カジノとカジノ?
「あの後のギルドマスターの笑顔、なかなか忘れられる気がしないであります」
「本当だよ、この世界はマジでどうなってるんだ!?」
ホテルに戻った俺たちは、あのカードの事で頭が一杯になっていた。
っつーかさ、セブンスはいねえし……主人に話を聞いたらどうしてもっつーんで北の酒場を紹介したらしい。本当仕事熱心だよな……。
「あれ一枚のはずはないよな……」
「まあその、ほんのわずか可能性はない事はないと思っていたでありますが……」
紛れもない、トランプカード。プラスチックなんぞない世界だから紙製なのだろうが、それでもあの時出されたスペードのエースのマーク、あれは紛れもなくトランプのそれだった。
「トランプなんて、お前たち城にいた時見たことあるか?」
「ありませんであります」
「そのややこしい喋り方どうにかならないのか?」
「皆無であります」
「ああ俺が悪かったよ、で市村」
「同じくだ」
そりゃ王様とかはともかくさ、兵士やメイドなんて言う庶民たちは何らかのお遊びがなければやってられないはずだ。トランプのこの世界の値段がどれだけ高いのかわからないけど、もし俺らの世界と同じ値段ならばそれこそ庶民のお遊びとしては絶好の品のはずだ、ひとつ欲しいぐらいだ。
「あのギルドマスターは確かに俺らの事をかなりうまく取り仕切っている、敏腕と言っても過言じゃないだろう」
「と言う事は相当なお金持ち」
「それは短絡的であります、モモミちゃんに叱られるであります!」
「そういや彼女どうした?」
「北門の側にある彼女の父親、ハンドレさんの店まで従者の方が送り届けてくれたのであります」
「そのハンドレさんってカジノでもやってる訳?」
俺がカジノって単語を口にすると、赤井は親指を突き立てようとしてあわてて人差し指を開いた。まったく、やっぱりここは異世界だよなあ。
「俺らの前では親指だけでいいだろ」
「失礼いたしましたであります」
「でもさ、侮辱のサインはしようと思わなきゃできないからそれはありがたいよ」
「なるほど、赤井がずいぶんとモモミちゃんに厳しく言ってた訳が分かったな。ギャンブルで身を立てたやつはいねえは世の中の基本だろ?」
「この世界の宗教、ノワル教の教義には僧侶だからと言って賭け事をしてはならぬと言う文章は一文も存在しないのであります。基本的に止めるのも自由、止めぬのも自由と言う所で……まあそのハンドレさんのカジノで数日ほど警備をした事もあるのであります」
「赤井、お前ならばわかるだろ?こういう世界のカジノがどうかってことぐらい」
赤井は市村と共に、「ありふれたRPG」のそれとほとんど変わらなかったらしい————カジノの中身って奴を教えてくれた。
バニーガールがいて酒飲みどころがあり、トランプの台とスロットマシンがある。
中央にはステージがあって、そこでダンスや歌などのショーが繰り広げられる。
ぼっちのくせにそういうのに手を付けなかった俺はやたら頭を縦に振りながら、実に興味深い話を聞いた気分になっていた。
赤井と市村は、そこで負けた腹いせに暴れ回るような人間を取り押さえたり怪我した存在を回復させたりするために働いていたそうだ。
「でも、ギャンブルで一番儲かるのはしょせん主催者なのであります!」
「儲からなかったら潰れるもんな、でもぼったくりだと客は来ない。実は正直ハンドレさんのカジノのトランプの利益をこっそりと計算したんだけど、期待値は83%ぐらいだった」
「まあ、そうなるよな……」
「でもそれに俺ら以前に気付いた奴がいるらしくてな、王様にぼったくりだって訴えたんだよ。王様自身そういうのをあんまり良く思ってなくてな、まあ当たり前だけど。と言うかこの市の酒場とかもそういう所に客を取られるから正直良く思ってないんだよ」
「世知辛いもんだな…………」
宝くじだって結局はギャンブルであり、そして胴元が一番もうけるもんらしい。その上にそのカジノが巻き込まれている資本主義の本質を見知った気分にもなり、同時にこの先の俺たちの運命がある種見えた気もした。
(自由気取りの冒険者たちでさえ、結局はこの経済の一角……俺らの行動に価値があるからこそ認められてるだけなんだな……)
高一っていうそろそろ本気出して未来を考えなきゃならねえ時期にこうなったのが幸運なのか不運なのか、そんな事はわかんねえ。
確かな事は、この世界にトランプがあるっつー事だけだった。
「そんでさ、ミーサンの店ってどんななんだよ」
「カジノだよ」
「アホか!?」
「おしずかに!」
あんまりアホすぎてデカい声で叫んじまったせいで、宿屋の人にたしなめられた。
こんな近い距離にカジノ二軒?どう考えても共倒れルートじゃねえか!
「ああ悪い悪い、そこでその店はどうなんだよ」
「行ったことがないからわからないでありますが」
「ハンドレさんのカジノに行った人が言うには、かなり荒れてるらしくてな。ハンドレさんのカジノよりかなりギャンブル性が高く、勝てばともかく負ければ即一文無しらしい」
「おいおい、んな危ないとこに三人の俺らの同級生がいるかもしれねえっつーのか!明日は速攻で」
「今もいるとは限らないであります、まずは情報を集めるべきであります!」
ああ、いけねえ。ったくどうして俺はこうなんだろう。
陸上でも逃げ切りと言うか先走り、今日の仕事のようについ先走って後悔する。そのたびに自分で自分にガッカリする。不思議なほど落ち込みはしなかったが、それでもこの手の失敗がどうも多い。
「にしてもセブンスったら本当に働き者だね」
「驚いたでありますな、ここもギルドの酒場もダメだと言われて北の酒場へと向かったとは……」
「そろそろ帰ってくる時間のはずだ、俺らは失礼するぞ」
セブンスだって頑張ってるのに、俺が手を抜く訳には行かねえか……。
まあ、明日はとりあえず情報収集かなと思いながら横になろうとした俺の耳に、また主人の声が飛んで来た。
何事ですかと言いながらドアを開けた俺の目に映ったのは、非常にいい顔をしながら眠りそうになっているセブンスだった。
主人に腰を支えられてかろうじて歩きいていたらしいセブンスは、俺らの泊まる部屋を確認して安心したせいかその前でばったり倒れ込んで寝息を立て始めた。
しかしその手元はきっちり袋、今日の給料が入った袋を持っている辺り、本当にたくましいもんだね。
…………そこに本日限りでクビって言う文字が書いてなきゃなおいいんだけど。




