯らしたくないのだよ」
「だったらさ、まずはユーイチの腕を見てからでも遅くないんじゃない?へたっぴな吟遊詩人の歌は眠くなるよ」
赤井とオユキがそれぞれの調子で促すとようやくタユナさんは舌を止め、さっきまでとは違う顔をして立ち上がった。
「やはりさ、兵士って戦うための存在だよね」
「戦いに臨もうとしている姿ってやっぱりカッコイイんだよね」
カッコイイと言う言葉にもタユナさんは不愉快そうに反応している。そしてその逆鱗を撫でたっぽい言葉を口にした倫子が目をそらすと、鼻息を吐き出した。
「浮付く事はそんなに悪ですか」
「戦場においてはほんのわずかな過ちが生死を分ける。生き残るか生き残れないかは実力と運と過ちを犯さぬかの三つだ。どんなに腕力が弱くとも過ちを恐れ慎重であった者は今栄光を楽しんでいる」
「それで条件とは」
俺がタユナさんの舌を止めると、タユナさんは自らの手で一本の棒を持って来た。
「いわゆる練習剣ですか」
練習用の剣。見た目はただのスポンジの棒だが魔力によって本物の剣と同じ重さになり、さらに音まで出す事ができると言う奴だ。
「見た事があるのか」
「握った事もあります。エスタの町で」
「もちろん私も同じ物を使う。とにかくだ、私から一本取れば認めよう」
「どんな形でもですか」
「ああ。言っておくがウエダユーイチ、そなたの力のみでな」
「うむ……その顔、やはり歴戦の勇士か……」
「静かにせよ」
タユナさんが、戦士になっている。
トロベの言葉にすら反応し、潔く真正面から向き合おうとしている俺の背中すら鋭く睨み付けている。
「怖い人……」
「平林、そんなに震えるな。たかが模擬戦だろ」
「たかが!?見た所パラディンのようだがそんな意気込みでよくもまあ生き残れたものだ!一体どれだけの間戦って来たのだ!」
「およそ三ヶ月です。俺も赤井も、そして上田も」
「うっ……」
そして尻尾を逆立たせた倫子をなぐさめた市村にさえも噛みつき、パラディンらしい真っ正直な答えを聞くやしゃくり上げそうになる。
「フ、フフ、フフフ……」
「ちょっと!」
だんだんと目が据わって来た。
「こんな、こんな新米が、戦えるわけもない!確かに戦場において最初は皆素人だ、だがその素人が生き残るには修練と運がなければならぬ……」
「タユナさん!」
……危険だ、危険すぎる!
「そんな愚痴ばかりこねて何が変わるんだか……ガシャがああなったのもあんたのような師匠じゃ当然だよ」
「な……」
「今は一応平和なんだよ。わざわざ戦場を作ってどうしたいんだ?まったく無駄に殺気を出して喧嘩を売ってガーガー吠えてさ、中立的な奴どころか褒め言葉にさえも神経をとがらせて、それで兵士が壊れない方が不思議だよ。ガシャは悪魔憑きって赤井が言ってたけど、だとすれば最悪無罪かもな、あんたのが罪が重いかな。この戦争ボケ」
よくもまあ、こんなに言葉が出て来るもんだ。
ここまでひどい言葉が出て来るほどには俺も擦れちまったのかもしれねえし、刃傷沙汰にも慣れちまったんだろう。
でも実際、この三ヶ月がそんなに薄いもんじゃなかったって自覚ぐらいはある。
それをあんな反応をされてムカついていたのは紛れもない本音であり。ちょっとだけ私情があったのも事実だ。
「…………」
「あんたにはこんな棒も要らねえんだよ」
練習棒を投げつけ、右手の手のひらに左手の拳を打ち合わせてやった。
「許さん……許さん……」
ほら、向かって来た。
間違いなく、殺意のこもった目をしながら。




