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一方、北ロッド国では

 北ロッド国の王城の食堂は、今日も朝から荒れていた。




「まったく!」



 黄金色の王冠を被ったやたら立派な白い髭をした男が、食事が運ばれる前からテーブルを叩いている。



「お父様、何があったのです、また恐ろしい夢でも」

「シスクレ、お前の姿を見ていると泣けてくるのだ!なんだそれは……」



 対してシスクレと言う名の娘が着るドレスはほぼトロベと言う名の貴族令嬢が着ていたそれと同じレベルであり、しかもそれが一張羅だった。



「ですが今の我が国にこれ以上のは」

「わかっておる!わかっておるからイライラするのだ!」



 王がこうなるとなかなか収まらないことを、姫以下誰もがもうわかっている。


 出番のないフォークとナイフが震え、テーブルが不平不満を訴えてもなお王の耳には届かない。


「最近あのシンミ王国の連中はこの国を全くないがしろにしておる!余計な事を書きおったあげくそれに対しての謝罪の一つもない!このロッド国はいつからシンミ王国の属国になったのだ!」


 今回の原因は、数日前に届いたシンミ王国執政官からの書である。


 王ではなく執政官と言うだけでも不愉快なのに、その内容がまた逆鱗に両手で触れていた。




「貴国の安定はこの世界の安定にも通ずる。魔王軍は今はまだ息を潜めているが、いつ何時進行して来ぬとも限らぬ。

 よって貴国には改めて我がシンミ王国と和平を結んでいただき、魔王軍へのけん制を頼みたい。いずれこのシンミ王国と貴殿の北ロッド国連合軍により魔王を討ち、この世界から魔王の脅威が永遠に除かれる事を願うばかりである。」




 執政官とは、王から命令を受けた子飼いの君主でしかない。


 その子飼いの君主ごときが王にまったく対等な口を利いている。


 確かに今のミワキ市の執政官は国王の息子だが、だとしても王に対してはそれ相応の口の利き方があるはずだろう。だと言うのにため口同然、しかもどこまでも上から目線。シンミ国王からでも聞きたくないような言い草の書面だった。




 だがそれ以上に不愉快なのは、「北ロッド国」と言う名前だった。




「何が北ロッド国だ、ロッド国はロッド国でしかないのだぞ!」


 ロッド国はシンミ王国及び魔王軍との戦争によりミワキ市周辺を含む領国の大半を失い、領国は北側の産地と南側の海岸、そしてブエド村のみとなった。

 一応ブエド村を通して南北は繋がっているがそのブエド村の打撃も大きく、現在ではほぼ南北分断状態である。




 だがこの「ロッド国王」ギウソアからすればあくまでもロッド国はロッド国であり、「北ロッド国」などと言う国は存在していないのだ。




「フン、シンミ落城国の執政官、いや失政官の使者の首でも刎ねてやればよかったか!」

「王よ、それをすればシンミ王国が戦争を仕掛けます」

「望む所ではないか!あんな王城を失ったような国など!」


 ロッド国は十年前の対シンミ王国戦で一度、王城を完全に陥落させている。その際にシンミ王国の王子を一人捕えそこない、降伏に持ち込めなかった事がギウソアからしてみれば千載の悔いであった。

 実際にその幼き皇子の脅え切った顔を間近に見据えていたかつてのシンミ王城攻撃軍総司令官こそギウソアであり、その後魔王軍の干渉により北方の領国の守りに回っていた王弟ギウソアであった。

 

