戦いに備えて
作者「いよいよ第三部開幕です!」
死闘とも言えない死闘の翌朝、ブエド村の南西の家で寝た俺がセブンス・倫子と共に朝飯を食わせてもらっているとドアをノックする音が鳴り響いた。
「上田」
上品な声とノック音に釣られて俺がドアを開けると、市村が立っていた。
いつにもましてカッコいい立ち姿で、既に鎧と剣を身にまとっている。
「市村、お前早起きだな」
「俺はあんまり戦ってなかったからな」
「俺のが戦ってなかったぞ」
「よく言うよ」
市村は丸腰のまま外に出た俺に、悪びれる様子もなく笑う。
本当に爽やかで、抜けるような青空にふさわしい笑顔だ。
「だがこれからの事を思うとな」
「相手は魔王、そしてミタガワ……」
「魔王が何なのかは未だに分からないが、あれほどの軍勢を投入できる軍隊の長だと考えるべきだろう。それほどの軍勢が脅威である以上、放置はできない。数など関係なくな」
魔物=悪じゃなく、侵略行為が悪なのだ。
その点ではロッド国もシンミ王国もお互い様だし、魔王軍だって純粋な悪ではない。だがその戦争の先に残った物を思うと、俺は戦争を好んでする気にはなれない。
そして、戦争などその気になれば一人でもできる事を俺は思い知った。
ミタガワエリカの強烈な意志と、それを支える莫大な魔力。
「赤井が言ってたよ、理由と勝算があれば戦争を起こすには十分だって」
「勝算?」
「ミタガワは本気でやる気かもしれない、世界征服を」
世界征服!まあなんともけた違いの欲望だ。
でも実際問題、俺らの世界で世界征服なんてどうやってやればいいのかわかりゃしない。
総理大臣?国一つがせいぜいだし他の大臣の言う事をいろいろ考えなきゃいけねえしでとても思い通りにはならねえ。
科学者?ウィルスやロボット兵器ひとつで地球を支配するなどSFの世界だ。
じゃ巨大企業の社長のような大富豪?それこそ大勢の歓心を得るようなもんを作り出さなきゃいけねえ。
「まさか三田川がそこまで幼稚だとは思わねえが」
「三田川はおそらく、遊びを知らない。あるいは勉強を遊興だと思い、自分では楽しいつもりなんだろう」
聖書に「百の学習と零の遊戯は零の学習と零の遊戯に等しい」とあるらしい。
日本語では「よく学びよく遊べ」、英語では「勉強ばかりして遊ばないとジャックはバカになる」ってのと同じ意味だろう。
「また聖書には静寂なる愚者は羽虫、勤勉なる愚者は猛獣ともあるらしい」
「猛獣狩りか、俺達にできると思うか?」
俺は首を横に振る。
あの時、あれほどの数でかかりながらミタガワにはかすり傷しか負わせられなかった。
しかもそれはミタガワが空から降りて来たからにすぎず、依然として力の差は大きい。
「だとしたら……」
俺はゆっくりと口を開け、一つの提案をすると市村は全くためらう事なく首を縦に振った。
「おい市村」
「俺もそれがいいと思う」
自分なりに重要な決断でありみんなに受け入れられるか自信はなかったってのに、市村はずいぶんとあっさりOKしてくれた。
「正直俺もそれがいいと思ってたからだ」
「お前のお墨付きは大きいよ、本当に」
この世界式のサインをしてくれた市村がまた大きく見えた。
クラスにいる時からその中心に立っていた存在。あの女ですら抗えなかった男。
「ありがとうな」
その市村と言う名の後ろ盾を得た俺はセブンスと倫子の所に戻り、鎧を着こもうとした。
だがなぜか倫子が俺の鎧を持ち、俺に着せようとしている。
「ちょっと倫子」
「私だって、やれる!こんな手でも!」
肉球付きの手で必死に鎧を持ち上げ、俺にあてがおうとしている。人間のそれに比べてどうなのかはよくわからないが、必死に頑張っている。
「セブンス」
「リンコさんはお役に立ちたいんです、ユーイチさんの。それは私と同じなんです」
倫子は必死に戦っている。こんな女性を見捨てたら男がすたるとか言うつもりもないが、こんな存在を潰そうとする怪物と戦うためには。
「ありがとう、一段と決意が高まったよ」
俺は少し戸惑った倫子に構う事なく、この世界式の喜びの挨拶をもって答えた。
セブンスは笑顔になり、倫子も遅れて笑顔になった。
「ソウギさん」
さて着付けが終わりいよいよブエド村を出ようと言う所で、一人の男性がやって来た。
ソウギさんだ。
昨日にも増して着飾って来たソウギさんは、正式なギルドの署名が付いた九枚の書状を俺たちに手渡した。
ウエダユーイチ Mランク→Hランク
アカイハヤト Qランク→Mランク
イチムラマサキ Qランク→Mランク
オオカワヒロミ Rランク→Nランク
セブンス Oランク→Kランク
オユキ Rランク→Lランク
トロベ Pランク→Mランク
ヒラバヤシリンコ Rランク→Lランク
モチヤマタケオ Vランク→Tランク
わかってはいたが相当な大盤振る舞いだ。
「Hランクってどんなランクなんです?」
「単純に貴重です。Iランク以上は王家とも直に交渉可能とも言われております」
「王家って」
「それはあくまでもHランクの上田君一人と言う事でありますか」
「いえ、ある程度の斟酌はできるはずだ。あくまでも執政官様のさじ加減ひとつだがな」
ランクアップの恩恵ってのがあるとすれば、こんな事かもしれない。
Hランクの俺には丁寧語になっていたソウギさんが、赤井にはため口である。
もっともそれが別に面白い訳でもない。
「ちょっとソウギさん」
八分の、いや九分の一に過ぎないのにそんな差を付けられてはたまるかいと腰に手を向けながらソウギさんを睨んでやると、いきなり後ずさり出した。
「ウエダユーイチ殿」
「ウエダユーイチでいいです、と言うか中途半端な事をやめてください」
「これは失敬。どうしてもお、いや執政官様と面談する存在となると不安がありまして」
「アカイさんもイチムラさんもシンミ王国でそれなりに名を売ったはずなんですけど」
ソウギさんは頭を下げる。たしかにセブンスの言う通りだ、赤井も市村もシンミ王国ではそれなりに名前が売れている。
「わかりました、ウエダユーイチ殿ご一行、これからどちらへ」
「やはりそのミワキ市へと向かいたいと思います。
この世界を覆う二つの脅威を凌ぐには、俺達だけではもういっぱいいっぱいかと思いまして」
そして俺は、一つの決断を下した。
自分なりに考えていた。
この世界をどうやって守るのか。
魔王をどうやって倒すのか。
ミタガワをどうやって止めるのか。
「シンミ王国に、仕官させてください」
上田「この第三部が最終部です」




