ランクの問題
「このバカ!」
執政官邸の一室で、髭を生やしたおじさんがぐるぐる巻きにされたガシャの腹を蹴飛ばしている。
腹にめり込みそうなほどの音がしたのに、ガシャは痛いとさえも言わずわずかに震えただけだった。
「まったく、ここ最近急に腕が上がったと思ったらすっかり慢心して、しかも下手に強いせいで誰も言う事を聞かせられんし……!」
「大変でしたね」
「しかしそれにしてもそこの僧侶殿、悪魔憑きの疑いとは」
「理由はわからぬであります、されど中途からかなり目つきが怪しくなり上田君、いやウエダ殿への攻撃が激しくなった事からしてこれは尋常ならぬ物だと思った故であります」
「それで退治できたのか」
「打撃は与えましたが祓い切れてはおらぬであります」
確かにあの豹変ぶりは驚いた。ただのチンピラの俗な執念を通り越した振る舞いは、明らかに尋常ならぬ力の働いた結果だ。
もっとも俺自身が既に尋常ならぬ力の持ち主だし、と言うか魔法自体が未だ尋常ならぬ力だ。
「いずれにせよ魔王との戦いのためにはシンミ王国の力があれば心強いと思っています。是非ともその力を貸して欲しいのです」
「うむ……その心構えや実によし。だがあくまでも秩序と言う物があるからな」
「団長さんは俺たちに何をせよと」
「まあ入団試験とでも言うべき物を受けてもらう。もちろん団員ではなく幹部待遇だが、それでも力を見せない事には納得も得られないだろうしな」
一応あの連中には見せたとは言わない。
あんな腕っぷしだけが取り柄の連中はこの人からしてみれば物の数にも入らないような扱いだし、俺だってあまり重要視していない。
「戦勝が気を大きくしちまったんでしょうか」
「かもしれぬ。このピコのような王子様を連れて戦った世代がまだ現役であるうちに綱紀粛正をせねばなるまいが。あるいはもう一度…………おっとこれは失礼。では準備が出来るまでしばし休んで下され」
俺たちはピコさんにより客間へと移された。
「わぁ……」
キミカ王国のそれと比べるとやけに白く、草花や女神とは違った像などの調度品が並んだ豪勢そうな部屋。
オユキが真っ先に感嘆の声を上げ、セブンスがじっと壁を睨み、トロベは軽くため息を吐いている。
十人掛けのテーブルの細い側・一番奥に俺が座らされ、残る八人は長細い側に座っている。
キミカ王国の俺達に対する待遇がよくわかるお話だが、だとしても居心地は良くない。
「なるべく公平な待遇をお願いしますって言ってもさ、話聞かねえんだもん」
あのひと騒動の後、俺たちはギルドではなく執政官邸に行く事になった。
もちろんガシャ以下暴れ回った連中に腰縄を巻き付けた上で、招待客である事を示すかのようにソウギさん以外にも多数の人たちに先導されて。
だがその先頭は俺。
Hランク冒険者の俺の周りには四人の男女が付き、赤井たちには二人しか付かない。
邸宅にお邪魔する際にも俺だけに頭を下げ、他の仲間には何もなし。
俺が言うと同じようにしたけど、それでも常に先頭に立つのは、と言うか立たされるのは俺。市村を先頭に出そうとすると不愉快そうに頭を下げ、代表の二つ名を勝手に押し付けて俺を引っ張り出そうとした。
で、今俺の前には完熟茶、他は早熟茶。
言っとくがこの世界、完熟茶(紅茶)は早熟茶(緑茶)の数倍の値段がある。俺が金を出すから全員分の完熟茶を出せと言ったら首を横に振るし、じゃあ俺も早熟茶でいいと言ったらそんな事をしたら私の首が飛ぶだの言い出すし……。
「冒険者ランクのルールを曲げるのは難しいぞウエダ殿」
「ああ……」
だがこっちも無理を通している以上、しょうがないのかもしれない。
仕官ってのは国に忠誠を尽くすもんであり、俺らはいわば傭兵でしかない。その傭兵ごときが国家の力を借りようだなんて抜かすこと自体、恐ろしいほどの不遜だろう。
「Iランク以上になるには、Zランクから始めた場合三十年はかかるとされている。その間には世間の荒波にもまれ、人並み以上に人格者になっているだろうと言うのが理屈だ。
だが実際には突発的な活躍によりランクが急上昇し、実力に心が追い付かぬままの冒険者も多い。ピコ殿もその事を心配しているのであろう」
突発的かつ爆発的なランク上昇。まさしく俺の事だ。
この世界に来てからまだ三ヶ月足らず――――実質二ヶ月でZランクからHランクまで上昇した俺を怪しむ要素なんか、いくらでもある。
何より、三田川恵梨香だろう。
このミワキ市のコロッセウムを始めとした各地で暴れ回ってHランクどころかCランクまで上昇し、その上で国家どころか世界規模の犯罪者となったミタガワエリカ。
ここにいない女の存在を思うだけで、虫唾が走る。完熟茶もあまりうまくない。
「ふーん、だとすれば同情もできるよねー、あの連中」
「オユキさんって優しいんですね」
「シンミ王国だけに、親身になってあげなきゃ可哀想じゃん」
……オユキも本当にありがたいもんだ。トロベが手を付けてないのを見計らってダジャレをかまして場を支配してくれるんだから。
で、倫子が感心する間また笑いの発作が起きたトロベの背中を大川がさすり、他のメンツはみんなやや強引ながら笑顔を作っている。
まったく、オユキもオユキでいい女の子だよな。
「準備が整いました」
そんな訳で場が温まって来たところで、俺たちにお呼びがかかった。