「父上、とりあえずお腹を満たしましょう」

「わかっておるわ!まだなのか!」

「今参りますので」



 シェフが頭を下げると同時に、メイドによって皿が運ばれてくる。




 クリームシチューのような野菜の煮物と、パンと、ワイン。




 それが全てだった。




「なんだこれは」

「そう申し上げられましても」

「すまんな」

 シェフが悪びれる事もなくそういうと、ギウソアは小声で謝意を述べながらディナーを口に運んだ。




 食卓に笑顔はない。




 妻を既に亡くした男と、その娘一人。後は、その王の部下一人。




 たった三人きりの食卓で、三人とも沈黙を保っていた。


 味が悪いわけではない。王族のそれにふさわしい腕によりをかけたそれであり、食材もこのロッド国の中で一番良い素材を使った物だった。


「……庶民たちにも食べさせたい物だな」


 もちろん、庶民の手には届かない。




 庶民が今食べているのは、今ここにあるそれより質の劣るそれか、あるいは勝るそれだった。



「しかし王、あまりむやみに兵士を増やしても」


 ここでこの食卓を囲む三人目の人間が、口の中の物を飲み込んですぐ言葉を吐き出した。

 ようやくギウソアの言葉が消えた所で放たれた言葉がパンに染み入り、そのままシスクレ姫の耳にも入った。

 ギウソアは無言で眉をひそめ、メイドは無表情に次の言葉を待っている。


「何を言うオモメ。武器が足りないと申すのか」

「武器は足りております。しかし胃袋の中身が足りません」


 今の北ロッド国の産業はほぼ農業と工業のみで、輸出品と言えるものは後者しかなかった。かつてのブエド村の職人たちがわずかに生き延びて技術を伝えているが、それさえも最近は微妙に怪しくなっている。


「何を言うか、女神の砦を守るためには兵士は一人でも多い方がいい」

「その女神の砦をこの前抜かれたのですぞ」



 今の北ロッド国の最大の産業は軍人であり、成人男子の二人に一人が軍人になっている。当然農工業の従事者は減り、商人などはごくわずかしかいない。

 それだけの数をもってしてなお戦果は上がっておらず、対魔王軍最前線基地こと女神の砦は一進一退の攻防を繰り返している状態であった。



 いや、正確に言えば魔王軍が来ない限り北ロッド国が占領できている状態であり、魔王軍が来ればロッド国は道を開けるしかなかった。


「我々には責務がある。シンミ王国産とか言うふざけた肩書きをくっつけられた食物を取り返すと言う」

「まさかそんな」

「もちろんそれだけではない!」


 シンミ王国はミワキ市周辺のみならず旧ロッド国の大半の国土を確保し、従前の倍近い大きさにまで膨れ上がっている。その際に北側や西側にあった農地も奪われ、かつてはロッド国産であった穀物がシンミ王国産になっている。

 その上にシンミ王国は北ロッド国に対しかなりの関税をかけており、ミワキ市で麦を一キロ買うのに必要な金額で北ロッド国では七百グラムも買えない。




 その上に、「南ロッド国」だ。


 南方は漁業が多く北側とは別の意味でミワキ市を支えていたが、戦後はその魚の行き場が事実上唯一の隣国であるシンミ王国に渡っている。


「このままではいずれシンミ王国にあの連中は取り込まれてしまう」

「最後に使者が来たのは一年も前です」



 現在の「南ロッド国」の「国王」はリョウタと言うギウソアの姉の子で、元よりこの方面の当主であった。



 だが元より牧歌的な漁師町の領主と言う事で大戦にもかかわりが薄く、していたのは食糧補給ぐらいだった。

 それでもさすがにシンミ王国の兵が迫って来た時には人並みに守りも行ったが、シンミ王国がミワキ市への食糧供給を阻止しただけでそれ以上攻めないまま時が過ぎ、いつの間にか大戦が終了していた。


 ――――ギウソアからしてみれば筆舌に尽くしがたいほどにマヌケで惰弱な話だが、終戦時にミワキ市の人口は全盛期の三分の二まで減っていたのもまた事実だった。


「シンミ王国人は魚もかなり占めているようです」

「ただでさえこの数年は入って来ないのに」

「ブエド村経由では十日はかかるそうです」


 川魚がない訳でもないが、海産物が王家の食卓に乗ったのはそれこそ三年前が最後であり、もちろん庶民には届いていない。

 そして言うまでもなくミワキ市の通過は不可能であり、そうであったとしてもバカ高い関税付きの値段になっている。


「しかしブエド村は魔物の襲撃を受けおそらくは壊滅状態」

「それなのですが、冒険者数名がブエド村を襲った魔物たちを全滅させたと言う情報が入りました。それに伴い女神の砦も奪回しております」



 その上に此度の魔物軍襲撃により絶望、だと思われていた所にいきなり入って来たブエド村の戦いの顛末を告げた将軍の言葉に、ほんのわずかだけギウソアの口角が上がった。



「ですがそれが……」

「何だ」

「それを潰したのがミタガワとか言うお尋ね者と……」

「一人でですか?」

「十名ほどの冒険者の一団ですが、そのうち少なくとも二人がシンミ王国所属です」



 そして、またすぐに下がった。


 シンミ王国人がロッド国の領国で手柄を上げられては、ますます人心がシンミ王国になつく。


「すると連中はかなりの強者か。いくら金が要る?」


 ギウソア王の分析は基本的には正確だ。


 シンミ王国から一周回ってブエド村まで来る事ができるのは相当な強者しかいない。

 ましてや冒険者と言う名の賞金稼ぎが求める者は金であり、シンミ王国から引き抜く事も別に不自然な事でもない。



「父上、彼らはそう簡単に転ぶのでしょうか」

「彼らの力があればシンミ王国を滅ぼす事など容易い。千五百とも二千とも言うのだろう」

「そうです、およそ二千の魔物を十人足らずで」

「とりあえず金貨千枚だ。それで交渉に当たるように申しておけ」

 


 ギウソアがいつの間にかなくなっていた料理の跡を残して立ち上がる姿は、まるで十年前に旧シンミ王城に一番乗りした時のようだった。













「父上……」


 メイドすらいない、二人っきりになった食事の間でシスクレは嘆いていた。


 やはり何も残っていない皿を目の前にして父親と同じくメイドを呼ぶこともせず、じっと皿ばかりを見下ろしている。

 高くないドレスが風もないのにはためき、床のほこりを吸いそうになっていた。


「姫様のお嘆きもわかります。ですがもうしばらくです」

「何度目ですかオモメ」

「実は……おっと失礼、ここでは……」


 オモメと呼ばれた男はメイドを呼び付けて皿を片付けさせると、シスクレの手を取って王城の南側へと出た。


 王女と二人っきりになりながらも誰も指摘する者はなく、ただ淡々と歩いている。すれ違う人間たちもまるで雨の日の雨粒を見るかのように過ごし、そのまま自分たちのために動いていた。




 やがてたどり着いたのは、南側の空の見える城の端っこ。

 三人分ほどのスペースしかない小さなバルコニー。


「本来ならばこの先全てがロッド国の物だったのですね」

「ええそうです、先代の王も、先々代の王も、ずっとその地を統べておりました」


 正午を少し過ぎた昼間の太陽が大地を照らし、地平線の下に肥沃な「シンミ王国」の大地を広げている。

 二人は過去の栄光を思い出し、大地を見下ろしていた。


「実は……ああお耳を拝借願います」


 ほどなくしてオモメはシスクレに向かって軽く深呼吸したのち、高貴な耳に向かって言葉を投げ入れた。


「まさか」

「ええ、そのまさかです」


 その言葉は実に甘美であり、父ほどではないにせよシンミ王国を憎みロッド国を取り戻そうとしていたシスクレの気分を高めた。



「となればしばらくは」

「そうです、しばらくは!」



 オモメと言うまだ若年の男が大将軍になった時には皆人材不足を恨み、この前の女神の砦の戦いで大戦果を挙げてその名を認め、そして今度のブエド村襲撃の際に王城の守りにいた事を嘆いた。


 とにかく大将軍となったその男の言葉は今確かにシスクレの心をとろかし、そして固めた。



「そのためには姫様」

「はい、魔法の練習ですね」



 その時は自分も戦うかもしれない。




 ならばできる事は一つ。




 そのできる事をするべく、少女と男はそれぞれの場所へと戻って行った。

作者「明日からまた本編です」

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